特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2006年分
特殊清掃「戦う男たち」
夢の痕
時々、思うことがある。
生きていることの不思議さ。
生きていることの意味。
自分とは何か。
私が、「生は夢幻」「人生は夢幻の想い出」だと捉らえていることは、たまにブログでも取り上げている。
ただ、私の中でもこれは一側面でしかない。
あくまで私の中だけの話だが、矛盾しないかたちで違う捕らえ方もしている。
モヤモヤして収拾がつかない話になりそうなので、今回は取り上げない。
人間(死体)は、放っておくと腐り溶けていくことは過去ブログの通り。
自然現象とは言え、そのグロテスクさは凄まじい。
私は、そのイメージだけで「溶ける」と表記しているが、正しくは「解ける」か?、はたまた「熔ける」か?・・・流行りの平仮名表記で「とける」がマッチするのか、ちょっと迷うところだ。
でも、間違っても「とろける」って書かないように気をつけなきゃね。
現場はマンションの一室。
故人は若い男性、依頼者は故人の父親だった。
私は、部屋を見分しているうちに自殺を疑い始めた。
その理由は三つ。
故人の年齢が若いこと。
消費者金融の請求書がたくさんあったこと。
部屋にはやたらとゴミが多くて、ちらかっていたこと。
私の経験に限っては、このパターンの自殺率は高い。
遺族や故人を気の毒に思う気持ちがない訳ではないが、私は、基本的に他人の死は悲しくない。
冷たいようだが、事実だから仕方がない。
したがって、現場では辛気臭い演技もほとんどせず、思いついたことは率直に口にだしてしまう。
「自殺ですか?」
「一応、自然死ということになってますが、どうも薬を飲んだみたいで・・・」
父親もハッキリした事実を掴めていないらしく、言葉を濁すしかないようだった。
「余計なことを尋いてスイマセン」
「いえいえ、そちらの仕事にも影響することでしょうから」
寛容な、理解のある依頼者だった。
決して広くない部屋なのに、家財道具・生活用品・ゴミは大量だった。
汚染箇所を先に処理することはできず、まずは部屋を空にすることを先行させた。
この現場に限ったことではないが、悪臭とホコリ、そして汚物にまみれながらの作業は、なかなか楽じゃない。
荷物を搬出し終えると、部屋には、床に広がる腐敗液とウジだけが残った。
そして、その様を父親が見に来た。
「これは?」
「人体が腐敗した痕です」
「えっ!?」
「人体は腐敗するとこうなるんです」
父親は驚いたようだった。
「人は腐ると溶ける」と説明した方が分かりやすかったのだろうが、ずうずうしい私でもさすがにそのセリフは吐けなかった。
「と言うことは、息子の一部ということか・・・」
そう言って、父親は急に泣き始めた。
私と接するときは、ずっと冷静な姿勢を保っていた父親が急に泣き出したので、私はちょっと驚いてしまった。
しかし、その心情を察すると、余りあるものがあった。
気の利いた言葉を思いつかなかった私は、黙って床の掃除を始めた。
私にとっては、腐敗液の拭き取りはお手のもの。
みるみるうちにきれいになった。
空になった部屋、きれいになった床を見渡しながら父親は感慨深そうに言った。
「こうして見ると、息子がこの世に存在して生きていたということが、まるで夢の中の出来事のようですよ」
「・・・残った臭いが夢の痕ですかね」
「夢のあとか・・・そうですねぇ・・・」
「多少の後先があるだけで、我々の人生だってそのうち終わるわけですから、とにかく元気だして下さいね」
「ありがとうごさいます」
「こちらこそ」
私の人生は、どんな夢のあとを残すのだろうか。
大きな不安と小さな期待の中、現場をあとにした。