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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

ほっとコーヒー(後編)

コーヒーは、酒・タバコに並んで嗜好品の代表格。
私の場合は、酒○・タバコ×・コーヒー△・・・限りなく×に近い△。
残念ながら、私はその味を理解することができないから。
何度飲んでも、「美味しい!」とは思えないのだ。

だから、自分からすすんで買い求めることはない。
喫茶店などで他に適当なものがないときに注文したり、人からだされたときに飲むくらい。
どちらかと言うと、仕方なく飲んでいる感じ。

私にとってはそんなコーヒーだけど、愛好者はかなりいそう。
身の回りにも、コーヒーを嗜好する人は多い。
缶コーヒーだけでも相当の種類があるし、街々にある飲食店も、コーヒーをメニューに入れた店がほとんど。
また、ここ数年でコーヒーショップが急増している。
それだけ飲む人がいる証拠。
〝日本茶を超えて国民の飲み物になった〟と言っても過言ではないかもしれないね。

コーヒー好きからすると、一口にコーヒーと言ってもその味は千差万別らしい。
やはり、いい豆で上手にいれたコーヒーは美味しいし、中にはまずいコーヒーもあるらしい。
どこでどんなコーヒーを飲んでも苦マズくしか感じない私には、縁のない大人?の世界。

「このコーヒーはうまい!」
「コーヒーを飲むと、気分が落ち着くんだよな」
等と言いながら満足気に飲んでいる人を見ると、羨ましいかぎりだ。

余談だが、その昔、知ったかぶって、
「コーヒーにはコカインが入っているから、俺は好きじゃないんだよ」
と言った男がいた。
単に、コカインとカフェインを言い間違えただけなのだが、そのバカぶりは周囲の顔を引きつらせるものだった。
その男が誰だったのか、戦う男にも名誉の破片くらいはあるので、公表しないでおく。

前回からの話を続けよう。

床にしゃがんで黙々と作業をする私の背後から、ある女性が声を掛けてきた。

「ご苦労様です・・・大変なお仕事ですね」
振り向くと、初老の女性が立っていた。
女性は近所の住人らしく、ここで起こったことも知っているようだった。

「よかったらどうぞ」
近くの自販機で買ってきてくれたのだろう、女性は、手に持っていた温かそうな缶コーヒーを差し出してくれた。

「あ、ありがとうございます・・・ただ、手がコレでして・・・」
私は、自分の汚手を上げてみせ、〝手では受け取れない〟ことをジェスチャー。

「じゃ、ここに置いておきますから、後で飲んで下さいね・・・寒いですから、風邪をひかないように気をつけて」
女性は、優しい言葉と缶コーヒーを置いて立ち去った。

「小さな親切・大きな心・・・ありがたいな」
見ず知らずの人の優しい心遣いに気持ちが温まって、少し元気がでてきた私だった。

作業が完了する頃、遺族の男性がやってきた。

「○○(故人名)の父親です・・・ご面倒をお掛けして申し訳ありません」
故人の父親らしく、私に深々と頭を下げた。
その名前を聞いて、初めて故人の性別を認識。
そして、男性の外見年齢から故人が若者であることも察することができた。

死因を尋いたところで、私のくだらない野次馬根性が満たされるばかり。
男性の傷心をフォローできるわけでもないので、私は余計なことは尋きかなかった。

「ありがとうございます」
男性は、きれいになった玄関前を見て、礼を言ってくれた。

「中も見てもらえますか?」
男性は、持っていた鍵で玄関を開錠。
ドアを開けると、予想通りの血海が一面に広がっていた。
その中には、履物やドアポストからこぼれた郵便物が散乱。

「こんなになっちゃって・・・」
その声は力なく震え、男性の気が動転していることは明白だった。

「とりあえず、中に入りましょうか」
外からの視線を避けるため、私は、男性を押し込めるようにしてドアを閉めた。

「・・・」
そこには、険しい表情で血痕を見降ろす男性と、その悲壮感を無言で受け止める私がいた。

「こんなに散らかってたらどうしようもないな・・・」
男性は、おもむろに腰を屈むめると、血まみれのゴミを素手で拾い始めた。

「わ!私がやりますから!」
驚いた私(手袋着用)は、男性の手から血物を奪い取り、床に散乱するそれらを急いで拾い集めた。
それから、消毒綿を渡し、手を拭くことを強く促した。

「ここは、私が後できれいにしますから、大丈夫です」
男性の手前、いつまでも汚染箇所を露出させておくのは気の毒に思えた私は、ベッドから毛布を持って来て、血海の上を覆った。
その傍らに呆然と立ち尽くす男性の手は血に染まり、それはまた男性の心情を痛切に表わしていた。

「とりあえず貴重品類を探しましょうか」
私は、今後の仕事をしやすくするためと、いたたまれない雰囲気を緩和させるため、男性に貴重品探しを提案。
私も手伝いながら、貴重品を探した。

「だいたいこんな感じですかね・・・一旦、外に出ましょうか」
一通りの貴重品探索を終え、私達は外へ出た。
玄関に敷いた毛布を躊躇なく踏む私だったが、男性の方は恐る恐るだった。

「これから、どうすればいいんでしょう・・・」
男性の言う〝これから〟の意味の意味は重かった。
現場を片付けることはそんなに難しいことではない。
しかし、残された人の心は、そう簡単に片付けられるものではない。
男性の問いに〝生半可な返事はできないな〟と思った私は、黙ることしかできなかった。

「とりあえず、一休みしましょうか・・・不動産屋さんも呼びますから」
我々は、外で不動産屋の到着を玄関の前で待つことにした。
特に喋ることもなく、だからと言って雰囲気が煮詰まるわけでもなく、それぞれがそれぞれの感慨を持って沈黙の時を過ごした。

「何か飲物でも買ってきますよ」
少しして、私は近くの自販機まで行き、缶コーヒーを一本買ってきた。
そして、その一本を男性に渡した。

「すいません・・・いただきます」
男性は、冷えた手を温めるように両手で缶を握り締めた。
そして、そのまま再び沈黙。
その姿は、何かを一心に祈ってるようにも見え、私は、人が負わなければならない性を重く感じ取った。

「あー、あったかい!」
コーヒーを一口飲んで、男性は笑顔にならない笑顔をつくった。
それに笑顔で頷く私は、先に女性がくれた缶コーヒーを飲んでいた。
それはとっくに冷えていたけど、気持ちを熱くするには充分の教示があった。
そしてまた、その苦味は人生の妙を象徴していた。

気分が憂鬱になる原因の一つに、私は、愛情不足があると思っていた。
もっと優しくして欲しい、もっと守って欲しい、もっと支えて欲しい、もっと励まして欲しい、もっと助けて欲しい、もっと、もっと・・・それが足りないから心の闇に負けてしまうのだと。

しかし、ここへ来て、そうではないような気がしてきた。

愛は、もらうものではなく与えるもの。
もらう愛と与える愛、その両方がないと心の闇は決して晴れない。
そして、与える愛が大きければ大きいほど、人(私)は元気になれるのではないだろうか。

じきに迎える闇の季節をどう乗り切るか。
愛をもらう側から与える側へと転じることができれば、私は自分の心の闇を葬り去ることができるかもしれない。

憂鬱な冬が、ほんの少しだけ楽しみになってきた。

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