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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

蒼天

今日の東京は、気持ちのいい晴天。
朝から、きれいな青空が広がっている。
私は、空を見上げるのが大好きだ。

思い出してみると、意識的に空を見上げるようになったのは高校生の頃からだと思う。
私の通っていた高校は、それなりに偏差値が高い、いわゆる進学校だった。
生徒のほとんどは大学に進学し、卒業後に就職したり卒業前に中退する者はクラスに一名いるかいないか程度。
そんな中で、私の成績は下の方だった。
学校の勉強はどんどん嫌いになっていく上、もともとが怠惰な性分なのでコツコツ勉強することもできなかった。
そんな高校生活は、私にとってモノ凄くつまらないものだった。

担任の教師は、
「前向きにいこう」
が、口癖だった。
「前向きってどっちの方向ですか?抽象的すぎて意味が分かりません」
「なんで前向きじゃないといけないんですか?」
そんな質問をする私は、教師からきっと嫌われていたことだろう。

「学校って、なんで行かなきゃならないんだろう」
「学校って、そんなに大事なものなのかなぁ」
「学校、やめたいなぁ・・・」
そんな事を考えながら、いつまでも青い空を見上げていた。
どこまでも広く高い空は、イヤなことを忘れさせてくれた。

どんなに考えても結論がだせないことって、たくさんあると思う。
そんなことを引っくるめて空に投げても何も返ってこない。
だから、いい。

「自分の将来にはどんな苦難が待っているのだろう」
そう考えると生は恐い。
「死んだらどうなるんだろう」
そう考えると死も恐い。「この楽しさも嬉しさも幸せも、永遠には続かない」
「この虚しさも悲しさも苦しみも、永遠には続かない」
「いつか、全て終わる」
私は、これからを生きていく恐怖と死への恐怖、両方を持ちながらギリギリのバランスを保っている。
シーソーのように揺れながらも。

私は、混沌とする特掃作業の途中、空を見上げて気分転換をはかることが多い。
それは、昔から変わらないリフレッシュ法。
身体は臭く汚れて疲れていても、もう少しだけ頑張れそうな気がする。

私は、見上げた。
空ではなく、天井裏の奥に見える梁を。
暗闇の奥に見えるその梁からは、私の方に向かって太いロープが垂れ下がっていた。
まるで、私を見下し、誘うかのように。

ロープは途中で切れていた。
吊られた遺体を回収する時に、警察が切ったらしい。

私に依頼された仕事は、ロープを梁から外して天井板を戻すこと。
たったそれだけの簡単な仕事。
身体にはライト、心にはヘビーな仕事。

「こんな簡単な作業をわざわざ俺に頼んでくるなんて、やっぱ誰もやりたがらない訳か」
脚立を登り、天井裏に上半身を入れ、ロープを解くだけなのに、私はなかなか脚立を上がることができなかった。
ただただ途方に暮れて、天井裏を見上げるばかりだった。

今更、「恐い」とか「気味悪い」とかではない。
泣きたいような、吐きたいような、息苦しいような感覚に襲われたのだ。

「なんか、気が重いなぁ」
いつまでも呆然とつっ立ったままでは仕方がない。
私は、得意技(脳停止)を使って脚立に足を掛けた。
そして一気に登り、間髪入れずに暗闇の天井裏に頭を突っ込んだ。
頭につけた懐中電灯が、梁に絡みついたロープを映しだした。
視線は一点に集中、ちょっと油断すると悪寒が走る。
結び目をいちいち解いている余裕はない。
私は、カッターナイフの刃をめいっぱい出し、ロープの結び目を一気に切り裂いた。

「アッ!」
外れたロープが顔の上に落ちてきてた。
私はロープに敵意を抱き、ゴミ袋に投げ込んだ。
そして、私は外に飛び出た。

外に出た私は、深呼吸をしながら空を見上げた。
助けが欲しかった。
「俺は随分と変わっちゃったけど、空はいつまでも変わらないなぁ」

大きく広がる蒼天の下、目に見えない重荷を背負って佇む男が一人。
何かと戦い終えた私がいた。

 

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