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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

Up Down

「気分のUp Downが激し過ぎる」
私は、人にそう指摘され
「Up Downの幅をもう少し小さくしないと、自分も回りも辛いと思う」
とアドバイスされたことがある。

不本意ながら、自分でもその自覚はある。
神経質で気が短く、常に何かの不安を抱えている私の情緒は不安定で波があるのだ。
しかし、人に情緒不安定性や気分の浮き沈みがあるのは自然なことだと思う。
また、それ自体は悪いことだとは思っていない。
ただ、それがあまりに激し過ぎると自分自身がキツいし周囲に悪影響を及ぼすこともある。

「気分の波は、どうやったら凪にできるんだろうか」
自分の気分って、自分でコントロールできそうで実際はできないもの。
自分の理性が自分の感情をコントロールできなくなる度に、そんなことを考える。

ある自殺遺体の処置をした。
その遺体は、手首から胴体にかけてキズだらけ。
手首を切ったが死にきれず、自分の身体を片っ端から切っていったようだった。

気の弱い私は生々しい肉を直視できず、一つ一つのキズが露になる度に目を閉じた。
また、深い裂傷・剥きだしの脂肪に、痛々しさや気持ち悪さを通り越した寒々しい恐怖感を覚えた。

極めつけは、首の切開傷。
誰が見ても、これが致命傷となったことが分かるくらいに首筋が大きく裂けていた。
想像したくなくても、噴水のごとく首から血が吹き出す様が頭に映ってしまい、寒気が一層プラスされた。

一体、何が故人をこういった行動に駆り立てたのだろうか。
怒りか、悲しみか、恨みか・・・そのパワーの根源は何なんだろうか。
極度のDownが何かをきっかけに歪んだUpに変化して、故人は暴走してしまったのだろうか。
私は、故人の気持ちが理解できるような理解できないようなモヤモヤとした気分で作業を進めた。

どんなに酷くても、死人にキズの治療は無用。
死後処置と治療は全く別物であり、死後処置の場合はどちらかと言うと外見重視。
火葬になるまで(葬儀)の間、遺体をきれいに保つことに重点を置いた仕事をする。
遺体のキズや損傷が、遺族や会葬者の心を何かしらのキズをつけたり、暗い陰を落としたりすることがあるから。

体液漏れや出血に注意すれば、身体のキズ処置は比較的容易。
遺体は、「痛い」も「痒い」も言わないし。
そういう意味では、生きた人を扱う医療介護関係に従事する人達に比べれば楽かもしれない。
ただ、顔のキズ処置になかなか繊細な技術を要する。

通常、出棺直前まで故人の顔は露出したまま。
故人にとっても遺族にとっても〝この世での最期の顔〟となる。
だから、できるかぎり清く安らかな顔が求められる(残念ながら、故人の意志は残された人間が推測するしかないのだが)。

気持ちだけじゃなく、身体にもUp Downはある。
体調がいい時or悪いとき、元気に動ける時or動けない時。

特殊清掃撤去・遺品整理・不用品処理etc、私の仕事は荷物を運ぶことが多い。
ある種の精神労働でありながら、重い肉体労働でもある。

キツい作業は色々あるけど、マンションや団地での仕事もかなりキツい。
エレベーターを使える建物ならまだしも、エレベーターのない古い建物やエレベーターの使用を禁止される現場も少なくない。
そんな現場では、梱包した荷物を手に持って、ひたすら階段をUp Downする。
その酷度は、階段の幅や階数によって違うけど、基本にどこに行っても楽な現場はない。
寒い冬場でも汗をかく。
暑い夏だったら尚更だ。
水でも被ったような汗が流れでて、シャツはもちろんズボンも膝くらいまでビショビショになる。
それでも、荷物がなくなるまでひたすら作業を進める。

同じ階段を何度もUp Downしていると、足元に点々と汗のシミができる。
そして、それが次第に線になってくる。
そうなる頃には、頭も身体も疲労困憊。
単調な動きに頭が拒絶反応を示し、必要な筋力に身体が応えられなくなる。

当然、そんな作業では気分もDown。

しかし、Downするままではツラさが増すばかり。
気持ちをUpさせようと、頭の中で色んなことを試みる。
身体は過酷な作業に従事させながら、頭は現実逃避させて元気になれそうなことを考えるのだ。

もちろん、それでもダメなときもある。
そんなときには、
「この苦しみも、この楽しみも、永遠ではない・・・いずれ終わる」
というところに行き着く。
短絡的かもしれないけど、私にとってはこれがいつものパターン。

そうすると、私はUpとDownの間にあるわずかな隙間に落ち着くことができるのだ。
それでもまた、時間が経てばもとのUp Downに振り回される生き方に戻るんだけどね。

さてさて、次はどんなUp Downに呑まれることになるのやら。

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