Home特殊清掃「戦う男たち」2007年分一線(前編)

特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

一線(前編)

たとえ、相手が若い女性であっても、私には越えられない一線がある・・・

特殊清掃撤去事業では、仕事の依頼が入ると事前に調査・見積をすることがほとんど。
それは、余程の遠隔地や凝った調査が必要な場合でないかぎり無料で出向く。
だからと言って、コストがかかっていない訳ではない。
移動交通費や人件費・時間コストは確実にかかるっている。
そのため、空振りのリスクを少しでも低減させるため、最初の電話の段階で、ある程度は話を詰めておくようにしている。
特に、お金に関係することは。

「掃除をお願いしたいのですが・・・」
ある日の夕方、そんな電話があった。
電話の主は若い女性、何かに怯えているような弱々しい声だった。

「ある程度の現場状況を教えていただければ、概算の費用と大まかな作業内容をお伝えしますが・・・」
「よろしくお願いします」
「金額も作業内容も全くのケースバイケースので、まずは現場の状況を細かく教えて下さい」
「はい」

私は、自分の脳に現場画像を映す必要があった。
そのために必要な情報収集を開始。
女性に対し、細かい質問を投げ掛けた。
しかし、その質疑応答は序盤で早々と座礁。
女性は肝心の現場を直接見ていないことが判明したのだった。

それでは、私に室内の状況を伝えられるわけもなく、私は質問の中身を変えざるを得なかった。
その上で、私の脳は、豊腐な経験にもとづいて現場の状況をシュミレーションをするしかなくなった。

「では、部屋の中はご覧になってないんですね?」
「ハイ・・・警察から、〝中には入らない方がいい〟って言われまして・・・すいません」
「そうですか・・・亡くなられてた場所は聞かれてます?」
「ええ、お風呂だと」
「風呂・・・浴槽の中ですか?それとも外?」
「そこまでは・・・わかりません」
「ん゛ー・・・現場を見ないとハッキリしたことは言えませんが、浴室の特殊清掃だけでも○万円~○万円くらいはかかるんじゃないかと思います」
「・・・それぐらいかかっちゃいますかぁ・・・」
「はい・・・」
「ですよね・・・普通の掃除じゃないんですからね・・・」
「まぁ・・・」

現場は賃貸アパート。
亡くなったのは女性の父親で、死後約二週間。
女性が醸し出す雰囲気から、故人とは疎遠な関係であったことと女性が事後処理に困惑していることが伺えた。

「ところで、賃貸契約の保証人はどなたですか?」
「それが・・・私なんです・・・」
「そうですか・・・それはちょっと大変かもしれませんね」
「そうなんです・・・大家さんからは、早急な原状回復を要求されてまして・・・」

私には、女性が背負っている重荷がすぐに想像できた。
その社会的責任と経済的負担を考えると、ホントに気の毒な思いがした。

「あまりお金をかけたくない・・・と言うよりお金がないんです」
「・・・」
「どうにか方法はないでしょうか」
「どちらにしろ・・・部屋を原状回復するには、それなりの費用がかかりますよ」
「それはわかってるんですけど・・・もともと、貯金を持っていたわけでもありませんし、火葬代を出すのが精一杯で・・・」
「・・・」
「持っていたわずかな貯金も火葬代でアッと言う間に失くなってしまって・・・」
「突っ込んだ質問になりますが、遺産とか生命保険はないのですか?」
「全くありません・・・最初から、ないこともわかってましたし・・・」
「他に御身内は?」
「いません・・・」

女性は、お金の問題に窮々としていた。
ただ、普通に考えれば、若い女性が大金を持っていなくてもおかしいことではないと思う。
余程の高給を得ているか親の脛でも噛っていなければ、まとまったお金を貯めるのは難しいだろう。
この時世では、自分の生活を維持することさえままならないことかもしれない。
そんな生活の中に、いきなり降って沸いた父親の死。
しかも、腐乱死体となって。

火葬・特殊清掃・家財生活用品撤去・消臭消毒・内装工事etc・・・その始末を終えるには、まとまったお金が必要となるのは当然ながら、それを簡単に負担できるはずもなく・・・
また、迷惑をかけた人達への慰謝料・補償金の類まで含めると、とても若い娘一人で賄えるものではないことは明白なこと。
それでも、その責任を免れることはできず、父親の死を悲しむことすら許されない。
そんな現実に、私自身も気持ちのやり場を失った。

「自分でやることはできませんか?」
「できなくはないと思いますけど、おすすめできませんよ
「そうですか・・・」
「必要なら、大まかなやり方と注意点くらいはお教えすることはできますけど・・・」
「でも、お金がなければ体を使うしかありませんよね?」
「ええ、まぁ・・・それはそうですけど・・・」

〝汚腐呂〟でもライト級はある。
しかし、それはレアケース。
実際は、ミドル級以上がほとんど・・・と言うか、この二週間の汚腐呂はヘビー級に決まっていた。

この私でさえも、汚腐呂の特掃には相当の労苦を要する。
それを、ズブの素人である女性がやるなんてことは私の想像の域を越えていた。
しかも、情縁のないアカの他人ならまだしも、実の父親の痕を掃除するなんて本人にとっては凄惨の極みに違いなく・・・
私は、気の毒に思う気持ちを通り越してゾッとするような嫌悪感を覚えた。

私と女性の耳・口から出入りするのは暗い現実ばかりで、会話を進めれば進めるほど、女性は気の毒な身の上が露になっていった。
その重さに息苦しくなってきた私は、女性にとって明るい材料を探そうと試行。
しかし、女性は故人の実の娘であり賃貸契約の保証人。
他に、身内らしい身内もおらず。
更には、自分にお金はなく、故人に遺産もない。
返さなくてはいけない部屋が凄惨な状態であることは間違いのない現実。
どこをどう考えても、明るい材料を見つけることはできなかった。

そんな気重な電話は、しばらく続いた。
いつまでたってもラチのあかない長話に疲れを感じてきた私だったが、女性の方は、いつまで経っても電話を切る様子は見せず。
見ず知らずの私でも、話しているだけで不安感を紛らわすことができていたのかもしれなかった。

「乗るべき舟、出すべき舟がわからないなぁ・・・」
いくら話していても、私は、出せる助け舟・出さなきゃいけない助け舟がどれなのか分からず、また、この舟に乗るべきか・乗らざるべきかの判断がつかなかった。
その不快感から解放されたくて、そのうちに、早く電話を終えたいような衝動に駈られてきた私だった。

つづく

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