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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

Holiday(後編)

私という人間は、もとのもとから根性なし。
ちょっとしたことにもクヨクヨするし、何事に対しても臆病。
くじけるのもやたらと早い。
努力には悲痛が、忍耐には悲哀が、挑戦には悲観がともなう。
そんな人間だからこそ、特掃をやる宿命が与えられているのかもしれない・・・そう思うようにしている。

特掃作業は過酷。
しかし、見方を変えると面白いものでもある。
もちろん、〝面白い〟と言っても〝愉快〟とか〝楽しい〟とかの類ではない。
〝普通に生きてたら、なかなか経験できないこと〟という意味での面白さだ。

そこには、人間(自分)の喜怒哀楽や苦悩、人生の悲哀が凝縮されたかたちで現れる。
そんなに長くはない作業の間に、人間(自分)の泣き笑いが色濃く映し出される。

過去に何度となく書いているけど、特掃のプロセスは、汚物を人間に戻していくプロセスでもある。
密室での孤独な作業には、恥も外聞もない。
丸裸の自分を露にして格闘することによって、汚物は人に戻る。

浴槽の中は、ホントに酷い状態だった。
故人や依頼者に失礼な表現ながら、まさに人間の○○煮。
浴槽の中はおドロおドロしく、これまた故人・依頼者に失礼な表現ながら、私にとっては超がつくぐらいの汚物でしかなかった。

「余計なことを考えずに、淡々とやろう」
そう心に決めても、並じゃない汚腐呂は私の脳に容赦ないジャブを連打。
私は、口から飛び出ようとする胃を喉で抑え、特掃魂のカラータイマーを点滅させながら悪戦苦闘した。

汚腐呂の特掃には一定の手法がある。
汗と涙と試行錯誤の末に導き出された、私なりのやり方があるのだ。
だから、今は、特掃を始めた頃の悪戦苦闘・七転八倒に比べれば随分とスマートにできるようになった。
そうは言っても、その過酷さは特掃の中でもハイレベル。
手や腕はもちろん、身体はハンパじゃなく汚れるし、作業中に気持ちがくじけそうになることも何度となくある。
そして、悪臭なんかは、身体の中に染み込んでるんじゃないかと思うくらいに付着する。
心を苦悩まみれ、身体を汚物まみれにしてこその汚腐呂特掃なのだ。

「ん?何だ?」
作業も終盤になり、浴槽内のドロドロもだいぶ少なくなってきたころ、底の方に銀色に光るものが見えてきた。

「は?歯?」
指で摘み上げてみると、それは白く細長い人間の歯だった。
それには銀色の治療痕があり、故人が、間違いなく生きた人間であったことをリアルに伝えてきた。

「うあ!こんなにある」
よく見ると、銀色の歯は浴槽の底に散在。
手で探してみると、次から次へとでてきた。
その数は、遺体の腐敗がかなり進んでいたことを物語っていた。

「やっぱ、これは遺族に渡した方がいいよな」
手の平に集めた歯を転がしながら、そう思った。
しかし、汚物にまみれた歯は、そのまま渡せるはずもなかった。

「ポ○デ○トに漬けときゃいいってもんじゃないな」
私は、その歯を洗浄することにした。
洗剤とスポンジで一個一個を洗い、消毒剤にしばらく漬け置き。
最後に軽く消臭剤をふりかけて完了。

浴室に一人しゃがみ込み、きれいになった故人の歯を手の平で見つめていると、人生のはかなさと命の希少さがじんわりと伝わってきた。
すると、悲しい訳でもないのに自分の目が潤んでくるのだった。

自分をダメな人間だと卑下してしまうせいか
自分をマシな人間だと思えることがあるからか
社会的にはダメな仕事でも自分がマシな人間になれているせいか
ダメな自分でもマシな仕事をさせてもらえているからか
この時、自分の目が何故潤んだのか、自分でも分からなかった。
ただ、引き受けた仕事を責任をもってやり遂げたことと、自分がやったプラスαの作業に何かの意味を感じるのだった。

依頼者夫妻は、作業が終わるまで外で待っていた。
どこか離れたところで休んでることもできたのに・・・それは、中で汗する私への心遣いのような気がした。

ボロボロに汚れた私を嫌がりもせず、
「ご苦労様です・・・ありがとうございました」
と、ねぎってくれた。
私は、
「これで、もう大丈夫ですよ」
と、故人にも伝えるような気持ちを持って返事をした。

警察から「見ない方がいい!」と言われた二人は、最初の汚腐呂がどういう状態だったか知らなかったが、警察の霊安室で見た遺体から、それにともなう現場の状況が凄惨を極めるものであることは察していた。
そして、それを片付けることがどれほど大変なことかも理解してくれていた。

「大変だったでしょ?」
「いいえ・・・はい・・・」
「ごめんなさいね、こんなことやらせて」
「いえいえ、仕事ですから」
「他に頼める人がいなくて・・・」
「大丈夫です、慣れてますから」
「お陰で助かりました」
「浴室も、もう大丈夫ですから、確認してもらえませんか?」
「・・・」
「あまり見たくはないと思いますけど・・・清掃代をいただくわけですから」
「・・・」
きれいになったとは言え、二人は、浴室を見ることには気が進まないみたいだった。

そんな二人の心情もわかったので、雰囲気が気まずくなる前に私は話題を変えた。
「あ!そう言えば、歯がでてきたんで渡しておきますね」
「歯?」
「そうです、歯です」
「・・・」
「あ、ちゃんときれいにしてありますので心配はいりません」
「・・・」
「持ち帰って、骨壷に入れて下さい」
「わかりました・・・ありがとうございます」

結局、依頼者は特掃後の現場を確認しなかった。
ただ、渡した歯を大事そうに受け取り、私に何度も礼を言ってくれた。

お金をもらえるうえに御礼まで言ってもらえる。
たとえこんな仕事でも、人の役に立てたことが実感できると嬉しいし、その反響は明日への励みになる。
私は、休日を返上したストレスもどこへやら、身についた悪臭も気にならないくらいに爽快な気分になった。

「休みはつぶれちゃったけど、やっぱ仕事をやってよかったな」
私は、人に戻った故人と肩の荷が降りた依頼者、そして心地よい疲労感に酔う私自身、三者三様の想いを胸に巡らせながら帰途につくのだった。

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