Home特殊清掃「戦う男たち」2007年分野良犬

特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

野良犬

この社会では、多くの人がペットを飼っているみたい。
多いのは、やはり犬と猫だろうか。
最近では、ペットフード・ペット用品やペット向サービスもかなり充実していて、これを書いている人間様よりもいい暮らしをしているペットもいそうな感じだ。
しかし、どんなに手をかけたって、ペットの幸・不幸と飼い主の幸・不幸は別物。
どうも、その辺は混同しない方がよさそうだ。
お互いのために。

ある雨の日の夕刻、東京の郊外を車で走っていたときのこと。
渋滞する車の列に向かって、道路脇から犬が飛び出してきた。
驚いた私は、急ブレーキを踏んだ。
犬は、私の前の車に接触。
幸い、車は低速だったこともあり、犬は〝キャイン!〟と叫んだだけでどこかへ走り去っていった。

「あー、ビックリしたぁ!」
私の心臓はしばらくの間ドキドキしたままだった。

東京の郊外に行くと、野良犬を見かけることが少なくない。
郊外に野良犬が多いのは、東京に住む人達が〝戻って来れないように〟と、郊外まで遠出して飼い犬を捨てるかららしい。
そして、そんな犬達は人間に疎まれ虐められた挙げ句、保健所に捕まって始末される。
もしくは、轢死体となってアスファルトに貼り着ことになるか、どちらかだ。

痩せて汚れた犬が、行く宛もなくさまよっている姿は、痛々しいかぎり。
特に、雨の日にビショビショになっている姿は悲しさを倍増させる。

飼犬を捨てるなんて、並の神経じゃできなそうだ。
そうは言いながらも、私には野良犬を拾ってやるような優しさはない。
ただ、薄っぺらい同情心を抱いて通り過ぎるだけ。

ペットショップでは新しい命が次々と生み出され、金に換えられ、遊ばれ、捨てられ、殺される。

「たまには焼肉でも食べながら、冷えたビールをグビグビッ!とやりたいな」
なんて考えている私に、動物愛護精神を説く資格はないかもしれないけど、何とも胸ヤケがしそうな話だ。

遺体処置業務で、ある家に出向いた。
出迎えてくれたのは中年の女性。
更に、家の中には何人かの遺族が集まっていた。
どこの現場でも、まず始めは故人が安置されている部屋に案内されることが常なので、私もそのつもりで家の中を進んだ。

通されたのは奥の和室。
故人は布団に寝かされ、顔には白い面布がかけられていた。
私は、いつもの様に故人の傍に正座し顔の面布をとり、そして、死体業者の目をもって遺体の顔をマジマジと眺めた。

「死んでること以外、特に異常はなさそうだな」そこには、今にも息をしそうなくらいに血色のいい老女性がいた。

「随分と安らかな表情だな」
その顔には、老年の人にしかだせない終焉の趣が滲み出ていた。

「こっちも見てもらえませんか?」
遺族の女性が、故人の脇に置いてあった段ボール箱を指した。
箱を開けると、中にはタオルに包まれた何かが入っていた。

「何ですか?これは」
「犬なんです・・・おばあちゃんが可愛がってた」
「え?犬?ですか?」
「ええ・・・おばあちゃんの後を追うように死んじゃって・・・」

箱の中のタオルをめくると、中型の犬が身体を丸めるようなかたちで納められていた。

この犬は、故人の夫が亡くなり、故人が独り暮らしをするようになってから飼われ始めたらしかった。
当時、近所をうろついていた野良犬を故人が引き取ったものだった。

飼い始めた頃は既に成犬。
しかし、小犬のときから故人と一緒だったのではないかと思われるくらいに故人になついていた。
そして、故人も犬を可愛がった。

年月が経ち、故人も歳を重ね、犬も老犬に。
晩年は、老人と老犬がトボトボと散歩している姿が近所でよく見かけられた。
そして、とうとう故人と犬それぞれに寿命がきたのだった。

命の終わりが近い一人と一匹が、ゆっくりと歩を進める姿を思い浮かべて、無常の微笑ましさを感じる私だった。

「まさか、一緒に死んじゃうなんてね・・・」
遺族も、故人と犬の不思議な因縁を、重く感じているみたいだった。

「この犬を、おばあちゃんと一緒にしてやるわけにはいきませんかね?」
「ん?〝一緒に〟と言われますと?」
「だから・・・あの・・・段ボール箱じゃなく・・・」
「え?柩に一緒に?」
「ええ・・・」
「物理的には可能かもしれませんが、他の人の心情的にどうでしょうか・・・火葬場のキマリもあるでしょうし・・・」
「火葬場ね・・・」
「ちょっと厳しいと思いますよ」
「やはり、ダメですかねぇ・・・」
「遺骨を骨壺に一緒に入れるのなら大丈夫そうですけどね」
「そっかぁ・・・そーですよねぇ」

人の死は、回りの人間の固定観念や価値観を破壊するエネルギーをもつ。
この時の遺族も、〝非常識?〟と思われるようなことを真面目に考えていたのだった。

しかし、結局(当然?)、犬と故人を同じ柩に入れるのは断念。
その代わりに、犬を白いバスタオルに包み直し、新しい段ボール箱に〝納棺〟。
そして、故人の柩と並べて安置した。

勝手な想像だけど・・・
この犬は、故人に拾われて幸せだっただろう。
故人も、この犬と一緒で幸せだったはず。
人と人との利害関係とは次元の違う〝ホッ〟とするような信頼関係が、心の空虚を埋め合っていたのだと思う。

これを書いている特掃野郎は、風体は野良犬・実態は飼い犬。
目に見えないものを追いながら、悩み多き人生と格闘中。
そして、少しでも素直に尻尾が振れるよう頑張っているのである。

このページのTOPへ

お問い合わせ

WEBエッセイ「特殊清掃・戦う男たち」

特殊清掃 よくあるご質問

特殊清掃 取材・公演依頼

対応エリア

対応エリア
関東全域をメインに対応いたしております。
その他、全国も関連会社より対応いたします。