Home特殊清掃「戦う男たち」2006年分汗と涙(前編)

特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2006年分

特殊清掃「戦う男たち」

汗と涙(前編)

夜の出動は身体にこたえる。
特に、家でくつろいでいる時に出動要請が入ってくると、かなり気落ちする。
その重さは想像してもらえると思う。
普通の仕事でもかなり面倒だろうに、私の場合は行き先にあるものがアレだからなおさらだ。

そんなある日、一本の電話が入った。
ぶっきらぼうな男性が一方的に特掃を指示してきた。
ハイテンションで私の言うことを最後まで聞かない男性は、なんだか怒っているようでもあった。
私の質問にも最後まで答えず、とにかく一方的に、命令口調に近い話し方だった。

私としては、見ず知らずの男性に横柄な態度をとられる筋合いはない。
見積りだけだったら翌日にしてもらおうかと交渉したが、男性は聞く耳を持たず「とにかく、今すぐ来い!」と言わんばかりの勢いだった。

寛容さがない私は、男性の無礼な態度に不満を覚え、見積依頼を断ってしまおうかと思った。
しかし、「いちいちそんなことに引っ掛かっていたんじゃ、死体業なんかできないか」と、気を取り直して現場に向かうことにした。

現場に着いたのは、夜中近くになっていた。
電話をしてきた男性は、イメージ通りの横暴キャラで、私に労いの言葉ひとつ掛けることはなく、いきなり部屋に案内した。

現場は新しいアパートで、フローリングの中央に腐敗液が広がっていた。
汚染としては並。
腐敗液に、頭皮とともにくっついたままの長い髪の毛と部屋の雰囲気が、故人が女性であることを示していた。

男性は故人の父親、つまり、死んだのは男性の娘らしかった。
故人はまだ若そうだったが、雰囲気的な判断で男性に故人の年齢を尋ねることは控えた。
ましてや、そんな雰囲気では死因なんか聞けるはずもなかった。

「故人は若い女性・・・」
私は、とりあえず自殺を疑った。
だから、まず先に汚染箇所に面した壁や天井を観察した。
念入りに凝視したが、首吊りを思わせるようなものは発見できなかった。

自殺方法は首吊りとは限らないが、今までの経験から、まず首吊りを疑う私なのである。

時間も時間だったので、私はそそくさと現場の状況を観察して、特掃の見積金額を提示。
すると、男性は、私が提示した金額に異を唱えることなくすんなり了承した。
私は、電話の時から男性の態度が気に入らなかったので、「仕事にならなくてもいいや」と、始めから値引き交渉には乗らないつもりでいた。
しかし、予想に反して男性の方から値引要請はなかったので少し拍子抜けした。

金額の問題はあっさり片付いたのはよかったが、それからが問題だった。
男性は、「これから直ちに作業してほしい」との依頼(指示)してきたのだ。

「えっ!?これから?」私は困った。
現場見分・見積だけのつもりで来たため、ろくな装備がなかったためだ。
明日、夜が明けてからの出直しではダメなのかどうか交渉したが、男性は頑として受け付けてくれなかった。

「わざと俺を困らせているのか?」
「俺が困る様を見て楽しんでいるのか?」
私は疑心暗鬼になってきた。

どんなに頑張っても、できることとできないことがある。
私は、最初より低い姿勢をとって(チャッカリしてるでしょ)作業スケジュールを交渉した。
それでも、汚染部分の清掃と汚物の撤去は当夜中に行うことになった。

「上等だよ!やってやろうじゃないか!」
私は、ヤケクソ気味に特掃の仕度にとりかかった。

つづく

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