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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

日々の糧

私は、小学生の頃、〝小池さん〟のラーメンに憧れていた。
アノ人がいつも食べていた、あのラーメンにだ。

小池さんが私の前に現れるのは、いつも夕刻。
それは、夕食前でちょうどお腹が空いている時間帯だった。
そして、そんな私の目の前で、小池さんは笑顔でラーメンをすすっていた。
その姿に、幼い私は羨望の眼差しを注いでいたものだった。

彼のラーメンはインスタント。
カップラーメンではなく袋麺。
それをオーソドックスなデザインの丼に入れ、ヤカンのお湯を注いで蓋をし待つことしばし。
すると、いつも美味しそうなラーメンができあがった。

「あのラーメンの正体は何なんだろう・・・」
私は、小さな脳ミソをフル回転させて考えた。
それに該当するのは某社の某ラーメンしか思いつかなかった私は、そのラーメンを手に入れてつくってみた。
小池さんの作り方を思い出しながら慎重に。
そして、小さな胸をワクワクと膨らませながら、定められた時間を待った。

「ん?・・・」
一口食べた私は、予想外の違和感を覚えた。
残念なことに、その食感も味も私の期待を大きく下回っていたのだった。

「いや!こんなはずはない!」
私は、何かが納得できず、それからも諦めずに何度もそのラーメンをつくった。
コンソメや胡椒を入れたり具を加えたりと、小池さんの定石を外れた作り方も試みた。
しかし、どうつくっても、私の舌を満足させるものはできなかった。
そして、いつの間にかその挑戦をやめたのだった。

今、スーパーのインスタント食品コーナーに行くと、膨大な数のインスタントラーメンが並べられている。
色んなパッケージに色んな味、それぞれに個性があり、どれも人の食欲をそそるように工夫されている。
そこには、各メーカーの戦略と商魂、本物を越えようとする情熱がある。

その成果だろう、最近の商品はスゴそうなのが多い。
下手をすると、その辺のラーメン店に勝るインスタントもあるかもしれない。
そうは言っても、小池さんのラーメンに匹敵するものは・・・多分ないだろうね。

私は、店のラーメンは好んでよく食べるのだが、インスタントラーメンはほとんど食べない。
小学生~高校生くらいの頃は頻繁に食べていたのだか、大人になるにしたがって食べる量も回数も減ってきた。
そして、30歳を越してからはほとんど口にしなくなっている。
思い出すと、確か・・・最後に食べたのは6~7年前になると思う。

別に、インスタントラーメンが嫌いなわけではない。
どちらかと言うと、好きな食べ物だ。
お湯を注ぐだけで一杯のラーメンができあがる・・・しかも、美味しく。
これを作り出した人達の情熱を思うと舌だけでなく心にも感動を覚える。

ただ、歳を重ねていくにしたがって、私の頭には〝インスタントラーメンは身体(健康)に悪い〟という観念が占めるようになってきたのだ。
いつ・どこでそういう知識(先入観?)を持ったのか憶えていないけど、それが原因でインスタントラーメンと疎遠になり、今に至っている。

どちらにしろ、私は、普段から身体に悪いモノをたくさん摂取しているはず。
インスタントラーメンばかりを気にして食べないのは愚行かも。
汚れた空気・農薬・化学肥料・化学飼糧・食品添加物・・・今は、身体に害のないものしか食べないようとすると飢え死にしてしまうかもしれない。

何はともあれ、毎日の食事を当り前にとることができていることには感謝感激。
糧を得る仕事があること、食べ物があること、食べられる健康があること、どれをとってもありがたいことだ。

幸いなことに、私の場合、今まで生きてきて「何を食べようかな」と悩むことはあっても、「何か食べられるかな」と不安を抱えたことはない。
下流社会を構成する一人であっても、毎日の食事にはありつけている。
毎日三食、食べていけていることに毎日感謝しなければいけないと思う。

その一方、日本社会には食べ物が捨てるほどにあるのに、その陰で餓死する人がいるのも現実。
ごく少数とは言え、餓死は発展途上国や貧しい国だけのことではなく、現代の日本にも起こっていることなのだ。

特掃でもそんな現場に遭遇することがある。
私もコノ仕事は長いので、死因にいちいち驚くことはなくなっているけど、「餓死」と聞くとちょっとした衝撃を受ける。
そんな現場には、言葉では表せない寒々しさと寂しい雰囲気があり、故人の慎ましい生活を思い起こさせる。

その現場は、古い1Kアパート。
亡くなったのは中年男性。
死因は、とりあえずの心不全。
倒れていたのは台所。
発見が早かったことと気温の低い季節だったことが不幸中の幸いで、特段の汚染痕もなく異臭もかすかに感じる程度にとどまっていた。

部屋にある家財・生活用品は必要最低限のものしかなく、それも古びたものばかり。
ハンガーにかかる何社もの作業着が、故人の苦戦を物語っていた。

関係者の話を聞くと、故人はお金に困っていたらしかった。
仕事も収入もずっと不安定、家賃や水道光熱費を滞納することもしばしば。
人柄は悪くなかったものの、その暮らしぶりはいつも切迫状態。
まともに食べていけていたのかどうか、回りの人も疑問に思っていたようだった。

「故人はここに倒れていたのか・・・床は冷たかったろうな・・・世間はもっと冷たかったのかもな」
台所にしゃがみこみ、何もない床をマジマジと眺めながら感慨にふけった。

次に、辺りを見回すと、台所の隅に何段も重ねられた段ボール箱を発見。
中身はインスタントラーメン。
激安価格の値札が貼られていた。
ついでに、ゴミ袋を見てみると、ほとんどがラーメンのゴミ。
そこからは、故人が、インスタントラーメンを主食にしていたことが伺えた。
もっと言うと、「好きで食べていた」というより「仕方なく食べていた」可能性が濃厚だった。

〝栄養失調による餓死〟なんて短絡的に考えてはいけないけど、私の頭にはどうしてもそれが過ぎった。

食べていくにはお金が要る。
お金を手に入れるためには仕事が要る。
こんな仕事でも、それがあるお陰で、私は生活の糧を得ることができ、生きていくことができている。

しかし、本来は、特掃なんか必要のない社会であればいいはず。
非現実的だけど、やはり、孤独死も自殺も事故も腐乱もない社会が望ましいだろう。

「仮にそうだったら、俺の人生も随分と違ったものになっていただろうな」
私は、そんな空想を馳せ、「フッ」と苦い笑みをこぼした。
そしてまた、日々の糧に感謝する気持ちを新たにするのだった。

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