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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

痛(胸編)

30才を過ぎた頃からか、年に数回、私は原因不明の胸痛に襲われるようになっている。

その発作が初めて来たのは、朝の電車に乗ったときだった。
小走りで乗り込んだ電車の吊革につかまっていると、急に、胸部に鉛の棒を飲み込んだような重い痛みが襲ってきたのだった。

「何だ?この痛みは」
原因が何なのか、何の痛みなのか自分でも分からないまま、脂汗をかきながらひたすら我慢するしかなった。
そうしていること約30分、痛みは自然と治まった。
痛みがなくなれば、そんな事が起こったこと自体を忘れてしまう。
まさに、
「喉元すぎれば熱さ忘れる」
というヤツだ。
また、普段の生活に埋没する私だった。

それからしばらくの月日が流れたある日、私は再び同様の胸痛に襲われた。
「狭心症?肋間神経痛?」
二度目となると、さすがに病気が心配になってきたが、これまたしばらく我慢していると痛みは治まってしまう。
そしてまた、おのずと忘れてしまうのだった。

それから、そんな事を何度も繰り返していたのだが、その痛みはヒドク、座っているのもツラいくらい。
「このまま死んじゃうかもな」

本気で心配になってきた私は、病院で診てもらうことにした。
診療科目が分からなかったので、とりあえず大きな総合病院に行ってみた私。

そこでは、とりあえず検査。
病院嫌いの小心者は、検査を受ける前からドキドキ・オドオド。
注射器だって、まともに見ていられないくらい。
最初は、普通の健康診断でやるような検査。
それから、レントゲンで肺を検査、24H心電計測で心臓検査、内視鏡で食道検査までやった。
しかし、痛みの原因はおろか病気さえも見つからない。
病気がないのを喜んでいいのか、原因が分からないことをガッカリすべきなのか、複雑な心境だった。

結局、私は今現在も、いつ襲ってくるか分からない発作と付き合っている。
「疲労?ストレス?」
本当の原因と治療法を、誰か教えてくれないかなぁ。

胸が痛くなることは他にもある。
人の死に遭遇することだ。
そして、それを痛むことは、この仕事に関わっている以上は避けて通れないことだ。
若者、特に子供の死は胸が痛む。

子供用の柩は小さい。
普通の柩は二人以上で持たないと運べないのだが、子供用の柩は一人でも簡単に持ち上げられる。
そして、子供の身体は小さい。
大人の身体だと二~三人の手を要するのだが、子供の身体は一人でもたやすく抱えられる。

「こんなに小さいのに、なんで死んじゃうんだよ!」
柩も身体も小さくて軽い子供。
だけど、その死は重くて仕方がない。
めまいを覚えるくらいの理不尽さに、気持ちが揺れる。

薄暗い霊安室に男の子の遺体があった。
一人ポツンと置かれた状態とドライアイスで冷やされた身体が、何とも言えない寂しさを醸し出していた。
私の仕事は、この子に死後処置を施し、着衣を整え、柩に納めること。
仕事の責任と遺体への想いを交錯させながら、作業を進めた。

何か特別なことがないかぎり、納棺式には遺族が立ち会うことがほとんど。
なのに、この男児の家族は誰も来なかった。
それでも私は、
「冷たい家族だ」
なんて思わなかった。
亡くなった子供に対して愛情がないから来ないのではないことを、痛いほど感じたからだ。
遺体の傍に置かれた山ほどのオモチャやお菓子が、両親の想いを代弁しているようでもあった。

具体的な事情を知る由もない私は、黙々と仕事をするしかなかった。
両親がこの場に来ることができない理由を考えると切なかった。

両親は、我が子の死が受け入れ難く、とても遺体を見ることができなかったのだろうか。
温かみをもって動いていた息子が、死を境に冷たく硬直していったことが、どうしても理解できなかったのだろうか。
我が子を手厚く葬ってやりたい気持ちと、その死を認めざるを得ない恐怖とを戦わせていたのかもしれない。
他人の私には、胸を引き裂かれたに値する両親の喪失感を計り知ることはできなかったが、単なる同情を越えた胸の痛みを覚えた。

「他人の不幸を蜜の味とし他人の幸せを妬ましく思う」
私という汚物は、そんな心の影を持っている。
「他人の不幸を真に気の毒に思わず、他人の幸せを真に喜ばず」
それが、私の本性なのだ。

しかし、他人の喜びを自分の喜びとし、他人の悲しみを自分の悲しみとするような人間に憧れもある。
ほんの少しでいい、死ぬまでにはそんな人間になってみたいと思う。

他人の痛みを自分の胸の痛みとする。

それが、人がきれいに生きるためのコツのように思う。

 

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