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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2006年分

特殊清掃「戦う男たち」

まさか(中編)

真夜中、一本の電話が入った。
就寝中だった私は、寝ボケたまま電話を取った。

夜遅い電話の場合は、「夜分にスイマセン」と言ってくれる人が多い。
その一言があるのとないのでは、目覚めの気分が全然違う。
しかし、この電話の主からは、その一言はなかった。
ただ、声のトーンや口調から、社交辞令が言えるほどの余裕もないことが伺えた。

「風呂場で身内が死にまして・・・」
「浴槽の中でですか?」
「ええ・・・」
「水は溜まったままですか?」
「ええ・・・多分・・・」
「水は抜かないで、そのままにしておいて下さい」
「はい・・・」

私は、浴室腐乱につきものの細かい注意点をアドバイスした。
「特掃」と一口に言っても、現場の状況や依頼者の事情等によって柔軟に対応できる臨機応変さが大切。
それができるのとできないのでは、仕事の中身や成果が大きく違ってくる。
しかし、この類は単なるマニュアルや机上論ではカバーしきれないもの。
やはり、経験と平素の姿勢がモノを言う。
そこに特掃隊長の価値がある(自画自賛)。

「死後、どれくらい経ってましたか?」
「ニカゲツ・・・警察からはそう言われました・・・」
「え?何日って?」
「二ヶ月・・・」
「ニ?ニ・カ・ゲ・ツ?・・・まさか・・・二週間の間違いじゃないですか?」
「いえ、二ヶ月で間違いありません」
「え゛!」

私は、絶句した。
浴槽に浸かって二週間程度経過した現場はそう珍しくない。
とは言え、それでも充分過ぎるほどベリーハード!
それが、この時は「二ヶ月」ときた。
浴室特掃と死後二ヶ月現場の経験・記憶を総動員して、この現場を想像してみた。
モヤモヤモヤモヤ・・・
私の頭には、モノ凄くヤバい状況が浮かんできた。
「イカン!これは、ヤバ過ぎる・・・」
プルプルプル
私は、想像してしまったモノを保存せず、さっさとゴミ箱に入れた。

「なんでそんなになるまで発見できなかったんですか!?」
興奮した私は逆ギレしそうになり、思わずそんな無神経な言葉を吐きそうになった。
かろうじて、その言葉を呑み込んだ私は悩んだ。

「二週間だってよぉ、どうするよ」(俺)
「かなりヤバそうだよな」(隊長)
「正直、気が進まないよ」(俺)
「でも、とりあえず行ってみるしかないだろ!」(隊長)
「え?行くの?」(俺)
「他に頼める人がいないらしいんだから、俺が行くしかないだろ!」(隊長)
「無理無理無理無理、無理だよぉ」(俺)
「じゃ、どうすんだよ」(隊長)
「適当なこと言って断っちゃえよ」(俺)
「せっかく頼りにされてんのに、そんなことできる訳ないだろ」(隊長)
「じゃ、やりたいの?この現場」(俺)
「やりたかないけど、それが俺の仕事だろ?もともと、腐乱現場の片付けが大好きでやってると思ってんのか?」(隊長)
「違うの?」(俺)
「そんな訳ないだろ!」(隊長)
「冗談、冗談」(俺)
「とにかく、やるしかない」(隊長)
「恐いなぁ・・・」(俺)
「やれるかやれないかは、とりあえず行ってみてから決めても遅くないさ」(隊長)
「そうだな」(私)
「こんな俺でも人様が頼りにしてくれる価値があるんだから、逆に感謝しないとな」(隊長)
「強引な解釈・・・お前、ホントはそんなポジティブキャラじゃないはずだろ?」(私)
「ウルセー!バカにならなきゃやれないだろ?お前こそ、脳を止めとけよ」(隊長)
「そりゃそうだ」(私)
「よっしゃ!とりあえず、行くだけは行ってみよう!」(私・隊長)

電話の主に現場を直接見たかどうかを尋ねてみたら、警察から「見ない方がいい」と言わたので見ていないとのことだった。
「それだけ凄まじいってことか・・・」
現場(浴槽の中)の様子を少しでも知りたかったのだが、それも叶わずに不安ばかりが募ってきた。
しかし、依頼者も困りきった様子で、話しているうちに気の毒に思えてきたのも事実。
私は腹をくくり、翌日、現場に行く約束をして電話を終えた。

布団に戻った私は、汚腐呂のことで悶々としてなかなか眠ることができなかった。
「人間スープが腐ったのが、腐った人間がスープになったのか・・・二ヶ月とは・・・まさかなぁ・・・」

つづく

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