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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

榴の咲くころ(前編)

夜の長い晩冬、今と同じ寒い時季。
そんな夜中に、一本の電話が鳴った。
2:00頃だったから、いわゆる丑三つ時だ。

私にかかってくる夜中の電話は、誰かが死んだ話に決まっている。
仕事と割り切りながらも、とても明るい気分にはならない。

そんな毎日だと、
「どこかの夫婦に赤ん坊が生まれた」
「どこかの男女が結婚する」
なんて、たまにはめでたい知らせが欲しい。
(そんなニュースがどっかにない?)

その電話は、遺体搬送の依頼だった。
私は、寝ボケ口調にならないように気をつけながら、病院名と所在地、氏名と連絡先を素早くメモに落とした。

昼間に比べると夜間の電話本数は少ない。
が、夜中に電話が鳴ることは決して珍しいことではない。
そんな具合だから、私の枕元には携帯電話・電気スタンド・筆記用具を置いておくことが欠かせない。

遺体搬送は昼夜の時間帯を問わない。
人が亡くなるのに時間帯は関係ないから。
そして一報が入ったら直ちに動かなくてはならない。
動けなければ仕事にならないから。
私は急いでスーツ着替えて、飛び出した。

病院で対面する遺族は、愛する身内を亡くした現実と生きていた余韻の間で、穏やかに消沈・呆然としていることが多い。
仕事として動いている私と遺族の間に温度差があるのは当然のこと。
遺族の温度は計り知れないし、単なる同情は失礼にことになってしまうことがあるので、余計な感情移入は控えるようにしている。

指定された病院は、小さな病院だった。
大病院になると、霊安室が完備されていることがほとんどなので、我々のような者が病室にまで入ることはない。
ただ、この病院には霊安室がなかった。
私は、物音に注意しながらストレッチャーを押し、病院に入った。

夜中の病院は、シーンと静まり返っている。
他の患者に悟られぬような注意が必要。
私は、出迎えてくれた看護士とヒソヒソと会話し、靴音を潜めて病室に向かった。

不幸中の幸い、病室は相部屋ではなく個室だった。
容易に察してもらえるはずだか、相部屋の場合はかなりやりにくい。
「疫病神参上!死神見参!」
看護士が「白衣の天使」なら、私などは「黒衣の悪魔」。
とても歓迎されるような者ではない。
そんな訳で、まるで悪いことでもしているかのような気マズさと、針のムシロにでも座らされているような居心地の悪さがある。

目的の病室に着きドアを開けると、中には初老の女性がいた。
傍らのベッドには、顔に面布(死人の顔を隠す白い布)を 掛けられた故人が横たわっていた。
故人と女性は夫婦らしかった。

「こんな時間にありがとうございます」
女性は、私に深々と頭を下げてくれた。
「この度は御愁傷様です」
私は、温かみのない決まり文句で応答した。

私は、遺体の状態を簡単に確認するため、面布をとって故人の顔を見た。
布の下から現れた男性の顔は、米噛みが凹み頬も欠け、明らかに痩せていた。

搬送しなければならない遺体は、太っているより痩せていた方がいい。
そして、大柄より小柄な方がいい。
これは単に、運び易さの問題。
遺族を襲う死別の痛み・悲哀には関係なく、自分が仕事を無難にこなすことばかりを考える自己中な私。
神妙な面持ちは表面的なパフォーマンス。
「俺は死神じゃなくて、ただの偽善者だな・・・」
だからと言っても自戒する訳でもないし、悔い改める訳でもない。
ただただ、与えられた仕事を進めるだけだった。

痩せた故人の身体は軽く、担架に移すのは簡単だった。
そして、頭から爪先までスッポリとシーツで包んみ固定ベルトを装着。
再びストレッチャーを押しながら、女性とともに来た道を引き返した。

慣例なのか真心なのか、どこの病院でも何人かの職員が見送りに出て来てくれる。
ここでも、何人かの看護士が我々を見送ってくれた。
双方でお辞儀を交わして車は出発。

「では、これからご自宅に向かいますので」
「・・・わがまま言って申し訳ないのですか・・・」

女性のそんな一言から、私はちょっとしたドライブに出掛けることになった。

つづく

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