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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2006年分

特殊清掃「戦う男たち」

もったいない

「わ゛!!」
奥の部屋のドアを開けると、私が全く予想していなかったモノが目に飛び込んできた。
なんと、そこには、幼い二人の子供がいたのだ。

「こんにちは~」
「こ、こんにちは・・・」
無邪気な笑顔で挨拶してくる二人に対して、私は、同じ言葉を返すだけで精一杯。
本来なら、大人である私の方が先に挨拶をするべきでだったのに、あまりに唐突なシチュエーションに言葉を失った。

二人は、女性の子供で姉弟のよう。
年齢的にみても、女性に子供がいても何ら不自然なことではない。
また、その子供が母親と一緒にいることも自然なこと。
なのに、〝一人暮し〟なんてことは一言も言ってない女性に対して〝ゴミ屋敷=独身独居〟と決めつけていた自分の固定観念が、私を驚かせたのだった。

しかし、そこは一流のゴミ屋敷。
その環境が、教育上も衛生上もいいわけはない。
それでも、無邪気な笑顔をみせている二人の子供。
その可愛らしさとゴミだらけの背景にギャップがあり過ぎて、私は複雑極まりない心境に陥った。

私は、子供達に威圧感を与えないよう、それまでの無表情を笑顔に変えて部屋の見分を進行。
元来の無愛想がそんなことでごまかせる訳もないのだが、私は似合いもしない〝優しいおじさんキャラ〟を熱演。
そして、そんな挙動が怪しく見えたのか、女性は不安そうに私を眺めていた。

広くない室内を見分するのに時間はかからず。
私は、早速、片付作業の見積書を制作。
特段の値引もない代わりに割増もなく、一般?のゴミ屋敷と同じ基準で値付け。
それから、必要な作業内容とそれに伴う費用を説明。
頂く側には安価でも払う側には高値であるのが商売の常・・・かかる金額を聞いた女性は、暗い表情を更に曇らせた。
そして、ポツリポツリと自分の苦境を話し始めた。

女性は、精神的な病を疾患。
比較的調子のいいときは派遣労働者として生活の糧を得、日常は生活保護を受給して維持。
死別か離婚か、元々のシングルマザーかまでは尋ねなかったが、どう見ても母子家庭。
その暮らしが、精神的にも肉体的にも経済的にも楽ではないことは歴然。
そんな女性に、蓄えらしい蓄えがあるわけもなく、私が提示する金額はとても負担できない様子。
それでも、部屋をきれいにしたいという気持ちは強いようだった。

我々は、いい解決策を探して思案。
少しずつ話を詰めていくと、女性は〝頭金0で低額の長期分割なら払える〟とのこと。
しかし、それは、信販会社を通すわけでもなく、保証人や担保があるわけでもない。
また、醸し出す雰囲気からは積極的な支払意思や責任感は感じ取れず。
その状態では、満額はおろか一円も回収できない可能性だって充分にある。
それは、私にとって、かなりリスキーな条件だった。

通常、私の仕事では、そんな支払方法はまず認められない。
冷酷だろうが無情だろうが、こんなケースはキッパリと断って仕事を辞退するところ。
しかし、女性の傍らにいる子供の笑顔が懐に入ってきて、私の仕事観を揺さぶってきた。
そして、本来なら悩むところではないところで頭を抱えた。

作業の日。
私は、代金回収のことは考えないようにして作業に臨んだ。
ゴミを片付けることが物珍しいのか、終始、二人の子供は私の近くから離れず。
私のやることにいちいち質問。
その無邪気な好奇心もまた愛らしく、邪気だらけで黒くなった自分の腹が掃除されているようでもあった。

一通りの不要品・ゴミを部屋から出すと、それなりにきれいになった。
ただ、掃除は充分に必要なレベル。
掃除までは請け負ってなかったけど、簡単な掃除だけやることに。
女性も、それを手伝おうとする素振りを見せたので、私は遠慮なく掃除道具を渡した。
以降は女性が自身でやらなければならないことなので、私は、それを教えるように作業をすすめた。

結果、限られた時間と労力でやることなので、ピカピカにきれいにすることはできなかったが、当初に比べれば見違えるようにきれいになった。
それはもう、誰が見ても〝土禁〟の部屋。
そうして仕事は完了。
私は、余った洗剤や掃除道具を置土産にして現場を後にした。

私は、外まで見送りに出てくれた三人をバックミラーに見ながら車を出した。
二人の子供は、満面の笑顔で元気に手を振ってくれた。
その姿には、大きく癒された。
ただ、女性の顔に笑みはなく、私の中に重い不安が過ぎったのだった。

その翌月末日。
第一回目の支払期日がきたが・・・
案の定、願いも虚しく、女性からの入金はなかった。
そればかりか、電話をかけてもでず。
私は、奥歯を噛みしめて溜息をつくしかなく・・・
その内は、悔しさや腹立たしさはなく、ただただ残念な気持ちでいっぱいに。
金が支払われなかったことだけではなく、何の連絡もなく約束を反故にする女性の不誠実さが残念であった。

女性に始めから騙すつもりがあったのかどうか知る由もないが、積極的な意思で嘘をついたとも思えなかった。
ただ、払えないであろうことは既にわかっていたのではないかと思う。
私は、そのことがわかっていながらもこの仕事を請け負ったわけで・・・自業自得でもあった。

作業から二ヶ月余後。
私は、別の仕事で女性宅のある街の近くに行く機会を得た。
そこで、夜ではあったが訪問するに無礼な時刻でもなかったので、私はアパートに行ってみることに。
子供の笑顔に癒されながら作業したことを昨日のように思い出しながら、アパートの前に車を着けた。

私は、少し緊張して玄関の前に立った。
部屋の窓は真っ暗、中に明かりらしい明かりは見受けられず。
インターフォンを押しても音は鳴らず、ドアをノックしても反応はなし。
配線が外された電気メーターが、女性が居留守をつかっているわけではないことを証明し、また、台所の窓に映る洗剤ボトルの影が、女性が正規に転居したわけではないことを物語っていた。

また、ドアポストには、何通かの郵便物。
勝手に触れるわけにもいかないので、顔を近づけて注視。
それらは、大半が督促状や通告書の類だった。

万事休す・・・
私は、投げやりな溜め息をついて呆然。
未練でもなく、後悔でもなく、憤りでもなく・・・ひたすらブルーな気分に襲われた。
そして、その時点で、私は女性と接触することを断念。
それ以降、女性から連絡が入ることはなく、私から連絡をとろうと試みることもなくなった。

私は、完全にタダ働きをさせられた・・・
無駄骨を折らされた・・・
毅然と断るべきだったか・・・
経費と時間と労力をつかっただけで、金は一円も入らず・・・
金勘定だけでみると大損を被った。
しかし、私は、女性を信用してこの仕事を引き受けたわけではなかった。
期待はすれど信用はしていなかった。

では、何故、やることにしたのだろうか・・・
やはり、子供の存在は大きかった。
同情と言えば同情、慈愛と言えば慈愛・・・
もちろん、代金回収も期待したが、結局は、子供達の苦境を目の当たりにして断る勇気が持てなかったのだ。
それによって、自分の中に延々とブルーな気分が残るのを恐れたのだ。
・・・それは、慈愛ではなく自愛。
ただ、汚部屋を片付けることが、女性親子の暮らしを明るい方向へ変えるきっかけになることを願ったことも事実であった。
その小さな想いが、後になってみると、私の笑顔の素になるのだった。

今、あの親子はどこでどうしているだろう・・・
子供の笑顔は、真っ暗な大人の世界に輝く小さな光。
どんな苦境にあっても、でてくる笑顔は偽りではない・・・本物である。
私に笑顔の素をくれた二人の子供に、ずっと変わらずに無垢な笑顔があり続けることを願う今日この頃である。

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