特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2006年分
特殊清掃「戦う男たち」
汗と涙(後編)
「しょうがない!やるしかない!」
私はまず、道具を揃えることを考えた。
代用できる物は、だいたいどこの家にもある。
男性の許可をもらって、あちこちを物色した。
そして、手袋・マスク以外は、台所・風呂・洗面所にある一般の生活用品を使わせてもらうことにした。
一通りの代替道具を揃えてから、私は腐敗液の除去に取り掛かった。
男性は、部屋を出たり入ったりして落ち着かない様子だった。
手始めに固形物の除去。
頭皮付の毛髪(毛髪付の頭皮?)を持ち上げた。
長い髪の毛に腐敗液がベットリの光っており、それが手に絡んでくる様が髪が生きているようで不気味だった。
多少のウジはいたものの、無視できるレベルだった。
次に、腐敗液を拭き取る作業。
厚い部分や乾いた部分は、「拭く」と言うより「削る」と言った方が適切。
私は、床にしゃがみこんで、ひたすら腐敗液と格闘した。
暑い季節ではないのに、私の額と首筋には汗が滲んできて、そのうちに床にポタポタと垂れ始めた。
しばらくすると、男性が寄って来て、黙って私の作業を見始めた。
私は、男性の存在は無視してコツコツと腐敗液を片付けていった。
しばらくの沈黙の時を経て、男性が声を掛けてきた。
「大変な仕事だね」
「よく言われます」
「稼げるんでしょ?」
「そうでもないですよ」
「だったら、なんでやってるの?」
「他に取りえがないもんで」
「そんなことないでしょ」
「残念ながら、そんなことあるんですよ」
男性は、私の作業の過酷さを目の当たりにして同情してくれたのか、横暴キャラから柔和キャラに変身してくれていた。
そして、話しているうちに、お互い打ち解けてきた。
私は、床にしゃがんで手を動かしながら、男性は私の傍に立ったままで会話は続いた。
「娘は自殺した可能性が高いらしいんだよ・・・」
「そうですか・・・」
「女房は、そのショックでまともに話もできなくなってね・・・」
「・・・」
「驚かないんだね」
「職業病ですかね」
「娘は精神科に通ってたらしくて・・・薬を大量に飲んだらしいんだ」
「そうだったんですか・・・」
「精神科に通ってたことすら知らなかった私は、親として失格だよ」
男性は悔しそうに言いながら、自分に腹が立って仕方がないみたいだった。
腐敗液もだいぶ除去できたところで、男性は私の作業を手伝い始めた。
素手でやろうとしたため、私は慌てて手袋を勧めた。
「死んだ娘のためにしてやれることと言ったら、これくらいのことだから」
男性は私と一緒になって床を拭いた。
気づくと、男性の足元にポタポタと雫が落ちている。
どうも、泣いて涙を落としているみたいだった。
悲しくて、寂しくて、悔しくて仕方がないのだろう。
少しは男性の気持ちが分かった私は、気づかないフリをして床を拭きつづけた。
腐敗液の上に男性は涙を、私は汗を落としていた。
涙と汗で拭く腐敗液、こんな局面を故人は想像することができただろうか。
「涙は心の汗って言うよね」
「TVか何かで聞いたことがありますね」
「なんだか涙がでて仕方がないよ」
「涙が心の汗なら、汗は心の涙ですかね?」
「・・・そうかもね」
「現場で汗をかくことが多い私は、心が泣いているのかもしれません・・・こんな仕事はイヤだってね」
「正直言わせてもらうと、色んな意味できつそうな仕事だよね」
「おっしゃる通りです」
「でも、アンタに頼んで助かったよ」
「そう言っていただけると幸いです」
「大家と近隣からうるさく言われて、弱っていたもんで・・・こっちは、娘が死んだって言うのに」
「さっさとここ片付けて、また新しい日を迎えましょうよ」
汚染箇所の掃除と汚物の撤去を終えた私は、汗を拭いながら残された両親の今後を考えた。
そして、眠くなりながら帰途についた。