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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

ほっとコーヒー(前編)

暑い夏も終盤になり、いつの間にか9月に入った。
「暑い!暑い!」
と騒いでいた夏も、もう終わり。
夜明けは次第に遅くなり、陽が沈むのも早くなりつつある。
過ぎてみると、季節の移り変わりは早いものだ。

東京界隈では8月末から急に涼しくなり、比較的過ごしやすい日が続いている。
夏の猛暑が嘘のよう。
朝晩、外の空気がヒンヤリしていると、ホッとして夏の疲労が癒される。
心地よい秋風が吹いてくるのも、もうじきだ。

過ぎ行く春夏秋冬は、人の一生にも重なるところがある。
20年区切りで考えると、私の年齢では晩夏。
もうじき秋を迎える頃合だから、ちょうど今頃の季節だろうか。
「せっかくの人生、何か熱中できること・情熱が注げることが欲しいなぁ」
等と思いつつも、結局のところ、食べてくことに精一杯で仕事に追われるばかり。
人生晩夏の今、もっと熱く燃えるべきか、歳相応に冷めていく方が楽か・・・悩むところだ。

行楽の秋・食欲の秋・読書の秋etcと言われているように、秋は何をするにも心地よい季節。
猛暑の夏を乗り越え、やっと来る秋に安堵しながら、人々はそれぞれの秋を満喫するのだろう。
一方、私にとっては・・・やはり仕事の秋になりそう。

食って寝て働く、そしてまた食って寝て働く・・・季節感もなく、その繰り返し。
疲労感ばかりを抱える単調な毎日でも、ささやかな幸せはある。確かにある。
そして、それに感謝する必要があることは分かっている。
しかし、疲労困憊の昨今、どうやったら本心で感謝の日々を過ごすことができるのだろうか・・・悶々としながら、不満と感謝の狭間で足踏みをしている私。

私の中にある際限のない欲望と不満・不安感は、人生に感謝の気持ちを持つ謙虚さを打ち倒す。
しかし、〝そうはさせじ〟と踏ん張ろうとする私もいる。
その答を得るためにも、仕事+αしかない。
死人の残すメッセージが、何らかのヒントを与えてくれるから。

身体的には過ごしやすくなるこれからの季節でも、私にとってはツラくなることがある。
暗い時間が序々に長くなる晩夏から、私の中にだんだんとその兆候が現れてくる。
私自身が〝心の闇〟と表している、精神的な虚無感・疲労感だ。
鬱状態と言ってもいいだろう。
それは、自分でもコントロールできないやっかいなもの。

私が、
「肉体的には夏が、精神的には冬の方がキツい!」
「冬より夏の方がいい」
と言う由縁は、この辺のところにある。

昨年の今頃も、
「何となくイヤ~な予感がするな・・・」
と思っていたら、やはり私の心は序々に闇に覆われてきていた。
そして、秋が深まるにつれ、それが自分でもハッキリと感じ取られるようになっていた。
そうなってくると、毎日がツラい。ホントに。
まだ見ぬことなのに、将来の不安ばかりが頭を占めてきて、〝お先真っ暗〟の気分になる。

そんな時は、できる限り余計なことを考えず、とにかくその日一日を生きることだけに集中するよう努める。
「とりあえず、今日一日・・・」
と自分をなだめて、朝をスタートする。
私は、それ以上先のことを考える余裕もなくなるくらいにダウンするのだ。

それはある晩秋の日の作業だった。
現場は、車通り沿いのアパート。
築年数は浅く、学生等の若い単身者向きの建物だった。

依頼してきたのは、そのアパートを管理する不動産会社。
依頼の内容は、特殊清掃。

現場に着いた私は、目的の玄関に向かった。

「これかぁ・・・」
汚染箇所は一目瞭然。
玄関ドアの下から、大量の血が流出。
それは、時間の経過とともに茶色く変色しつつあった。

「一体、何があったんだろう・・・」
玄関ドアの隙間から、液体が流れ出していることは珍しいことではない。
玄関やその近くで亡くなっている場合、そこから出た液体が表に流れるケースがよくあるから。
多いパターンは、遺体の腐乱がかなり進んだ状態で溶け出る腐敗液。
それは、凄まじい異臭を放ちながら、脂をタップリ含んだ茶黒い粘体として姿を現す。

「これは、腐敗液と言うより血液に近いなぁ」、この現場の汚染液は異臭も軽微、色も赤に近かった。
丁度、コーヒーを流したような感じ。

そうこうしていると、不動産会社の担当者がやってきた。
一通りの挨拶を交わしたあと、私は尋ねてみた。
「部屋の中で、何があったんですか?」
「ハッキリしたことは分からないんですが・・・」
「はぁ・・・」
「今、遺族が警察に行っていますから、ハッキリしたことはすぐに分かると思います」
「・・・ですね」

担当者は、自分の口から余計なことを言いたくなかったのだろう、奥歯にモノが挟まったように口を濁した。
その態度から死因を察した私は、口をつぐんだ。。
その辺を詮索したところで、私の作業には影響するわけではないし。

私への依頼内容は、
「近隣住民が騒いでいるので、玄関前の血痕をきれいにしてほしい」
とのこと。
部屋の中から異臭が漂い、そのニオイやウジ・ハエが近隣に迷惑をかけているわけではなく、この現場が抱えているのは視覚的な問題だけ。
早急にそれを解消する必要があった。
部屋の中が気にならないでもなかったが、とにかく、私は指示された部分を片付けることにした。

「きれいになりますか?」
「脂とコンクリートは相性がいいのか悪いのか・・・なかなか落ちないんですよ」
「脂?・・・」
「血液にも脂分はありますからね」
「なるほど・・・」
「ま、多分、大丈夫だと思います」
「よろしくお願いします」
「じゃ、早速やっちゃいますね」
「終わったら連絡下さい」
「了解です」

私は、そそくさと汚染状況に合った道具類を整えた。
そして、玄関前にしゃがみ込み作業を開始。

少しすると、私は人々から飛んでくる視線が気になり始めた。
そこは、人目につきやすい場所で、側を通る人が皆、私を見世物にしているような錯覚に陥った。

私は、誰がどう見ても清掃作業をしている人間であることは分かったはず。
そして、コーヒー色に染まる床から、私がやっていることが普通の清掃作業ではないことも分かっただろう。
この現場に起こったことを知っている人もいたかもしれない。

私は、通り過ぎる人々が私に対して好奇・嫌悪の視線を注いでいるような気がして、いたたまれなくなってきた。
更に、ヒソヒソと話し声なんか聞こえようものなら、自分が悪いことでもしているのではないかと、罪悪感すら覚えてしまった。

感じる視線にいちいち顔を上げてもいられない。
私は、冷たい視線を背中で耐え、ひたすらコンクリートの床を磨き続けた。

晩秋の寒風が吹きさらす外での作業は、夏の猛暑とは違ったキツさがある。
冷たくかじかむ手は思うように動いてくれず、それが〝自分は何の役にも立たたない人間ではないか?〟という疑心にもつながった。
気分が低滞している時は、些細なことでもダウンしやすい。
そんな心境で地ベタに這いつくばっていると、ネガティブなことばかりが頭を巡った。

「世間と晩秋の風は冷たいなぁ」
「こう寒いと、気持ちまで冷えてくるよ」
「何だか惨め・・・」

そんな作業中、背中を丸める私の後ろから声を掛けてくる人がいた。

つづく

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