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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

花園

依頼があればどこにでも出掛ける私は、あちこちの街に季節ごとの花を見かけることも多い。
仕事の中にあっても、公園や道端に咲く花を見ると気持ちが和む。
中でも、野に咲く野性花に至っては、人間にはどうすることもできない大きな摂理すら感じる。

また、仕事の用事で行くホームセンターでも、花を愛でることができる。
特に急ぐ必要のないときは、園芸コーナーに立ち寄って見るのだ。

花がたくさんあっても、花を買う用なんてまるでない私には花屋の敷居は高い。
小心者の私には、買うつもりもないのに入る度胸なんてとてもない。
でも、ホームセンターの園芸コーナーだったら誰に気兼ねすることなく気楽に眺めていられる。
どの季節であっても、色とりどりの花が並べてあり、何も考えずにそれを鑑賞するとちょっとした気分転換になる。

その昔は、
「花なんて、腹の足しにもならない!」
「無駄な産物!」
等と豪語していた私なのに、今はこの変わりよう。
花の生涯はどことなく人のそれと似て、その生い立ちを想いながら眺めているだけで余計な力みが抜けて気分が軽くなる。
この歳になって、やっと花のよさがわかってきた私は、心にもまた一つ小さな花を持てたような気がして嬉しく思っている。
歳って、とってみるもんだね。

ビルの管理会社から特掃の依頼が入った。
「隣のマンションから人が転落し、下がヒドイことになっている」
とのこと。
たまたま手の空いていた私は、必要になりそうな道具を携えて現場に急行した。

「随分と賑やかなところだな」
現場となったビルは繁華街のド真ん中にあり、建物の前は多くの人や車が往来していた。

「なるべく目立たないように来て下さい」
依頼者にそう言われていたので、手袋・マスク・特掃靴などの七ツ道具(七ツもないんだけど)は紙袋に入れて現場のビルに入った。

妙な風評が立って、ビルにお客が来なくなったり入居者・テナントが出ていったりしては困る。
また、賃料を下げなければならなくなったりしたら一大事。
だから、管理会社からすると、なるべく事を荒立てずに穏便・内密に処理したいようだった。

依頼者とは、ビルのロビーで待ち合わせた。
約束通り、私が〝特掃野郎〟を思わせない風体で現れたので、依頼者は安心したようだった。

「〝人が転落した〟と聞きましたが、事故ですか?それとも・・・」
「それが・・・わからないんです」
「不明?・・・」
「とにかく、現場を見てきて下さい」

早速、転落現場を見るように促された私は、一人で汚染箇所の確認に行った。
正面入口を通り抜け、裏の非常口を出たところにに汚染の一部が見えた。
「この辺かぁ」
私は非常口から外に出て汚染箇所の見分を開始。
その場所は、このビルと隣のマンションの間、人通りからは丁度裏手に位置していた。

「これは・・・」
汚染場所の全容を把握した私は、その状況に絶句した。
飛散した血肉を目にしたことは何度もあった私だけど、この現場ほど多面に飛び散っているケースは珍しかったのだ。
肉片や血痕はビルの壁面、それもかなり高い所にまで付着。
それはまるで、ここで人間が爆発したのではないかと疑いたくなるような凄惨さだった。

故人は、隣接するマンションから転落。
誰が見ても即死状態で、呼ばれたのは救急車ではなく警察。
当ビルの関係者でも隣マンションの住人でもなく、ハッキリした身元もわからず。
そして、転落が自意なのか事故なのかも不明のようだった。

ただ、ハッキリしていたのは、その場に故人の身体の残骸があることと、それを私が何とかしなければならないということだった。

「まったく!人にこんな迷惑かけやがって!」
依頼者には、人の死を悼む気持ちはなさそうで、ただただ故人に対する怒りと嫌悪に満ちているようだった。
亡くなった故人を愚弄するつもりもなかったけど、現場の状況を見た私には、依頼者のその気持ちは理解できるものだった。

「急いでやっても、今日一日では終わらないと思いますから、少し準備の時間を下さい」
作業が困難を極めることは充分に予想できることだったので、私は、場所を変えて怖じ気づく気持ちを暖気運転した。

「さて!始めるか!」
気持ちと道具を準備した私は、意を決して現場に突入。
肉片はあちこちに飛び散り、悪臭を放ちながら腐り始めていた。
私は、それらを一つ一つ拾い・削り、その痕を洗浄・消毒。

各所には血糊がベットリ。
その大半は乾いており、ザラザラのコンクリートに染み込んでいた。
また、肉片の大半は脂。
肉だと思って触れてみるとグチャッと崩壊。
赤い被膜の中には、クリームチーズに似た粘体があった。

「自殺だったのかなぁ・・・」
単調な作業の合間、私は、時々隣のマンションを見上げてはそう思った。

〝飛び降り自殺を図ろうとする人にとっては、階下の地上は花園に見える〟
という話を聞いたことがある。
〝飛び降りさえすれば、楽になれる〟
という闇の心理が、地上の修羅場を花園に幻想させるのだろうか。

しかし、着地と同時に舞い散るのは、花ビラではなく人間の血骨肉。
身体は、おぞましく破壊され醜く変形。
そこには、花園には程遠い凄惨な光景が広がるのみ。

「故人は、自分が死んだあとの光景が想像できていただろうか・・・」
「早く楽になりたい一心で、そんなことを考える余裕もなかったのだろうか・・・」
「故人は花園に到達できたのだろうか・・・」
私は、自分が知る由もないことをグルグルと思考し、苦悩の中に生きることに虚無感を覚えた。

この世の最期を花園で彩らせるためには、人生の土壌と心の種が必要な気がする。
そこを泥だらけになって必死で歩き、花を咲かせて喜び、実をつかせて安堵することによって心の種は収穫できる。
人生に咲く花は、枯れても枯れても、何度枯れても必ず・必ず次の芽をだす。
決して、死ぬことはない。

最期の花園を彩る人生の種・・・
花をきれいと思う心。
空を気持ちよく仰ぐ心。食べ物を美味しいと思う心。
仕事の疲労を爽快に思う心。
人の悲しみに泣く心。
人の喜びに笑う心。
命を愛する心。

どんなに小さなことでも、そんな心に花は咲く。
そして、それを通して人生の土壌は肥やされ、心の種は増えていく。

その種は、人生の最期を満開の花園に導いてくれる・・・私は、そう信じて、残りの人生を歩いていきたい。

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