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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

人の模様

私が言うまでもなく、人にはそれぞれの人生がある。
そして、それぞれの死期と死に方がある。

死期・死に方で圧倒的に多いのは、平均寿命前後(老人)の病死。
しかし、その陰には、事故死・若年者の病死、そして自殺がある。

続くときは立て続けに発生する人の自殺。
個人的な感覚かもしれないが、自殺って、奇妙な〝自殺多発期間〟のようなものがあるように私は感じている。
それは、〝大きな闇の力が働いている?〟と疑いたくなるほど強烈なもの。
そういう期間に入り込むと、〝仕事〟と割り切っていてもなかなかしんどいものがある。

それは、片付け作業に従事する私に限ったことではなく、故人の身内や現場に関わりのある人達にとっても同じこと。
ただでさえ忌み嫌われる損傷腐乱死体だけど、それが自然死ではなく自殺である場合の嫌われようは並大抵ではない。
その死は、周囲の人の心に重くのしかかる。

ある老朽アパート。
玄関の前に立つといつものニオイ。
私は、そのニオイを確認してからマスクを装着した。

事前に依頼者の了承を得ていたので、私は依頼者(遺族)が来るのを待たずに鍵のかかっていない玄関を開けた。
そして、土足のままズカズカとあがり込み、無数のハエか乱舞する薄暗い部屋へ突入。

「これかぁ・・・」
真っ先に目についたのは、やはり腐乱痕。
それは、台所から部屋に入ったすぐ脇にあった。
そして、そこにつながる壁には縦長の液痕。
更に、壁の汚染をたどって視線を上げると、押入の出っ張りにいくつものフックが取り付けられていた。

「チッ」
私は、不快感と嫌悪感の間にある虚無感に舌打ちした。

「またか・・・」
そして、落胆と諦めの間にある脱力感に溜め息をこぼした。

「首吊りか・・・」
不自然なところに取り付けられたフック、そこから下に伸びる縦長の汚染、その真下には腐敗液。
「自殺・・・」
フィクションなのかノンフィクションなのか麻痺する感覚の中、頭の中に哲学的な思いがグルグル巡る。
目の前に広がる世界が、まるで異次元での出来事のように、私の脳に揺さ振りをかけてきた。

故人の死因は聞かされてなかった私であったが、そのハードな現場は、首吊自殺を否定できる状況にはなかった。

マスクから鼓膜に響く呼吸のリズムを整えて、私は、汚染具合いを念入りに観察した。
床と壁をよく見ると、腐敗液は人の形を如実に表していた。
人が胡座をかいて座っていたような痕がクッキリ残り、壁の所々にはまとまった量の毛髪が付着。
息絶えた後しばらくぶら下がっていた遺体は、時間の経過とともに腐敗。
そのうちにやわらかく腐ってきて落下。
それが壁にもたれかかるような姿勢で座り込んだと思われた。

「人間の模様だな・・・」
床と壁の汚染模様は、故人の身体を立体的に浮かび上がらせ、そして、それは単なるグロテスクさを超えて、私が人間を汚物として捉らえることを許してくれなかった。

現場の見分が終わる頃、誰かが玄関ドアをノック。
玄関ドアを開けると、ハンカチで鼻と口を押さえた年配の男女が立っていた。
二人は遺族、故人の兄と妹だった。
二人とも部屋を見ておらず、そしてまた、見たくもなさそうだった。
警察から、〝部屋には入らない方がいい〟と言われたことと、腐乱死体への恐怖感と嫌悪感が二人の足を強く止めていた。

作業前の状態を確認しておいてもらうのが理想ではあるが、モノがモノだけに無理強いもできず、私は、グロテスクな表現を避けながら現場の状況を伝えた。
グロテスクな状況を、グロテスクな表現を用いないで相手に理解させることはなかなか難しいもの。
私は、言葉の代わりに自分の各種装備を見せて現場の凄惨さを伝えた。
私の言いたいことは伝わったらしく、二人の表情はみるみる強張っていった。

自殺した故人は年配の男性。
若い頃から病気がちで、本人の意欲に反して安定した仕事に就くことはできなかった。
そのせいか、回りの勧める縁談も拒絶、ずっと独身でいた。
歳を重ねてくると、体調は徐々に悪化。
それにともなって仕事や収入が更に不安定に。
生活保護を受ける話もあったけど、〝人に迷惑はかけたくない〟と断り、身内からの支援も辞退。
生活は決して楽ではなく、たいした贅沢もできなかったけど、何とか頑張って生きていた。
そんな故人も歳には勝てず、いよいよ働けない身体に。
自分の身体や経済的なことを考えて悲観的になったのだろうか、それとも最期まで自己責任を貫きたかったのか、故人は自らの手で人生に終止符を打ったのだった。

「〝バカ〟がつくほど正直な男でね・・・」
と男性(兄)が言うと
「それに、気も優しかったよね・・・」
と女性(妹)も言葉を続けた。

身内(遺族)であっても、自殺者に対しては嫌悪や批難・憤りを覚える人が多い中、この二人はそんな感情より故人に対する労いや哀悼の念の方が強そうだった。
そんな二人に、妙な安心感・心の平安を覚える私だった。

「結局、幸せにはなれなかったな・・・」
男性は悲しそうな表情でそう呟いた。

「これ以上、私達に迷惑をかけたくなかったのかも・・・」
女性も寂しそうに言った。

自殺なんて、残された人には到底受け入れられるものではないだろう。
残された人の苦境を見ていると、自分の命は自分だけのものではないことを思い知らされ、故人のエゴと無責任さが浮き彫りになる。
しかし、そんな最期だったからと言っても、その人の人生そのものを否定できるものではないと思う。

人生の幸福は、誰が決めるものなのだろうか。
生きる価値は、誰が決めるものなのだろうか。
自分で決めるのもなかなか難しいけど、少なくとも他人が決めることではないと思う。

腐敗液を片付けていくと、次第に人間の模様が消えていった。
そして、当初、私が自殺した故人へ抱いた違和感も消えていった。

腐乱痕が完全に消えてしまうと、あとは、故人が自分なりの人生を精一杯生きていた事実だけが心に残った。
世に残る私は、そんな人生模様に想いを馳せ、それを自分自身に移し替えるのだった。

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