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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

厄介者

年が明けて5日目ともなると年賀ムードもだいぶ薄まり、私にとって最も?厄介な時節が過ぎ去ろうとしている。
そこには、祭のあとに似た寂しさと、日常を取り戻せる安堵感がある。

毎年のことながら、私は新年早々から、厄介な電話ばかり受けている。
それは、死人系をはじめ、ゴミ系・動物系・遺品処理系と多種多様。
人の不幸を笑ってはいけないけど、仕事とは言え、正月祝賀の中でそんな会話ばかりしている自分が滑稽に思える。

一般的には、昨日が仕事始めだった人が多いのだろう。
また、今日は土曜なので、昨日を有給休暇にして連休を延ばしている人も少なくないかもね。
どちらにしろ、私には縁のない羨ましい世界のことだ。
しかし、連休明けの朝欝くらいは、私も共有できるかもしれない。
楽しかった休暇のあとの仕事は、誰にとってもツラいものだろうからね。
ま、その辺の厄介なことは一人一人が自分を乗り越えてクリアしていくしかない。

ゆっくり休暇がとれなかった人は、これから一息つくのだろう。
しかし、年末年始でも働いてくれている人がいるからこそ、正月も楽しく過ごせるというもの。
何事においても、人には感謝すべきだ。

この正月、親戚や友達と久し振りに会った人もいるだろう。
一年ぶりくらいならまだしも、何年かぶりの再会となると、お互いの変容ぶりが目につくもの。
どんなにお洒落(若作り)しても加工(化粧)しても、時の経過(加齢)には逆らえない。
〝逆らえてる〟と思っているのは自分だけ。
その悪あがきが、加齢を加速させているにも関わらず、
「昔と全然変わらない」
「若く見える」
等と注目してやらないと機嫌を損ねてしまうような厄介者はどこにでもいそう。
そんな身体も、いずれは冷たく硬直の後に灰と化すのにね。

死亡者数は、一年のうちでも冬場が最も多い。
そしてまた、火葬場も正月休業をとるため、病院・葬儀場・火葬場などの霊安室には茶毘待ちの遺体がたまってくる。
言葉は悪いけど、活況を呈する魚市場状態。
そんな中で、行く宛を失った遺体は自宅に戻される。

「一晩くらいは自宅で休ませてやりたい」
と思う遺族は多い。
しかし、それはあくまで死んだ人。
始めは歓迎していた遺族も、日数が経過していくにつれ物理的・精神的に持て余してくる。
悲しいかな、安置されている遺体が厄介者のように思われてしまうのだ。
しかし、遺体をどこにやることもできず、邪険にすることもできない。
遺族は、それがいなくなるまで辛抱するしかないのである。

冬でも、遺体にはドライアイスがあてられる。
長期安置の場合は尚更だ。
そして、部屋の暖房はOFF。
それができない間取りであっても、部屋の温度上昇はできるだ抑えるよう努めてもらう。

暖房による弊害は主に二つ。
そう、一つ目は遺体の腐敗。
腹部(内蔵)を起点に徐々に進む身体の腐敗だ。
二つ目は乾燥。
ただでさえ冬の空気は乾いている。
それに暖房を加えると、空気は一層乾燥する。
そんな空気に晒された遺体も自然と乾燥していく。
身体はドライアイスと布団に隠されているけど、ほとんどの場合、顔はむき出しの状態。
それが乾燥してくると土色に痩せてくる。
だから、火葬まで時間を要する場合は、当初から顔の乾燥を防ぐ処置を施しておくことが大切になってくる。
一旦乾燥させてしまうと元には戻せないから、単に冷やして寝かせておけばいいってもんじゃないのだ。

「敗血症」という重症の感染症がある。
以前にも書いたことがあるけど、この遺体を長期安置するのは、かなり厄介。
生前の身体に細菌が入り込んで全体に悪影響を及ぼしたうえ、死後の遺体に驚くべき変化をもたらすことがあるからだ。

敗血症による遺体の腐敗は、全く侮れない。
ほんの数時間の間に、まるで別人のように変貌するからだ。
身体は、スポンジ+風船のように何倍にも膨れ上がり巨大化。
皮膚は軟弱化し、ちょっと触れただけでズルッと剥けるく。
少しすると、火傷の水脹れに似た水房が発生し、それが次々に破れて黄色い腐敗体液が着衣や布団を濡らしていく・・・

その様は凄まじく、遺族は右往左往。
生前の面影がなくなるどころか、それ以上におぞましい姿となった遺体は人に恐怖感すら与えてくる。
だから、敗血症の遺体を長期安置する場合は、遺族への事前説明とできるかぎりの処置及び経過観察が重要になってくるのだ。

「敗血症で長期安置か・・・厄介な仕事になりそうだな」
ある年の暮れに亡くなったその故人も、敗血症を患っていた。
しかも、年末年始の諸事情から、火葬の予定まではかなりの時間があいていた。
敗血症の遺体に何度も痛い目に遇ってきた私は、敗血症の遺体の恐さをよく理解していた。
そうは言っても、敗血症の遺体だからといって危惧するような変貌を遂げるとは限らない。
現実には、特段の変容もなく茶毘にふされる遺体もある。
あくまで、〝その可能性がある〟〝その可能性が高い〟というだけのこと。
だから、それを遺族に伝えて不安感を与えることには戸惑いが生じるのだ。

生前のままに安らかに眠る故人を前にそんなことを言うと、
「妙なことを言うな!」
と、顰蹙をかうかもしれない。
その上、結果的に遺体が変容しなければ、故人と遺族の平安な別れに水を注すことにもなりかねない。
そうなると、もともこうもない。

できることなら早々に柩に納めて、大量のドライアイスで凍らせておくのが無難。
または、少々の損傷をともなっても全身に防腐処置を施しておくことも一つ。
しかし、遺族がそんなことを望むわけはなく、結局はギリギリの冷却とこまめな経過観察でしのぐことになる。

この遺体の場合も、数日に渡って警戒・観察を続けた。
そして、幸いなことに特段の変容は表れず、私の心配をよそに何事もなく灰になった。

私の場合、仕事を厄介に思ってしまうことは日常茶飯事。
職務上、物理的に中途半端な仕事は許されないけど、精神的にハンパな状態に陥るのは常。
真の厄介者は自分の内側に潜んでいるのに、それをついつい外側に探してしまい、バランスを崩すのだ。

生きていくうえで本当に厄介なのは、自分の心に潜む厄介者・・・弱さ・愚かさ・邪悪さ・虚しさetc
善戦・苦戦を繰り返しながらも、勝利・敗北を考える余裕がなくても、本意でも不本意でも、生きているかぎりはひたすら戦い続けなければならないのだ。
〝生きる〟ということの一つはそういうこと。

その決着がつくのは人生の幕を閉じる間際になるのかもしれないけど、自分の中の厄介者とは人生をかけて戦いたいものだ。
それは、生きている者にしか与えられない特権なのだから。

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