特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2006年分
特殊清掃「戦う男たち」
勇気
ある日、女性の声で電話が入った。
タドタドしい喋り方と、的を射ない内容に、始めは間違い電話?イタズラ電話?と思ってしまった。
しかし、話を聞いているうちに、この電話が間違いでもイタズラでもないことが分かった。
話の内容はこうだった。
「自分はかなりの高齢者」
「自宅で独り暮しをしている」
「難病にかかり、歩行も困難」
「週一回、ホームヘルパーが来る」
「子供はいるが、離れて暮らしている」
「死期が近いものと覚悟している」
「愛着のある、この家で死にたい」
「孤独死したときのために備えておきたい」
私は話の内容を聞いて、この女性が独り暮しを続けていることが信じらなかった。
ただ、家と家族への愛着が並大抵ではないということが、すぐに理解できた。
私が言うまでもなく、女性は遺言を残しており、残された人が困らないような配慮をしていた。
残された問題は、身体のこと。
どんなに死の準備を整えたところで、身体ばかりは事前にどうこうできるものではない。
女性は、死ぬ覚悟と死への整理はできているものの、実際に孤独死してしまった後にどのようなことが起こるのかが想像できないようだった。
そして、私が経験してきた多くのケースを、一つでも多く聞きたいみたいだった。
正直、私は躊躇った。
女性の要望に応えるには、グロい話を避けては通れなかったからだ。
ただ、女性は耳障りのいいきれいな話を期待しているのではなく、現実に起こる可能性のある話を聞きだかっていることは明白だった。
私は、慎重に前置きして、話を聞ける心の準備ができているのかを確認した。
しかし、これは愚問だった。
私なんかより、ずっと深く死を考え、しっかり覚悟も整えている女性。
私のグロい話ごときに動揺するはずもなかった。
私は、遺体が腐っていく様、回りに与える影響、事後処理の実態をゆっくり話した。
夏は腐りやすい
冬は腐りにくいが、コタツやホットカーペットには注意が必要
一番は布団・ベッド、次に風呂・トイレで亡くなる人が多い
どんなにきれいにしていてもウジは湧く
etc・・・
話した内容は、あくまで発見が遅れて腐乱した場合。
話題は、発見の遅れを防ぐ対策に絞られた。
そこで、アドバイスを求められた私は、いくつかの方法を伝えた。
離れて暮らす子供と、毎日連絡をとる
ホームヘルパーの日数を、できるだけ増やす
新聞をとる
etc・・・
どの方法も、ありきたり過ぎてもどかしかったが、私には決定策が思い浮かばなかった。
「実際に私が死んだら、貴方は何ができますか?」
「遺体搬送・遺体処置・特掃・・・必要なことは一通りできますよ」
「でしたら、そちらの連絡先を大きく書いて玄関にでも貼っておけば安心ですね」
「安心かどうかは分かりませんが、連絡が入ったら急いで伺いますよ」
「その時が来たら、よろしくお願いしますね」
「でも、具合が悪くなったら119番ですよ」
「いいの、私は家族で楽しく暮らしたこの家で死にたいんです」
「そうですか・・・分かりました・・・その時が来たら、一生懸命やります」
「貴方がその仕事をされている理由は知りませんけど、私のような者にとってはありがたい仕事ですよ」
「そう言っていただけるだけで、救われるものがありますよ」
「歳は、まだお若いんでしょ?」
「若いような若くないような・・・○歳です」
「まだ若いじゃないですか!」
「そうですかね・・・」
「今のうちに色んなことを勉強して下さいね」
「ハイ・・・」
「お金や物は失くなったり盗られたりするけど、自分が学んだことは失くしたり盗られたりすることはありませんからね」
「私には、大した能力はありませんから・・・」
「能力なんかなくていいんです」
「でも・・・」
「ほんの少し、勇気を持てばいいだけですよ」」
「・・・」
「二度とない人生、勇気をだして生きないともったいないですよ」
私の過去には、女性の言葉に思い当たる節がいくつもあった。
「少しの勇気か・・・確かにそうだなぁ」
私は、女性の住所と連絡先を聞いた。
そして、自分の名刺をでっかく拡大コピーしたものを何枚か郵送した。
私は、自分の晩年に何を思うだろう。
普通に考えたら、最期に目に入る景色は味気ない病室の天井。
それを見ながら、色々なことを考えるのだろう。
女性の住所は、今でも残している。
会ってみたいような気もするけど、私なんかの出番がない方がいいと思う。