Home特殊清掃「戦う男たち」2008年分真偽の痛み(事後編)

特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

真偽の痛み(事後編)

「原因不明の異臭がするんですけど・・・」
不動産管理会社から、消臭消毒の依頼が入った。
消臭の場合、電話での質疑応答だけで事が足りることが少なくないので、私はそれを前提に話を聞いた。

「部屋のどこか、汚れ等ありますか?」
「いえ、しばらく前から空室で、ルームクリーニングも終わってますからきれいです」
「そうですかぁ・・・」
「時間が経てば消えるかと思って、しばらく様子をみてるんですが、なかなか消えなくて」
「ん゛ー・・・排水口か、配管か・・・」
「そういった類のニオイじゃないんです」
「ペットを飼ってたとか、ゴミを溜めてたとかは?」
「隠れてペットを飼ってたかどうかまでは把握してませんけど、内装は傷んでいませんでしたからきれい暮らしていたと思います」
「では、外から異臭が入ってることは?」
「いや~、考えにくいですね~」
「あとは・・・天井裏・壁裏・床下が不衛生な状態になってるとか・・・」
「そこまでは、わかりません」
「害虫・害獣の類かもしれませんね」
「・・・」
「ネズミの死骸が悪臭を放っているようなこともありますから」
「そうなんですかぁ!」
「とりあえず現場に伺ってみないと何とも言えない感じですね」
「はい・・・」

異臭の原因が不明であることはよくあること。
そして、そのニオイを言葉で表現するのは至難。
結局、この現場も電話だけではラチがあかず、私は、そのニオイを嗅ぐために担当者と日時を合わせて現場に出向くことになった。

「お忙しいところ、御足労をおかけして申し訳ありません」
「いえいえ、これも仕事のうちですから」
担当者は、マンションの入口で私の到着を待っており、私達はありきたりの挨拶を交わした。

現場は街中の1Rマンション。
私達は連れだってエレベーターに乗り込んだ。

玄関を開けると、中は広めの1R。
一通りのルームクリーニングは済んでおり、見た目には何の問題も見受けられなかった。
ただ、市販の芳香剤が部屋中に置いてあり、その人工的な甘い香りがプンプンと充満していた。

「これは?」
「最初から置いてあったものもありますけど、後で私が置いたものもいくつかあります」
「芳香剤のニオイが強すぎて、うまく観察できませんね」
「そういえば、そうですね・・・」
「一旦、芳香剤を全部撤去して、換気しましょう」
「はい、わかりました」

私は、部屋のニオイをリセットするため、至るところに置いてあった芳香剤をまとめて部屋の外に運び出し、窓と玄関を全開にした。
そして、しばらく後、今度は部屋を密閉。
それから、ニオイの観察を開始。
しかし、芳香剤の残り香が強くて、なかなか異臭が蘇ってこず、それをなかなか確認することができなかった。

「ん゛ー、ニオイがよくわかりませんねぇ」
「確かに・・・当初の異臭がわからなくなってます」
「これだと、異臭の確認は厳しいです」
「・・・」
「数日放置して、また出直してきていいですか?」
「いいんですか?二度手間になりますよ?」
「構いませんよ・・・どちらにしろ、このままじゃ仕事になりませんから」
「すいません・・・」

担当者は、私が現場に二度も足を運ぶことになったことを申し訳なく思ってくれたようだった。
私の方も、仕事になるかならないかわからない現場への再訪問は面倒ではあったが、妙な胸騒ぎと疼く特掃魂によってそれが苦にならなかった。

数日後、私達は再び現場に待ち合わせた。
そして、挨拶もそこそこに部屋を訪問。
すると、目算通り芳香剤のニオイは飛び、部屋には元の異臭が蘇っていた。

「ん゛!このニオイ!このニオイです!」
「クンク・・・ン゛!?」
「わかりますか?」
「このニオイは・・・」
「何のニオイかわかります?」
「え?・・・」
「何とも言えないニオイでしょ?」
「えぇ・・・」
「これが何のニオイで、どこから臭ってくるのか、検討もつかないんです」

私には、ニオイの正体がすぐに判明。
それは、よりによって例のニオイ。
しかし、それは、私の経験と臭覚にもとづいた主観的なもので、客観的な証拠を示せるものではなかく、しかも、モノがモノだけに、それを安易に話すことは躊躇われた。

「このニオイなんですけどね・・・」
「ええ・・・」
「あくまで、私の経験上の感覚でお話しますが・・・」
「はい・・・」
「この部屋で人が亡くなってませんかね?」
「へ?人?」
「ええ・・・人が亡くなってしばらく放置されてたときのニオイにそっくりなんです」
「???」
「腐乱死体のニオイなんです」
「え゛ーっ!!!」
「〝まさか〟と思われるでしょうけど・・・間違いないですね」
「そ、そんなバカな!」
「残念ながら・・・」
「ちょ、ちょっと部屋から出ましょう!」

私の話を聞いていた担当者は、次第に息を荒くして顔を強張らせていった。
そして、それまでは普通に床につけていた足をつま先立てて、慌てて室外に跳び出して行った。

「ホ、ホントですか!?」
「ここで証明することはできませんけど」
「そんな・・・」
「ここに住んでた方は?」
「若い女性です」
「解約のとき、本人と接触されましたか?」
「いえ・・・」
「普通は本人がやりますよね?」
「そう言えば・・・解約手続きの一切は親がやっていきました」
「で、本人は?」
「確か・・・〝体調を崩して入院した〟とかなんとか言ってたように思います」
「〝入院〟ねぇ・・・」
「・・・」
「プライベートなことに踏み込んで詮索するのもどうかと思いますけど、まずは本人の所在を確認されてみてはいかがですか?」
「そ、そうしてみます」

それから、何日か後。
担当者から連絡が入った。

やはり、その部屋に住んでいた女性はコノ世の人ではなくなっていた。
そして、予想の通り部屋で亡くなっており、死後しばらく放置されていた。
また、死体検案書までは確認できなかったものの、死因は自殺の可能性が高いとのことだった。

事の重大さを負いきれなかった遺族は、秘密裏に事後処理を行い、隠蔽を図ったのだろう。
その工作と成果は、プロの私でも充分に評価できるレベルだった。
しかし、ニオイを消し去ることができなかったことが原因で、事が明るみになったのだった。

若い娘を不自然なかたちで失った両親の驚きと悲しみと、嘆きと動揺はいかばかりだっただろうか・・・
言い尽くせないくらいの、激しい痛みをともなったはず・・・
両親が受けた心の傷を察すると、息が苦しくなるような重圧を覚えた。
そしてまた、その傷に塩を擦り込むようなマネをしたかもしれない私は、得も知れぬ罪悪感と鈍い心痛を感じたのだった。

その後、この部屋は内装のフルリフォームをもって、とりあえずの落着を迎えた。
しかし、遺族(両親)の心のリフォームは今だに済んでいないかもしれない。

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