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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

マッサージ(後編)

普段の私は、風俗街にも風俗店にも縁がない。
男の端クレとして全く興味がないわけではないが、「行ってみよう」という気にはならない。
料金も安くなさそうだし、さすがにこの歳になると小っ恥ずかしい。

随分前の話だが、
「風俗遊びをしたことがない」
と言うだけで、
「半人前・未熟な男」
みたいな評されたことがある。
もちろん、男同士の内輪の話だが。

愛人を囲えるような男性を「甲斐性のある男」として、どことなく上に見てしまうようなところはないだろうか。
「女遊びの一つや二つできないようじゃ、一人前の男じゃない」と言われてしまいそうな世の価値観に、何となく馴染めない私。
そうは言っても、私にも情欲はある。
とても、世の男性を批難できる立場ではない。
ま、「他人を批難するのは簡単で、己を知ることこそが難しい」と言うことだ。

難しい話はさておき、同じ時間と金を遣うなら、私は断然「居酒屋!」
うまいモノを食べてうまい酒を飲む。
やっぱ、これに尽きるね!

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待った・・・何?!何?!何?!」
いきなりの女性の行動に、私は驚いた。
女性は、スカートをめくり上げ下着も露な姿で、
「見て、ほらココ・・・」
と、大胆発言。
私の心臓はドキドキ。

私は、どこを見ればよいのか分からずドギマギと視線を泳がせた。
「ちょっと見て下さいよ、ヒドイでしょ?」
女性は自分の太股を指差した。

「マジか?それとも、からかわれてる?」
私は女性の真意を読み切れなくて困った。
しかし、ここで動揺したら余計におかしい。
「仕事=Cool+Dry」
で通すことにした私は、表情を真剣モードに変えて女性の脚に視線を合わせた。
女性が示すところには赤く点在する皮膚炎をがあった。
ダニに刺された痕であることはすぐに分かった。
「あ!ダニ、これはダニですね」(な~んだ!ダニの被害を見せようしただけか・・・ちょっとガッカリ?)
淫らな妄想を先走らせた男の性(さが)が、微妙に情けなかった。

しかし、視界に入る女性の下半身は、私の心が紳士になるのをとことん邪魔した。
いつも色んなものと戦いながら仕事をしている私だが、まさか自分の情欲と戦うことになるなんて・・・。
弱るような、恥ずかしいような、情けないような複雑な心境だった。

更に、タイミングの悪いことに、別の部屋からは、男女の卑猥な声が漏れ聞こえてきた。
他人のそんな声を聞かされるなんて、とんだ災難。
特に、男の喘ぎ声は最悪!

目や口は、自分の意志でコントロールできる。
見たいときは開け、見たくないときは閉じればいい。
喋りたいときは開け、喋りたくないときは閉じればいい。
しかし、耳はそういう訳にはいかない。
いくら聞きたくなくても、鼓膜に届く音を自分の意志で拒むことはできない。
そんな耳は、まるで自分のモノであっても自分のモノではないような器官だ。

淫らな声は、容赦なく私の耳に入ってきた。
その雑音に対してどんな反応をするのが紳士的なのか、経験の乏しい私には分からなかった。
明らかに聞こえてくるものに対して、聞こえないフリも変だし。
まぁ、そもそも、本当の紳士だったらこんな状況には置かれないだろうね。

こんな環境に慣れているであろう女性は、そんな雑音も意に介していない様子で、ダニ刺された箇所を私にいちいち見せようとしていた。
「もう、充分わかりましたから」
堕紳士の私は、ある程度のところで女性を制止。
そして、女性に礼を言って部屋を出た。
ちなみに、「礼」ったって、いいモノを見せてもらった礼じゃなくて、業務に協力してもらった礼だからね。

その後、責任者に現場状況・作業内容・工程・時間・アフターフォローなどを説明。
費用は、後日あらためて提示することにして、この現場の見積業務を終了させた。

出口に向かう途中の待合室には、何人かの客がいた。
それを横目に見ながら、出口に向かった。
小さな声で、
「ありがとうございました」
と言ってくれる店員に、私は疲れた頭を下げながら店を出た。

来た時と同じ風俗街を歩くのに、あの気マズさはなかった。
駐車場に向かって歩く私はどこかボーッ。

いつの間にかピンク色に染められた私の脳には、軽いマッサージが必要みたいだった。

 

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