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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

立って半畳・寝て六畳(後編)

顔の表情からその中の感情を推察するのは難しい。
この現場に現れた大家の男性は、怒ったような表情をしていたが、実際はどうだかわからなかった。
とにかく、固い表情のまま私達に話し始めた。

このアパートは昭和30年代に建てられたもの。
当初の入居者は若い人ばかり、夢を持った学生や若い独身者で活気に溢れていた。
しかし、築年数が古くなるに従って、入居してくる年齢層も上昇。
近年は老人ホームにでもなったかのように、どの部屋も独居老人ばかりになった。
初老だった故人もそんな時期に入居してきた一人。
近隣ともうまく付き合い家賃もきちんと払っていた故人は、大家の心象もよかった。
それからしばらくの時が流れ、アパートは次第に空室が目立つようになってきた。
しかし、大家は、新たに入居者を募集することもなく、アパートを取り壊す算段を始めた。
そんな中で、故人は最後の住人になった。
そして、アパートは、故人が退去し次第に取り壊されることに決まった。

「今回は、こんなことになって・・・いい人だったのにねぇ・・・」
「・・・」
「このアパートは近いうちに取り壊すつもりなんで、念入りな掃除は必要ないですよ」
「はい・・・」
「中の家財を出してくれるだけでいいですから」「・・・」
「○○さん(故人)は几帳面そうな人だったから、部屋もそんなに散らかってはいないでしょ?」
大家の男性は、最後の一人(故人)がこういうかたちで退去することになるなんて夢にも思ってなかったらしく、寂しそうでもあり感慨深げでもあった。

通常なら、大言・小言を伴いながら原状回復まで求められても仕方のないところなのに、男性からはその類の要求は一切く、その厚意に女性は恐縮しきりの様子。
私の方は、親切心が滲みでている男性の言葉に耳を和ませていた。

男性は、中がゴミだらけになっていることはもちろん、人間が腐乱するとどうなるかも全くわかっていない様子だった。
それらを知ったら、どんなに大らかな人でも、そんな悠長なことは言ってられないだろう。
そんな男性に対し、私は、本当の事を言おうか言うまいか迷った。
嘘の報告をするのはよくないし・・・かと言って女性の立場も配慮しなければならないし・・・
私は、頭で迷いながら沈黙するしかなかった。

「私にも部屋を見せてもらっていいですか?」
私達が黙っていると、男性は急にそう言いだした。
これには私も動揺。
同じく、女性の顔は強張った。
美しき誤解をしている男性が汚部屋を見たらマズイことが起こりそうな予感がしたのだ。
悪臭パンチにTKOされるか汚部屋にKOされるか・・・どちらにしろ、男性が普通の状態で戻って来れないであろうことは目に見えていた。

「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい・・・」
「は?」
「ね、念のための消毒剤を撒いてきたばかりなんで、こ、このマスクがないと入れないです」
私は、首にブラ下げた専用マスクを大袈裟に見せて、男性の説得を試みた。

「はぁ・・・そうですか・・・」
「部屋を見るのは片付けが終わってからにしたらどうですか?」
「そうですね・・・ま、あまり費用がかからないように良心的にやってあげて下さいね」
「はい、大丈夫です」
「では、あとはよろしく」
男性は、部屋を見ることをすんなり諦めて、現場を離れていった。
女性は男性の後ろ姿にお辞儀をしたた後、私にも頭を下げてくれた。

「大家さんもああ言ってくれてますし、大事に至らずに済みそうでよかったですね」
「はい・・・でも、何だか申し訳ない気もします」
「掃除をきっちりやれば大丈夫だと思いますよ」
「そうですかね・・・」
私は、自分の経験をもとに、現役のアパートで同様のことが起こったらかなり恐ろしいことになることを熱く語った。
この状況を〝幸い〟と考えていいものかどうか・・・女性は複雑な心境を表情にだしながら私の話を聞いていた。

女性と打ち合わせた結果、部屋は一日も早く片付けることになった。
「大家さんに申し訳ない」と言う、女性の要望だった。

私は、それを受けて作業に着手。
まず最初は、一番危険な汚染物を梱包。
故人が倒れていたところには、ゴミに隠れるように汚腐団が敷かれていた。

「うあ゛ッ!お゛も゛ーっ(重い)!」
腐敗液をタップリ吸った汚腐団は、敷布団一枚とってみても優に30kgは超えていた。
それを持ち上げて畳む作業は、なかなかのコツが要る。
特に、身体につかないようにうまく梱包するには絶妙のバランス感覚が必要なのだ。

汚腐団の始末を終えると、次は、床に山積するゴミの梱包をスタート。
部屋中央の汚染箇所から円を描くように外側に向かってゴミを片付けていった。
しばらく進めていくと、待望の床が見えてきた。

今風に言うと床はフローリング、実のところはベニヤ合板の洋間だった。
汚染箇所に近いところのゴミには、当然のように故人の腐敗液が浸透。
その全てがチョコレート色にベタベタで、キャラメル色にテカテカ。

「こりゃ、思ったより酷そうだぞ!」
部屋のどの部分のゴミを上げても、床に近い下層部分は腐敗液に侵されていた。

「死後相当の時間が経ってたはずだな」
ほとんどのゴミを引き上げてみて唖然!
結局、腐敗液は六畳の床面のほとんどに広がり、集めたゴミのほとんどがそれに汚染されていたのだった。

人体が腐ると液化することは百も承知。
床がフローリングの場合は、それが横に広がることもわかっていた。
しかし、部屋の全面にまで達しているなんて、かなり深刻な状態だった。
人間が溶けて部屋中に広がる・・・
普通に生きてたら、そんなこと知ることはない。
一般の人は知る必要もないし、知りたくもないはず。
想像すらできないだろう。
しかし、現実に起こり得るもの。
生きているうちは広い家に憧れるけど、最期は一畳ぐらいで充分だとつくづく思う。

部屋を完全に片付けるには、何日かの時間を要した。
原状回復には程遠いものの、女性が立ち入れるレベル・大家の男性に見せられるレベルまで戻せたことが幸いだった。

「このアパートには、たくさんの思い出がありますよ・・・多くの人が暮らしていきましたからね」
「○○さん(故人)は私と同い年だったんですよ・・・最後の住人もいなくなったし、私の夢もそろそろ終わりでしょうかね」
「私も棺桶に片足を入れる歳になりました・・・最期は畳の上で逝きたいものですな」
ニオイの残る部屋で呟く男性の言葉は、私の心にジンワリと滲み込んできて、仕事と生きる疲れを癒してくれるのだった。

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