特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2006年分
特殊清掃「戦う男たち」
感情の味
腐乱死体現場には色々な生き物がいる。
ウジ・ハエはもちろん、ゴキブリ・蚊・ダニ・謎の虫、そして私。
この括り方でいうと、「俺って一体・・・」と思ってしまう。
ここで取り上げるのはネズミ。
特掃に入る家には、たくさんのネズミがいることも珍しくない。
押入の衣類等を片付けていると、その中からポトポトと子ネズミが落ちてくることがある。
ネズミ達の安住地をいきなり奪うのは申し訳ないような気もするが、こっちも仕事なんで仕方がない。
行き場を失った子ネズミは、とりあえず物陰に隠れようとする。
子ネズミって、丸くて小さくて可愛いいもんだ。
そんなのが、小刻みに震えたりなんかしていると、不憫に思えて大きな同情心がでてくる。
仕事を忘れて、代わりの住家を造ってやりたくなる。
捕まえて始末することは容易なこと。
しかし、そうしようと思ったことはない。
片やウジ。
汚腐団など、ウジの安住地を奪うことには何の抵抗もない(別の抵抗はあるけど)。
更には、抹殺することにさえ抵抗感はない。
ウジは天敵、宿敵。
殺すのに抵抗感がないどころが、妙は使命感・責任感みたいな・・・闘争心?がでてきて、ウジの始末には燃えてしまう。
ウジだって丸くて小さな生き物。
しかし、そんなのが途方に暮れて震えていても、とても「可愛い」なんて感情は湧いてきそうにない。
ウジは殺せてもネズミは殺せない。
そう考えると、ウジも可哀相なヤツかもしれない。
一見は可愛いネズミでも、デカいヤツになってくると話が変わってくる。
ある現場。
ゴミ屋敷に近いボロボロの老朽家屋。
古ぼけた和室の一部が腐乱死体によって汚染されていた。
汚染度は、特記するほどでもない並レベル。
ただ、その家には、やたらとたくさんのネズミがいた。
どうも、故人の生前からそうだったらしく、あちこちに毒餌とネズミ捕りが仕掛けてあった。
いくつかのネズミ捕りにはネズミがかかり、こっちも腐乱していた。
私は、視線を逸らしながらそれらを片付けた。
その中の一つがやたらと重い。
中がどうなっているのか、だいたい想像できたのだが、バカな好奇心から中を開けてみてしまった。
すると、やたらとデカいネズミがかかっていた。
しかも、まだ生きていてキーキー鳴いていた。
私は驚きと同時に悪寒が走り、全身に鳥肌が立った。
気持ち悪くて持っていたネズミ捕りを床に放り投げた。
それから、しばらくは寒気が引かなかった。
「イヤなものを発見しちゃったなぁ・・・どうしよう」
放心状態の中、私は余計なことを考えてしまった。
「このネズミは親ネズミだろうか・・・」
「親ネズミだとすると、家族(子)がいるはすだな」
「故人が仕掛けたネズミ捕りと俺の特掃作業が、ネズミ一家の幸せをブチ壊したのか・・・」
「この悲惨な親ネズミの姿を、可愛い子ネズミはどこからか見ているだろうか・・・」
「この親ネズミも、苦しみながらも、子供達のことを心配してるんじゃないだろうか」
そんな妄想をしたら、ネズミが物凄く可哀相に思えてきた。
でも、親ネズミは虫の息。
粘着シートにからまって、とても助けられる(助かりそうな)状態ではなかった。
親ネズミの始末をどうするか、私は悩んだ。
選択肢は限られているので、悩みようもなかったのだが。
余計な想像をしてしまった私だったが、結局、親ネズミを始末するしかなかった。
自業自得、ブルーな気持ちで親ネズミandネズミ捕りをゴミ袋に入れた。
私は、汚物の中を這い回るウジを見て思った。
「こいつらにも家族はいるんだろうか・・・」
「仮に、いたとしたら大家族だな」
幸いなことに、ウジってやつは感情移入を拒んでくれる生き物だ。
ウジに感情移入してたら、とても特掃なんてやってられないから。
感情ってものがコントロールできたら、どんなに楽だろうと思う。
でも、コントロールできたらできたで味気ないかもね。
喜怒哀楽・七転八倒・七転八起・迂余曲折・試行錯誤・春夏秋冬・焼肉定食・・・生きているから味わえるもの。
生きるってそういうこと。