Home特殊清掃「戦う男たち」2007年分立って半畳・寝て六畳(前編)

特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

立って半畳・寝て六畳(前編)

「亡くなってから、そんなに時間は経ってなかったみたいですけど・・・」
依頼者の中年女性は、奥歯にモノが挟まったように話した。
そして、誰かに言い訳でもするかのように、プライベートな事情を話し始めた。
私は、何を尋ねる訳でもなく、受話器に向かって返事を繰り返すだけだった。

亡くなったのは、女性の父親。
故人は、長年に渡って独り暮しをしていた。
男の一人所帯で、しかも高齢の故人が不便な暮らしを強いられていたであろうことは容易に想像できた。
そしてまた、女性は、そんな父親をいつまでも放っておいたことに、後ろめたさを感じているようだった。

親が年老いたとはいえ、子が同居としなければならないものではないと思う。
現に、高齢者の独り暮しは珍しいことではない。
また、親子の間柄であっても、特段の用がないかぎりは連絡をとり合わないことも普通だろう。
そんな生活を続けていたって、〝子として薄情〟ということにはならないと思う。
そして、一般的な意識は、生活や身体のことばかりに向かって、孤独死の危険性・可能性にまでは及ばない。
だから、独居者の孤独死は誰のせいでもなく、天変地異に似た不可抗力的なものかもしれず、残された者が責められるべきことではないような気がする。

現場は賃貸アパート。
車通りから細い路地を入った先が、依頼者から教わった番地エリアだった。
私は元来、聞いた番地から現場の家屋を探し当てるのは得意なのだが、そのエリアは同じ地番の建物が何棟もあって、なかなか見つけることができなかった。

「ひょっとして、この奥かなぁ」
私は、迷路のような路地に足を踏み入れた。

「これじゃ、救急車や消防車は入って来れないな」
そこは、車はもちろん、バイクや自転車さえも通れないような狭さだった。

「これか?」
先に老朽アパートを発見。
建てられてから相当の年数が経っているらしく、外観はボロボロ。
建物には番地プレートも表札もなく、人が暮らしているような気配も皆無。
その寂れぶりは薄気味悪さを通り越して不気味なくらいだった。

「現場の部屋は二階だよな」
今にも崩れ落ちそうな錆びた階段を上がると、鼻が例のニオイを感じた。

「こりゃ、かなりイッてそうだな」
玄関に近づくにつれそのニオイは濃厚になっていき、鼻から脳に回った腐乱臭は、頭の中に凄惨な光景を想像させた。

「とりあえず、依頼者を待つとするか」
依頼者の女性と待ち合わせるべく、私は、表通りにUターン。
そこで、約束の時間になるのを待った。

流れていく車や人をボーッと眺めていると、自分だけが別世界に分離されているような錯覚にとらわれた。

〝死〟なんてどこ吹く風。
「この人達は、すぐそば人が死んで腐乱していたことなんて知らないだろうな・・・」
「〝自分の死・人の死〟になんか、興味もないんだろうな・・・」
「この群衆にあって、俺だけは半分死の世界にいるのかもな」
そんなことを考えると、自分が死人の世界に片足を突っ込んだ人間のように思えたのだった。

依頼者の女性は、約束の時間を大幅に遅れて現れた。
父親を孤独死・腐乱させたことに対する自責の念か、世間体を気にしてかわからなかったが、醸し出す雰囲気はやたらと暗かった。
そんな女性の気持ちを察した私は、挨拶もそこそこに目的の部屋に向かった。

「ちょっと待って下さい」
二階に上がったところで、後ろをついて来ていた女性の足が止まった。
漂っている腐乱臭にやられたらしく、「もう一歩も進めない」と言いたげな苦悶の表情を浮かべていた。

「無理しない方がいいですよ・・・離れたところで待ってて下さい」
私は、女性から部屋の鍵を預かり、一人で部屋に向かった。
それから、玄関の前で足を止めると、両手に手袋を着け、首にブラ下げたマスクを顔にあてた。

「あ゛~ぁ」
ドアを開けると目には広大なゴミ野が飛び込んできた。
床はほとんど見えていない状態で、空中には無数の小蝿が舞い飛んでいた。
目に入りそうなくらいの至近距離で飛び回る彼等を手で掃いながら、私は、薄暗い部屋を進んだ。

「こりゃまたヒドイなぁ」
故人は部屋の中央で亡くなっていたのだが、その汚染よりも回りのゴミの方がインパクトあった。
そして、自分がそれを片付ける様を想像すると、ちょっとした緊張感が走った。

中の見分を一通り終え元のところに戻ると、女性は落ち着かない様子で待っていた。

「言葉が悪くて申し訳ないんですけど、中はかなり酷い状態です」
「そうですか・・・」
「亡くなられてた痕だけじゃなく、部屋一面がゴミだらけで、かなり不衛生な状態で・・・」
「・・・」
「私が大袈裟なことを言ってると思われても困るので、少しだけでも中をご覧になりますか?」
「いえ・・・」
「道路付も悪いですし、これを片付けるのはちょっと大変だと思います」
「でも、このままというわけには・・・」
「それはそうですね」
「はい・・・」

女性とそんな話をしていたところ、私達の方へ歩いてくる年配の男性がいた。
その姿を見た女性は、顔を引きつらせながら男性に向かって頭を下げた。

現れたのはアパートの大家。
今回の件に憤っているのか、男性は眉間にシワをよせて表情を固くしていた。

「雲行きが怪しくなってきたか?・・・話がこじれなきゃいいけどなぁ」
こういうケースでは、〝遺族vs大家〟はなかなか円満にはいかない。
他の現場で、その間に挟まれて苦労したことが何度となくある。
ここでもプライバシーに関することや込み入った話もありそうだったし、余計なとばっちりを受けるのもイヤだったので、私は、男性と女性との会話から距離をあけるために後退りした。
しかし、男性はそんな私を放っておいてくれなかった。

「貴方にも言っておきたいことがある」
男性は、逃げ腰の私に向かって会話に加わるよう促してきたのだった。

つづく

このページのTOPへ

お問い合わせ

WEBエッセイ「特殊清掃・戦う男たち」

特殊清掃 よくあるご質問

特殊清掃 取材・公演依頼

対応エリア

対応エリア
関東全域をメインに対応いたしております。
その他、全国も関連会社より対応いたします。