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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

ヒモ(後編)

某社の辞書で「紐付き(俗)」を調べると、「情夫のある女」とでている。

〝ヒモつき〟と聞いて、どんな印象を持つだろうか。
私的には、〝男にとって都合のいい女性〟という印象が第一にくる。
次に〝男に対する精神的依存度が高い女性〟。
もっと言うと、〝男をダメにする女性〟という印象もある。

そんなことは私が言うまでもなく、実際の当人には分かっていることかもしれない。
ただ、
「感情が理性に従わない」
「別れた方がいいと思っていても別れられない」
そんなところか。

表現方法に問題があるかもしれないけど、ヒモを養うことはペットを飼うことに似たような感覚があるのかもしれない。
ペットは、経済的にも実務的にも生活を支えてくれることはない。
どちらかと言うとその逆で、お金も手間もかかる。
しかし、何故か心が必要とする。
満たし・癒し・支え・愛・情・支配・従順・・・心が欲しがるそんなモノがペットを飼うことによって得られるのかもしれない。
ヒモを養う理由にも同じようなことがあるのではないだろうか。
ま、飼われるペットも多いのだか、飼い主のエゴで捨てられるペットも少なくないのが皮肉なところだが。

そんなことを考えると、ヒモばかりをダメ人間扱いして、女性の肩ばかり持つのもどんなもんかと、疑念が湧いてくる。
見方を変えれば、ヒモをヒモであり続けさせるかどうかは女性次第だとも思えてくる。
ヒモは、ヒモつきがいるからヒモになる訳だし、ヒモつきがいなければヒモになれない訳だから。

女性にその自覚も意図もないにしても、女性の包容力と優しさはヒモへの精神的依存心がかたちを変えて表れているにしかすぎず、それが結果的に男性を骨抜きにしている可能性はある。
極論すれば、〝ヒモつきは男をダメにする〟ということ。

現場の話を続けよう。
この現場の処理を最初に依頼してきたの不動産管理会社。
しかし、そのための費用は契約者の女性が負担するということで、依頼者の身分は不動産会社から女性個人にバトンタッチされた。

私は、色んな思いを巡らせながら女性の到着を待った。
薄曇りの空が、私の心境をそのまま表していた。

女性は、約束の時間に合わせてやってきた。
スーツを着こなした身なりに丁寧な物腰、清楚に落ち着いた雰囲気はバリバリのキャリアウーマン風。
それは、私が抱いていた印象を覆すものだった。

「この度はご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いえ・・・」
「片付けられますか?」
「ええ、まぁ・・・大丈夫です」
「これから、どうすればいいですか?」
「まず、汚染箇所の特殊清掃が必要です」
「汚染箇所?・・・」
「はい」
「でも・・・遺体はもうないはずですが・・・」
「遺体は警察が運び出しましたけど、その痕が・・・」
女性は、〝人間が腐敗すると液状化し、周辺を凄惨に汚染する〟なんてことは夢にも思ってないようだった。

「現状回復は可能ですか?」
「最低でも、床フローリングと壁紙の貼り換えは免れないでしょうね」
「貼り換え?・・・」
「床には汚染痕が残りますし、部屋全体にはニオイが・・・」
「ニオイ?・・・」
「はい」
「でも・・・遺体はもうないんですよね?」
「遺体はなくなっても、その後は・・・」
女性は、〝人間が腐敗するとモノ凄い悪臭を放ち、周辺を強烈に汚染する〟なんてことは夢にも思ってないようだった。

「それで何とかなりますか?」
「あとは、水回りが気になりますね」
「水回り?」
「風呂・トイレ・キッチンがかなり汚れてまして・・・」
「そんなに?」
「ええ・・・言葉は悪いですけど〝ゴミ屋敷〟に近い状態でして」
「え゛ーっ?、○月に私が出て行ったときには、普通にきれいだったんですよ」
「あと、虫も・・・」
「虫?」
「はい」
「でも・・・遺体はもうないんでしょ?」
「ええ、遺体はありませんけど、ウジとかハエが・・・」
女性は、〝人間が腐敗すると無数のウジが湧き、周辺を不気味に汚染する〟なんてことは夢にも思ってないようだった。
が、そんなことは一般の人が知っておく必要もないこと・・・イヤ、知らないでおいた方がいいことかもしれない。
私は、余計な説明は省略して話を進めた。

そんな会話でも女性はサバサバと快活だった。
テキパキと私の質問に答え、理路整然と自分の考えを伝えてきた。

女性が最も気にしていたのは、近隣・関係者に迷惑をかけていることと、部屋の原状復帰にかかる費用のことで、故人の死は大して気にも留めていないように見えた。
そして、その対象が故人なのか・その死因なのか・その後の腐乱なのか分からないけど、女性はこの現場を著しく嫌悪していた。

「部屋には興味もないし入りたくもない」
「自分が必要なものは出ていく時に全部持ち出したから、部屋にある家財・生活用品は全部捨てていい」
「写真?滅相もない!」
「貴重品らしき物があってもいらない」
そんなクールさだった。

しかし多分、女性の過去・故人との生活は、クールには割り切れたものではなかっただろう。
女性は、そんな生活を長い間苦悩し続けていたかもしれないし、その別れは、苦渋と断腸の思いを経てのことだったかもしれない。
そして、男を捨てて出ていくと決心したこと、そしてそれを実行したことで自分の何かを生まれ変わらせ、女性は別人のような強さを身につけたのかもしれなかった。
そんな女性に対して、私は、気持ちの冷たさよりもたくましさを感じるのだった。

「別れるんだったら、自分が出て行くんじゃなくて男の方を出て行かせりゃよかったのに」
「その辺は、自分でも整理し難い女心があったのかな」
「女性って、強いのか弱いのか、冷たいのか温かいのか、よくわからないものだな」
女性が故人と別れたのは故人への愛があったからか、それとも愛がなくなったからか、私には知る由もなく、女性の印象からもそれを推り取ることもできなかった。

故人の決意を表すかのように、玄関ドアの上部金具に括りつけられた紐の結び目は固かった。
とても手で解けるものではなかく、私はカッターナイフを使って切り外した。

「解けないヒモは切るしかないか・・・」
自分の心に絡みつき・心を縛りつける紐を解くのは簡単なことではない。
人はそれを相手に、日々、格闘する。
一時的な痛みを恐れて、時間をかけて無難に解こうと格闘する。
しかし、切ってしまった方がいいこともあるはず。
人生は有限だから。

切り外した紐をゴミ袋に放りながら、女性の生き様と男性の逝き様に 例えようのないわびしさを覚える私だった。

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