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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

企業戦士

「会社、辞めてえなぁ・・・」
ホロ酔いになった頃、居酒屋のテーブル越に友人はそう溜め息をこぼした。

友人の勤め先は一部上場企業。
学生当時、第一希望にしていた会社。
しかし、理想と現実・夢と実際は大きくかけ離れ、やりきれないジレンマにストレスを抱えているようだった。

友人は、経済社会という戦場で、生き残りをかけたサバイバルを繰り広げる企業戦士。
本音風の建前を吐き続けているうちに自分の本心が分からなくなり、仲間風のライバルと付き合っているうちに真の友を見失い、〝俺は回りの人間とは違う!〟と孤高を張っているうちに孤独な身の上になってしまった。
頼りにしていた上司は他部署へ移動になり、新しい上司は肌の合わない頭脳派イエスマン。
そんな上司に相談できることは何もなく、気心の知れた妻子には仕事の話は通じない。
妻子が起きる前に家を出て、妻子が寝た後に帰宅する毎日。
家族とは会話らしい会話もなく、子供はとっくに父離れし、妻は能面のような顔で愛想笑い一つしない。
休日に家にいると、粗大ゴミか家政夫扱い。
妻と結婚した当初の頃が夢のように脳裏を過ぎり、それからの妻の変貌ぶりが悪夢となって自分を襲う。
抱えきれないストレスは、週刊誌のゴシップと他人の不幸で中和。
それでも、企業戦士は与えられた目標を目指して、日々、つくり笑顔と平身低頭で成績を上げ続ける。

そんな中、友人は、同期入社組の出世競争に遅れをとった劣等感と、ウマの合わない上司の下でなかなか評価されない挫折感に苛まれていた。

「辞めて何すんだよ」
「・・・」
「お前の会社、世間ではちゃんとした企業で通ってるじゃんよー」
「いいのは外面だけ!やり甲斐なんか何もなし!」
「やり甲斐?、甘いこと言ってんなぁ」
「?・・・」
「まずは、〝食うため・生きるため〟じゃないの?」
「・・・」
「やり甲斐がどうのこうのって言えてるうちは幸せだよ」
「・・・」
「給料だって悪くないんだろ?」
「まぁ・・・年収で言うと○○円」
「いいじゃん!いいじゃん!俺なんかこの歳で〝ピー〟万円だぞ」(過去blog参照)
「・・・」
「それに、週休二日で盆暮れ・GWには長期休暇もとれるんだろ?」
「まぁな・・・」
「俺なんか、月休二日で連休なんかとれないんだぞ!」
「それもヒデー話だな」
「隣の芝生が青く見えるのは目の錯覚!」
「・・・」
「冷たいこと言うようだけど、お前がお前である限り、どの会社に勤めたってどんな仕事をしたって同じだよ」

孤独な企業戦士は、いつまでも尽きない愚痴を吐き続けた。
対して私は、タダ酒に免じて我慢して聞いてやるのだった。

とある一軒家。
回りの家と比べて築年数は浅そうだったが、荒れた外観は家自体を古いものに感じさせた。
そして、中は俗にいう〝ゴミ屋敷〟に近い状態で、家中のあちらこちらにゴミが散乱。
床もろくに見えてない。
ゴミのほとんどは弁当や食品の容器・ペットボトル・空缶・酒瓶。
食べ残したモノも放置、干からびたりカビたり虫が湧いたりで、ヒドイ状態だった。

故人は中年男性、大手企業に現役勤務。
以前は家族を持っていたが離婚し、ここ数年は独り暮しをしていたらしかった。

家の中からは例の異臭がするものの、あまりのちらかり様と、警察がゴミ山を引っかき回していったせいもあり、私は汚染箇所を特定するのに手間取った。

ゴミ野を越えゴミ山を越え二階に上がると、異臭は一段と強くなった。

「こっちかな?」
いくつかある部屋のうち、私はニオイの濃い方の部屋に入った。

「あ!?」
足に〝ヌルッ〟としたぬかるみを感じた。

「ん!?」
足元に、ゴミに絡んだ腐敗粘土が見えた。

「ここかぁ!」
親指と人差指でゴミをつまみ上げると、次第に腐敗痕が出現してきた。

「それにしても、ちらかってんなー」
その部屋は故人が寝室兼書斎に使っていたらしかった。

「ん?、これは・・・」
部屋の机に、まとまった量の名刺があった。
それは某大手企業の名刺で、記されていたのは故人の名前。
肩書は中間管理職。

「〝現役ビジネスマン〟だとは聞いてたけど、この会社だったのか・・・ちゃんとした会社じゃん」
私は、パリッとスーツを着こなしてバリバリ働く企業戦士と、故人が暮らしていたゴミ家が整合せず、複雑な心境だった。

「ん?ちょっと待てよ・・・会社の人はどうしたんだ?会社の人は!?」
「溶解するまでの無断欠勤を、黙って容認するような寛大な会社なのか?」
故人の孤独死にすぐ気づかなかったのは仕方ないにしても、腐乱するまで会社は気づかなかったのが不思議だった。

勝手に想像すると・・・
突然死した男性(故人)は翌日の会社を無断欠勤(当り前か)。
休暇届もないのに出社してこない男性を、職場の人達は疑問視。
ただ、とりたててアクションを起こすことはなかった。
男性は、そのまた翌日も職場に姿を現さなかった。
さすがに不可解に思った職場の誰かが男性の携帯に電話。
しかし、応答はなし。
自宅の電話も不通。
しかし、皆、自分の仕事に忙しく、そのうち誰もが〝知ったこっちゃない〟状態に。
突然に男性を欠いても日々の業務には大した支障はでず、男性のことを真剣に心配する人も、男性の自宅を訪れる人もいなかった。
ただ、ポストにたまる新聞と窓にたかるハエ、そして漏れ出る悪臭が男性の異変を知らせようとしているだけだった。

企業戦士の存在価値は、自分で決めるものではなく会社・回りの人間が決めるもの。
それって、自分が思ってるほど高くないことが往々にしてありそう。

経済価値が最優先される企業の中で生き残ることは、ある種のサバイバル。
自分が生き残るためには、他人のことなんか構っちゃいられない。
そんなサバイバルでは誰もが敵に見え、時には自分のまっとうな人格が敵になることだってある。
そんな戦いを積み重ねて、企業戦士は強く鍛えられるのだろうか。

「毎度毎度、同じような愚痴ばかり聞かせてスマンな」
「たまには俺の愚痴も聞いてくれよ」
「ああ、仕事の話以外だったらな」
「仕事の話以外?」
「お前の仕事はなぁ・・・インパクトがあり過ぎて食い物が逆流しそうになるんだよなぁ」
「そおかぁ?」
「いい話も聞けんだけどな」
「だろ?」
「ま、何はともあれ、俺も頑張るよ」
「そうだよ!普通に生きれたって、俺達の人生は残り半分!たったそれだけ!」
「お前らしいな、そのコメント」
「俺達の前途多難な人生に乾杯するか!」
「おお!」

いつまで続くか分からない人生のサバイバルに酒の力をかりて乾杯する、中年手前の企業戦士と死業戦士だった。

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