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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

ヒモ(前編)

某社の辞書で「紐(俗)」を調べると、次のようにでている。
「世間に知らせられない関係にある男性の愛人・情夫」

働けるのに働かない。
働く気もないのにその気があるフリをする。
いい歳をして、女性の脛をかじって生活している男を俗に〝ヒモ〟と言う。
その言葉の由来は知らないけど、その響きには何とも情けないものがある。

私の、今までの人間関係では、ヒモの知り合いはいなかった。
仮にいたとてもウマが合わなくて、友人はおろか知人関係にもならなかっただろう。
ただ、ヒモを養っている女性の知り合いは何人かいた。
狭い世界で生きている私でさえそんな女性の知り合いが何人かいたわけで、それに換算すると、世間にはヒモが膨大な数いるということになる。

男の私には、そんな女性の心理を深く知ることはできないけど、とにかく不思議で仕方がない。
どうも、一緒にいるメリットを明確に感じているわけではなさそうなのだ。
結婚しているわけもなく、子供がいるわけでもなく、すごく好きなわけでもなく、男の将来が有望なわけでもない。
〝別れた方がいい〟とわかっているのに、なかなか別れない。
そして、歳ばかりをとっていく・・・。

ヒモは、まともに働かない割には口だけは達者。
飲み食いは一人前、遊興も人並み以上。
女心を擽るセリフだけは流暢にでてくる。
デカい話とキレイ事は得意中の得意。
その口車に、女性はコロッとやられる。

社会的には最低とされる仕事に従事する私でも、ヒモに比べればまだマシだと自認している。
自分の食いブチは自分でなんとかしているし、税金や社会保険料だってちゃんと納めているし。
一見すると、ヒモ生活は楽そうに思えるけど、幸いなことに羨ましいと思ったことは一度もない。

女性が仕事を持って活躍するのはおおいに結構。
生活力・経済力をつけることもいいことだと思う。
また、役割分担における専業主夫を否定している訳でもない。
それも大事な仕事だと思うし。
また、労働意欲を持って行動しているにも関わらず仕事に就けない場合や、心身を患って仕事ができない場合も仕方がないだろう。
私はただ、働けるのに働かず、自分ばかり楽をして平気で女性に生活の負担を強いる根性に違和感と嫌悪感を覚えるのだ。

「そんな男は、さっさと捨てちまえばいいのに!」
楽な暮らしでもない中でヒモを抱え続ける女性に、私はいつもそう思う。
しかし、ヒモの始末はそう簡単にできないのが女心というものらしい。
ま、それが女性のいいところなのかもしれない。

とあるアパートの一室。
私は、まだ見ぬ現場に胸を騒がせ、玄関のドアノブに手をかけた。
まず始めに私を出迎えてくれたのは、いつもの腐乱臭と玄関ドアの金具からブラ下がる紐。

「そういうことか・・・」
死因は聞かされていなかったけど、だいたいのことは想像できた。
通常は、ドア金具に紐を掛ける用はないはず。
輪っか状にかけられた紐は、故人が何をしようとしていたのかをハッキリ示していた。
しかし、強度が足りなかったのか、サイズや高さが合わなかったのか、その紐は故人の用に足りなかったようだった。

腐乱汚染痕は部屋の中、ベッドマットと床に半々にあった。
そして、その周辺には腐敗液にまみれた大量の錠剤が散乱していた。

「薬で死ぬにはコツがいるらしいけどな・・・」
自殺と決めつける必要はないのに、私は、それ以外の死因を考えていなかった。

「これで、ホントに楽になれたのかな・・・」
軽い溜め息をつきながら、床の汚染痕をジックリと観察した。

「故人は男・・・多分、俺と同じくらいの年代だな・・・」
部屋に置いてあるものから、故人は働き盛りの男性であったことが伺えた。

「コイツら・・・」
腐敗液をタップリ吸った汚妖服の陰には無数のウジが潜伏。
連中は、私の視界から逃れようと必死で這い回った。

「今は相手にしているヒマはないんだよ」
とりあえずの現地調査だけだった私は、逃げるウジは追わずに放っておいた。

「これじゃ、人が死んでなくても住めないな」
風呂・トイレ・キッチンの汚れ方はハンパじゃなく、あちこちに弁当・インスタント食品・ペットボトル等の生活ゴミが散乱。
故人の荒んだ生活が目に浮かぶようだった。

この現場の処理を最初に依頼してきたのは不動産管理会社。
現場調査を終えた私は、担当者と風通しのいい外で今後の打ち合わせを始めた。

「亡くなったのは○歳ぐらいの男性ですよね?」
「ええ、○歳だと聞いてます」
「死因も聞いてます?」
「いや・・・特に・・・」
「あ、そうですか・・・」
「何か?」
「いや・・・別に・・・ちなみに、当方の費用を負担される方はどなたになりますか?」
「それは、この部屋の契約者です」
「はぁ・・・契約者・・・でも、亡くなった人が契約者じゃないんですか?」
「そーなんです!違うんですよぉ・・・混み入った事情があったみたいで」
「そうなんですか・・・で?」
「あ、契約者は亡くなった人と同居していた人です」
「〝元同居人〟ということですか・・・」
「数ヶ月前、彼氏(故人)を置いて出てっちゃったみたいなんですよ」
「ということは、女性ですか?」
「そうです・・・恋人だったんだと思いますよ」
「・・・」
「家賃と水道光熱費だけは契約者が払い続けていたみたいですけどね」
「へぇ・・・そうなんですか・・・」

そんな話を聞いて、私の中に一つのストーリーができあがった。

ここにいたのは、生活力のない男性と生活力のある女性のカップル。
社会的な信用も金もない男性は自分名義ではアパートも借りれず。
女性名義で借りたのか、後から女性のアパートに転がり込んだのか、二人はここで同棲生活をスタート。
始めのうちは、それなりに楽しく生活。
しかし、少しすると人生の限界が見えてきた。
女性は、男性の口車に乗せられたフリをしながら自分の理性見つめ、将来の不安と格闘。
ただ、どんなに前向き考えようと努力しても明るい将来は描けず。
結局、女性は、いつまでもウダツの上がらない男性の道連れになって沈んでいく人生を拒否。
男性を置いてアパートを出て行った。
片や、養い主を失った男性はいきなり生活苦の壁に衝突。
自分なりの哲学があったのか、思い通りにならない人生に失望したのか、生活苦に耐えきれなかったのか、はたまた自分を捨てた女性への腹イセか、自分を認めない世間への復讐か・・・自らの手で人生の幕引きを図ったのだった。

依頼者の女性とは、後日あらためて会うことになった。
いつものごとく約束の時間より早く到着した私は、女性の到着を待った。
女性とは、作業内容や費用を打ち合わせる必要があったのだが、複雑な事情を知ってしまっていた私は、どんな顔をして話をすればいいものか考えあぐねていた。

「死因については触れない方がいいだろうな・・・」
「プライベートな事情は聞いてないフリをしようかな・・・」
「泣かれたらどうしよう・・・」

しかし、そんな心配をよそに、実際に現れた女性は・・・

つづく

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