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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

心の奥

こうして生きていて、自分で自分が分からなくなるときはないだろうか。
自分が何をしているのか、自分は何を望んでいるのか、自分に大切なものは何なのか分からなくなるときが。

いちいちそんなことを考えるのは余計なことかもしれない。
日常の生活には必要のないことかもしれない。
そんな余計なことは考えずに、一日一日を楽しく生きることに集中すればいいのかもしれない。
でも、考えてしまう。
何とも言えない満たされない感覚が、常に私に付き纏ってくるから。

仕事の依頼が入った。
現場は、古くて小さな公営団地。
依頼者の男性とは、現場で待ち合わせた。

故人は初老の女性で、例によっての孤独死。
依頼者の男性は、故人の息子だった。

男性と故人は、普段はほとんど交流がなかったよう。
親子関係にトラブルを抱えていたわけでもなさそうだし、仲が悪かったわけでもないみたいだった。
ただ、自分の家庭を持った男性は、その生活を守ることが手一杯で、母親のことをかえりみる余裕がなかったのかもしれない。

そんな想像を巡らせながら、私は、男性について部屋に入った。

死後何日か経っていたにもかかわらず汚染も異臭もほとんどなく、そんなノーマルな状態に、
「これは、〝特掃〟と言うより〝不用品撤去〟だな」
と、私は気持ちを緩めた。

〝不用品撤去〟と言っても、部屋にある全てのモノを一括して処分することは少ない。
多かれ少なかれ、捨てないモノがでてくるのだ。
実用品から貴重品、思い出の品etc。

しかし、撤去作業中にいちいち必要品と不用品の分別をやっていては仕事にならない。
だから、依頼者には、必要なモノは予め選別しておくことをお願いするようにしている。
もちろん、依頼者が入れないくらいに凄惨な部屋のときは、暗黙の信頼関係で私が代行するのだが。

このときの現場は、撤去作業は、依頼者(遺族)が貴重品や必要なものをキチンと選り分けた後に行うことになった。

作業の日。
「いるモノは全部持ち帰ったので、あとは全部処分して下さい」
「終わりそうな頃に連絡をもらえれば、戻って来ます」
依頼者の男性は、そう言ってどこかへ出掛けていった。
まぁ、現場にいたところでホコリを被るだけなので、私としてもその方がよかった。

男性の言う通り、部屋に残されていたものは、どれも捨ててよさそうなものばかり。
廃棄物の場合、梱包も運び出しもそんなに丁寧にはやらない。
だから、作業は大胆に進めた。

部屋がある程度片付くと、次は収納スペースに着手。
押入にも荷物がギッシリと詰まっていた。
ただ、そのほとんどは、収納ボックスや衣裳ケース。
そして、それぞれの箱には中に入れられているモノを示すラベルが貼ってあった。

「こんなにキチンと整理してるなんて、随分と几帳面な人だったんだなぁ」
私は、故人の几帳面さに感心しながら、それらを搬出。

押入が終わると、次はその上の天袋。
押入同様、そこの荷物も箱を使って整理されており、私は、一つ一つのラベルを確認しながら箱を運び出していった。

そのうち、最も手の届きにくい一番奥から一つの段ボール箱がでてきた。
その古ボケた感じから、〝当然捨てるモノ〟と判断した私は、そのまま運び出そうと何気なくラベルを見た。
すると、そこには人の名前らしき文字が。

「この名前は確か・・・」
そこに書かれていたのは、故人の息子である依頼者男性の名前だった。

「何が入ってるんだろう」
段ボール箱を揺らしてみたけど、そんなことで中身が分かる訳もなかった。

その中身が何となく気になった私は、その箱を部屋に残し次の作業をすすめた。
念のため、後で依頼者の男性に確認してもらおうと思ったのだ。

作業も終盤になり、現場を確認してもらうために依頼者の男性を呼び戻した。

「さすが、作業が早いですね」
男性は、短時間で部屋が空っぽになったことに驚きながら、仕事の成果に満足してくれた。

「あと・・・これなんですけど、一応確認してもらった方がいいかと思いまして」
私は、あの箱を男性に差し出した。

「何だろう・・・ま、いらないモノのはずです」
男性は、そう言いながら箱のガムテープを雑に破った。

「ん?何だ?・・・これは・・・」
中からは、幼い子供が描いたと思われる絵や、大きな字で書かれた手紙がでてきた。

「・・・懐かしい・・・って言うか、ほとんど憶えてないなぁ・・・」
男性がかなり小さい頃のモノなのだろう、ほとんど記憶にないらしかった。

「私が子供の頃につくったものみたいですね・・・」
男性は、感慨深げに一つ一つを眺めた。

「まったく、こんなゴミとっといたって仕方ないのに」
照れ臭そうに笑う男性だった。

箱の中身は、幼い頃の男性が故人に贈ったもの。
誕生日や母の日などの記念日に贈ったものもあれば、何もない日常に贈ったものもありそうだった。
それらは故人にとって宝物だったのだろう、一つ一つを大切にとっておき、押入の奥にしまっておいたのだった。

「部屋が空になってみると、〝お袋はホントに死んじゃったんだなぁ〟ってしみじみ思いますね」
「あ~ぁ、生きてるうちに、お袋ともっとたくさん話しておけばよかったのかもなぁ・・・」
寂しそうに呟く男性は、それでも何だか嬉しそうに箱の中を見つめていた。

その後、箱の中身がどうなったかは知らない。
ただ、男性の心にポッカリ空いた穴は、段ボール箱に詰められた故人の想いで埋めることができたのではないかと私は思った。
更に、息子を想う母の愛情が蘇った現場でのひとときが、私に何かの満たしを与えてくれたのであった。

心の奥。
誰に明かす必要もなく、たまには、自分のそれを覗いてみてはどうだろう。
一人静かに心の奥を探ってみると、普段の自分では思いもつかない大切な何かがみつかるかもしれない。

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