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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

のんだくれ(前編)

「んー、このニオイ、たまんないなぁ」
私は、鼻先にくる魅惑の香りに唾を飲んだ。
それは、ヨダレがでるくらいに芳醇な香・・・。

何のニオイかと言うと・・・酒。大好物のにごり酒。
この秋になって初めて飲むにごり酒の香に、私は魅了されたのだった。

晩酌だけが生き甲斐みたいになっている私は、自宅に酒の在庫がなくなると、妙な不安感・心細さに駈られる。
逆に、在庫が豊富にあると妙な安心感がある。
だから、在庫が底をつかないように気をつけている。

普段はビールやチューハイがほとんどだけど、寒くなってくると日本酒も飲みたくなる。
以前にも書いたように、その中でも、にごり酒は大の好物。
そして、この時季になると店頭でも多く目につくようになり、見ると無性に飲みたくなる。

私が若かった頃は、にごり酒というものは冬の酒だった。
しかし、流通も発達し、温度管理の技術も向上しているこの頃では、店頭に年柄年中でている。
それはそれでありがたいことだけど、季節に合った旬にこそ、その味わいも趣も本領を発揮するような気がして、何だかもったいない感がある。

「そろそろ買い足しとかないとマズイな」
つい先日、残りの酒が少なくなってきたので、買い出しに出掛けた。
出向いた先は、行きつけのディスカウント量販酒店。
そこには多種多様の酒が豊富に置いてあり、それは自然と私の気分を高揚させてくれた。

いつも決まったものしか買わないのに、とりあえず店内を一通り見物するのが習慣。
買いもしないくせに、色んな酒を見て回るのだ。
そして、気になる瓶を手に取っては、味見をしたような気分を楽しむ。

先日も、見るだけのために日本酒のコーナーへ。
そして、たくさんの銘柄が並ぶ中に何種類かのにごり酒を発見した。

「お!にごり酒!・・・もうそんな季節なんだな」
いつの間にか種類が増えていたにごり酒に、季節の移り変わりを感じた。

「どれどれ・・・どれもこれもうまそうだな」
私は、目につく瓶を一本一本持ち上げて、中身を確認。
そのうちに、だんだんと欲しくなってきた。

「買っちゃおうかな」
頭の中で膨らむ酒の美味に、もともとは買うつもりのなかった私の気持ちは揺り動かされた。

「よし!買おう!」
買うと決めると、商品の品定めは楽しいもの。
無邪気なのか邪気があり過ぎるのかビミョーなところだけど、私は、子供が好物のお菓子を選ぶかのように一升瓶を眺め回した。

ありがたいことに、にごり酒は清酒に比べて安価。
しかも、値段と味がリンクしているとは限らない。
つまり、下手な清酒よりも、安くて美味しいものを手に入れやすいということ。
あとは、好みの条件を一つ一つクリアしていけば、口に合った酒を容易に探し当てることができる。

ちなみに、私の好みはと言うと・・・
原材料に醸造用アルコール・糖類が添加されていない、米・米麹だけでつくられたもの。
そして、白い沈殿物が一升瓶の半分以上溜まっているもの。
そうは言っても、舌触りが悪くなるので米粒が残っていてはいけない。
味は、ツンとした高度アルコールの中にコッテリとした甘味みがあるものがいい。
酸味の強いものや、麹が活発に働いていて発泡しているようなものはダメ。
その果物のような香りと重い喉越、食道にからみつきながらズシリと胃に落ちていく重量感が何ともいえずいいのだ。

ただ、この類のにごり酒は、飲み手を限定してしまう。
一般には、あまり人気がないのだろう、残念ながら外の居酒屋でお目にかかれることはまずない。
したがって、飲みたければ自分で買ってくるしかない。

しかし、それにも難点がある。

ツマミ・肴が難しい。
味の濃い料理や脂の多い食材には合わない。
私は、飲むことだけではなく食べることも好きなので、その課題は大きい。
酒歴は短くはないのに、今だって試行錯誤中。

一升瓶にも問題がある。
缶だったら飲む量に区切りをつけやすい。
しかし、一升瓶だと、なかなかそうはいかない。

始めは〝器○杯〟と決めておくのだが、飲んでいるうちに歯止めがきかなくなる。
「あと一杯だけでやめとこう」
これを何度も繰り返し、結果的に〝飲み過ぎ〟となる。

問題は他にも。
糖質だ。
日本酒は、焼酎やウイスキー等の蒸留酒に比べて糖分が高い。
中でも、にごり酒はそれの最たるもの。
糖は、脳のエネルギー源として必要らしいけど、残念ながら、あまり脳を使わない生活をしている私にはそんなには必要ない。

〝アルコール+炭水化物(糖質)=脂肪〟
という方程式に則って、余った糖分は脂肪となってメタ坊を喜ばせるだけとなる。
これは要注意!

私が酒を好んで飲むようになったのは、この仕事を始めてからのことではない。
学生の頃には、既にかなりの酒を飲むようになっていた。
更に記憶を辿っていくと、小学生の頃にまで遡る。
その当時、冬の甘酒と夏の梅酒を好んで飲んでいたことを思い出す。
私の酒好きは、既にその頃から始まっていたのかもしれない。

そんな私は、30を過ぎた頃、肝臓を著しく悪くした経験がある。
その時の肝機能は、医師も慌てるほどに危険な数値を示していた。
医師の見立ては、肝癌・肝炎・肝硬変のいずれか。
それを聞いた私は、弱った肝を凍りつかせた。
しかし、幸いなことに、精密検査によってそれのどれでもないことが判明。
診断は、度重なる暴飲暴食による脂肪肝。
肝臓がフォアグラになっていたのだった。

この出来事が、私にはいい薬になった。
それから、医師の指示に従って節制することを決意。
「これを機に、心も身体も脱酒だ!」
と意気込んで、しばらくは健康的な生活を送ったのだった。

しかし、私の意志の弱さは純米大吟醸級。
〝喉元過ぎれば熱さ忘れる〟の如く、肝臓が復調の兆しをみせた途端に飲酒も再開。
罪悪感を緩和させるために、始めのうちは量を控えていたのだが、いつの間にか元の量に戻ってしまった。

タバコもギャンブルもスポーツやらず特段の趣味もない私は、仕事を終えての晩酌が一日の楽しみ。
そこで適量を守れればれはいいのだろうが、それがなかなかできない。
一種のアルコール依存症なのだろう。

「なんでやめられないんだろう」
と、自己分析を試みるけど、ハッキリした答は見つからない。

「今夜は飲まないぞ」
と、チャレンジを試みるけど、易々と負けてしまう。

「ああなっちゃイカンな」
酒で身を滅ぼした何人もの人の痕を思い出しながら自戒する。

他人を非難することは簡単。
しかし、他人のフリを見て我がフリを直すことがいかに難しいことか、痛感させられる。
浴びたい酒、されど溺れたくない酒。
身体を壊すのが先か、精神を壊すのが先か・・・焦っても仕方ないけど、何とかしなきゃいけないと思っている。

「ん゛ー、このニオイ、たまんないなぁ」
私は、鼻先にくる未悪の香りに息を飲んだ。

つづく

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