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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

密室(前編)

ここのところ、朝晩だけではなく日中もめっきりと冷え込むようになってきた。
「秋が深まってきた」と言うより、もう冬だ。

この季節は朝も起きるのが辛い。
「あと5分だけ・・・」を何度か繰り返して、ウジのように布団から這い出る毎朝。

特掃は一種の職人仕事みたいなものなので、基本的に朝は早い。
だいたい、7:00台には現場に向かって走ることがほとんど。
だから、それに間に合わせる起床時間もおのずと早いものとなり、当然、冬場は暗い中の起床となる。

朝の支度はいつも決まったパターン。
肝臓の弱い私は、前夜に飲み過ぎたりするとトイレに思わぬ時間を要したりするけど、ほぼ決まった時間で準備は整う。

そんな朝の日課の一つに〝ゴミ出し〟がある。
今のような季節ならまだしも、夏場はちょっと放っておいただけで、ゴミは臭ってくる。
例の激悪臭に比べれば家のゴミ臭なんて優しいものなのだか、やはり不快なものであることには違いない。
どんなモノでも腐ると悪臭を放つからね。

こんな仕事をしていても、意外に?きれい好きでわりと几帳面な?性格の私は、暗くて寒い朝でもゴミ出しは欠かさない。
いつも、決められた方法できちんと分別し決められた日にきちんと出している。

不動産管理会社から、消臭・害虫駆除の問い合わせがあった。
いつもの癖で、私の頭は、誰かが亡くなったことを思い起こしたが、電話口の担当者はその類のことは微塵も疑ってないようだった。

現場は公営団地の一室。
年配の女性が独居。
そして、その部屋から異臭が発生。
ただ、誰も中に入ってないたも、具体的な中の状況は掴めていないようだった。
とにかく、近隣から悪臭・害虫のクレームが多発してきたため、管理会社も腰を上げざるを得なくなったのだった。

「異臭の原因はその家に間違いなさそうなのですが、何のニオイかがはっきりしなくて・・・」
「悪臭にも色んな種類がありますからね」
「とにかく、急いで消臭と害虫駆除をお願いしたいのですが・・・」
「そのためにも、まずは何のニオイかを特定することと、部屋の状況を確認する必要がありますね」
「はい・・・」
「しかし、今もそこにお住まいになってるんですよね?」
「ええ・・・」
「人が住んでいる以上は、勝手にやる訳にはいかないんじゃないですか?」
「そうですよね・・・」
「住んでいる方の了承はとれているんですか?」
「いや、それが・・・」
「強引にやって何か問題が起こっても、うちでは責任を負えませんよ」
「でも、このままでは、近所の人達が黙ってないはずで・・・」
「難しいお立場ですね」
「そうなんです・・・何かいい方法はないですかねぇ・・・」

管理会社は、この問題に打つ手がなくて困っていた。
現場を訪問しても、女性はインターフォン越に応答してくるだけで、決して玄関を開けることはないらしかった。
強制的に玄関を開けさせる権限はないのに、快適な住環境を維持する義務は負う管理会社の苦境は気の毒なものであったが、私が無責任に介入できるものでもなかった。

「あのー・・・現地に来ていただいて、ニオイを確認していただく訳にはいきませんか?」
「は?私がですか?」
「ええ、専門の方に確認してもらった方がいいと思いまして」
「ま、確かに、皆さんがわからないニオイが私にはわかるケースはありますけどね」
「ダメですか?」
「ニオイの原因が特定できなくても責任は問わないということでしたら、伺いますよ」
「もちろん!〝ダメもと〟で構いません!よろしくお願いします」

私は頭には、腐乱死体に対する疑念が膨らんでいた。
「異臭⇔腐乱死体」という思考パターンが脳内に固定されている私には、それが自然な考え方だった。
しかし、確証がないのに人の死を口にするのは軽率に思えたので、担当者に余計なことは言わないでおいた。

「腐乱死体のニオイだったら、即、警察に通報だな」
通常の現地調査業務とは趣を異にした仕事に、ちょっとした緊張感を覚えながら電話を終えた。

現場訪問の日。
私は、小さな不安と大きな野次馬根性を抱えて現場に出向いた。
担当者も約束通りに現れ、お互いに挨拶を交わした。

「お忙しいところスイマセン」
「いえいえ、これも仕事ですから」
「部屋の中は見れないと思いますけど、よろしくお願いします」
「とりあえず調べてみますけど、あまり期待しないで下さいね」

私達は、早速、建物の中に入った。
比較的新しい建物で、公営とはいえ民間のマンションに近い造りだった。
集合ポストの前にさしかかると、いくつものポストの中にある一つの不自然なポストに目が向いた。
中には郵便物がギュウギュウに詰まり、入りきらない物が口からハミ出していた。
そして、その下には段ボール箱が置いてあり、そこにも大量の郵便物がたまっていた。

「これ、○号室(現場)のポストですか?」
「そうです、スゴイでしょ?」
「この様子だと、部屋の中も荒れている可能性が大きいですね」
「ですかね・・・」
「残念ながら・・・」

表情を曇らせる担当者と私は、ポストを横に流しエレベーターに乗り込んだ。
そして、目的の階に降り立ち、共用廊下を現地に向かって進んだ。

「ここです」
ある部屋の前で担当者は立ち止まった。
長い間、ほとんど掃除がなされていなかったであろう玄関回りは明らかに他の部屋とはちがっており、あまり生活感も感じられなかった。
そして、確かに不快な異臭が辺りに漂っていた。

「このニオイですかぁ・・・」
腐乱死体がある可能性を勝手に考えていた私は、心臓をドキドキさせながらニオイを吟味した。

「う゛ーん、嗅いだことのあるニオイだけど、もっと濃く嗅がないとハッキリしないなぁ・・・」
頼りにされて来たからには適当に流すわけにもいかなかったので、私は、浅い憶測でニオイの元を判断するのは控えて慎重にいくことにした。

「もっと正確にニオイが嗅げないものかな・・・」
鼻をクンクンさせながら辺りを見回すと、絶好の収臭ポイントが目についた。
それは、玄関のドアポスト。
横長の差し入れ口を押し開ければ空気は部屋と直結。
私は、そこに鼻を近づけて中の空気を嗅いでみることを思いついたのだった。

担当者がインターフォンを押している間に、私はドアポストの口を押し開けて鼻を近づけた。
そして、不用意に息を吸い込んだ。

「スー・・・ゴホッ!ゴホッ!こ、このニオイは・・・」

つづく

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