特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2006年分
特殊清掃「戦う男たち」
笑いのツボ
この仕事をやっていると、「大変な仕事ですね」と言われることが多い。
その言葉が意味するところは、労い・励まし・感謝であり、嫌悪・蔑み・同情である。
同じセリフでも、声のトーン・顔の表情から、その人が何を思ってそんなセリフを発するのかが、だいたい分かる。
今更、奇異の目で見られたところで気にするまでもないが、時々、「俺って、しょうがないヤツだなぁ」と思うことがある。
ある日の夕方、マンションの一室に出向いた。
依頼者はマンションのオーナー。
現場マンションの駐車場で待ち合わせすることになっていたのだが、約束の時間になってもなかなか現れなかった。
時間を持て余した私は、現場の部屋の前に行き、玄関ドアの隙間から腐敗臭を嗅いだりしながら待っていた。
(※腐敗臭フェチではないので、くれぐれも誤解のないように。中の状況を想定するための行為である。)
それなりの臭いを感じたので、並、またはそれ以上の汚染であることを想像した。
しばらくすると、依頼者がやって来た。
手には、この場に合わないバッグを持っていた。
簡単な挨拶を交わして、とりあえず現場を見ることに。
すると、「今、仕度をしますから」と、依頼者はバッグから何かを取り出した。
上下の雨合羽(深緑色)、ゴーグル、防塵マスク、手袋、長靴etc・・・次から次へと色んなモノがでてきた。
そして、それらを身につけはじめた。
本格的な装備を整えた依頼者は、「一体、これからどこに行くの?」と言いたいくらいの格好になっていた。
軍隊の化学部隊みたいに。
一方の私はいたって軽装。
作業ズボンにスニーカー、半袖のポロシャツ。
衛生用品と言えば、薄っぺらいマスクと手袋ぐらい。
二人のギャップがあまりに大き過ぎて、かなりおかしなコンビになってしまった。
私は、別の意味で回りの人の視線が気になった。
依頼者と私は、現場の玄関の前に立った。
先に嗅いでおいた腐敗臭がしてきて、依頼者の息づかいが急に荒くなってきた。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です・・・」
しかし、あまり大丈夫そうではなかった。
「私一人で行ってきますよ」
「え?一人で行ってきてくれるんですか?」
「ええ、かまいませんが」
私は、依頼者の重装備を見回しながら言った。
「せっかく準備をして来られたのですから、一緒に入られてもいいですけど・・・」
依頼者は首を横にプルプルさせながら、「お願いします!」
依頼者は、てっきり自分も現場に入らなければならないものと思って、かなり気を重くしていたらしかった。
そして、その憂鬱さが、現場到着を遅らせたのだろう。
依頼者に現場を見てもらうことはベターなのだが、気が進まないなら見ない方がいい。
凄惨かつインパクトのある腐乱死体現場は、トラウマになって一生引きづることにもなりかねないから。
結局、私一人が現場に入って、中の状況を確認した。
中の見分が終わってから外に出ると、依頼者は重装備のままで「スーハー、スーハー」と荒い呼吸。
中に入った訳でもないのに、前より息が荒くなっていた。
ゴーグルも曇って、回りがよく見えていないようで、玄関から離れる私の後ろをピッタリくっついて来た。
我々は駐車場に戻り、私は中の状況を伝えた。
素人でも理解しやすいように、丁寧に説明。
私の話を黙って聞く、謎の化学部隊員の姿がかなり可笑しくて、思わず笑いながら話す私だった。
「こんな現場でも笑っていられるなんてスゴイですね」と依頼者は感心してくれた。
「いやぁ、こんな仕事だからこそ、自分を鼓舞するために無理矢理笑ってるんですよ」と私はごまかした。
作業の打ち合わせが済み、我々は後日(作業日)の再会を約して別れた。
「俺って、しょうがないヤツだなぁ」と思いながらも、依頼者の姿に笑いを抑えられない私だった。
緊張の糸が解けたのだろう、謎の化学部隊員は、自分の姿が平和な街に馴染まないことに気づかないまま歩き去って行った。