Home特殊清掃「戦う男たち」2007年分ぽっぽっぽ(後編)

特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

ぽっぽっぽ(後編)

「す、巣と玉子を処分するんですか!?」
予想してなかった依頼者の男性の反応に、私は動揺した。

近隣からの苦情を恐れる男性の心情も分からないではなかった。
この家に対する近隣住民の心象を少しでも改善しておくことは、男性本人の保身にもつながる大事なこと。
地域社会を敵に回しては、何かにつけてやりにくい。

しかし・・・
身の危険を感じても子供を守ろうとするアノ母鳩から玉子を奪うなんて、気の弱い私には到底できるものではなかった。
「あの母鳩がハエで、あの玉子がウジだったらなぁ・・・難なく始末できるのに」
生き物・生命に対する自分のエゴと矛盾を忘れて、そんな風に思った。

天敵の私が言うのもおかしいけど、ウジ・ハエってどこまでも嫌われて冷遇される連中だ。
そして、それにも負けないタフなヤツ。
しかし、誰にも愛されることのない生涯なんて、不憫なもんだね。

「とりあえず、部屋も確認してもらわなけばならないですし、ついでに巣も見て下さい」
私は、渋る男性を連れて二階に上がった。
そして、デジカメに撮っておいたBeforeと目の前のAfterを比べてもらった。
決して清潔とは言えない状況だったが、清掃前があまりにも酷かったため、男性はかなり満足してくれた。

そして、次にベランダを覗いてもらった。
気づかれないように鳩をソ~ッと指差し、
「アレです、アレ」
「アレですかぁ・・・」
何も知らない母鳩は、健気に巣に座っていた。
私は、男性の気持ちが動くことをドキドキしながら期待していた。

男性は困った様子で、
「ん゛ー・・・可哀相ですけど、こんなのをいちいち助けててもキリがないですからねぇ・・・やはり、処分してもらうしかないですね」
と、一言。

ガーン!
男性の情に訴えかけようとした私の策略は、見事に失敗した。
実物を見せても、男性の気持ちは動かなかったのだ。

今までの死体業生活・特掃経験の中では、幾多の試練があった。
それらを何とか乗りきって(回避もして)ここまできた私にとっては、この巣・玉子の撤去処分はやってやれない仕事ではないはずだった。
そして、人がやりたがらないことをやる根性も、特掃魂を構成する大切な要素。
しかし、巣・玉子の始末がかなり気重な仕事であること、やりたくない仕事であることには違いなかった。

「玉子はどこまで孵化が進んでるだろう・・・」
「まさか、羽化する直前ってことはないだろうな?」
「雛が、〝助けて!〟って叫んでたらどおしよぉ」
私の頭で、要らぬ想像が膨らんできた。
想像力を働かすことって、いい事ばかりとはかぎらない。
逆に、私の場合は、余計な想像力が自分を苦しめてしまうようなことが間々ある。

私の中でよくあるパターンは、腐乱汚物に人格を持たせたり、逆に人間を汚物と見なしたり。
また、動物や人形・ぬいぐるみを擬人化したり。
ここでは、頭の中で鳩親子を擬人化してしまったのだ。
こうなると、情が乗されるばかりでツラい。

なかなか玉子を救う手だてを思いつかなかった私は、最後の切り札を使うことにした。

「亡くなった御本人は、どう思われるでしょうか?」
私は、家主の女性のことを持ち出して、依頼者の心情を変えようとしたのだ。

依頼者は難しい表情で、私の問い掛けを聞いていた。
そして、しばらくして言いにくそうに口を開いた。
「あの・・・姉(家主)は、まだ死んでませんけど」
「は?」(は?)
「家の前で倒れ、病院に運ばれたんですが・・・」
「え?」(何?)
「入院療養の甲斐あって、今はだいぶ元気になりました」
「・・・」(まっシロ)

私は、勝手に家主の女性を亡き者にしていた。
何をどう勘違いしたのか、特掃魂がオーバーランしていたのだった。

「し、失礼しました・・・縁起でもないことを言って」(やっばー!)
「イヤイヤ、アハハハ」
「・・・」(ペコペコ)
「私だって〝救急車で運ばれた〟と聞いたときは、〝死んだな〟と思いましたから」
「・・・」(気マズイなぁ)
「なかなかしぶとい姉でねぇ・・・〝憎まれっ子、世に憚る〟っていうヤツですかね」
「・・・イヤ、そんなことは・・・」(ホッ)
男性は、笑いながら私の失言を聞き流してくれた。
そして、
「ベランダの鳩をどうするか、病院の姉に尋いてみますよ」
「そうですか!?」(おっ!?)
「処分は、それを待ってからでも遅くはないでしょうから」
「ですね!」(うん、うん!)
「下(一階)のゴミも何とかしなきゃいけませんしね」
「そうですね」(ヨッシャ!)

この日、何とか一命を取り留めた玉子。
それに安堵しつつも、慣れない肉体労働と余計な精神労働のせいで、疲労困憊の私。
ベランダの方に「達者でな」と一声呟いて現場をあとにした。

それからしばらくの間、この家・この男性とは関わりを持ち続けることになるのだが、とりとめがなくなるのでここら辺で話を閉じる。

このあと、鳩親子・この家・家主の女性がたどる結末は?
そして、私の運命は?
・・・思い出すことがあったら、続編を記すこととしよう。

焼鳥を食べるときにでも、思い出すかもね。

 

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