特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分
特殊清掃「戦う男たち」
真偽の痛み(事前編・下)
「私の方が死にたくなりました・・・」
女性は、遺体を発見したときの様子を静かに語り始めた。
都会で独り暮しをしていた娘の突然の死・・・
それも、不自然な死に方・・・
しかも、遺体は誰にも気づかれることなく腐乱・・・
そして、それを最初に発見したのは自分・・・
その時に受けたショックとその後の心痛は、他人の私には想像すらできず・・・
そんな話を聞いて返す言葉もない私は、場の雰囲気をどこに落ち着けるべきか戸惑うばかりだった。
「とりあえず、部屋を原状回復するところまでは責任を持たれた方がいいと思います」
私は、事の真相を他人に明かすかどうかの前に、社会の一員としての最低限の誠を守ることを勧めた。
「それはそうですね・・・」
夫妻は、何かを深刻に考えているような様子で、私の提案に同意した。
作業の日も夫妻は二人揃って現場に現れた。
私に作業を一任することに不安を覚えたというよりも、〝居ても立ってもいられない〟といった様子だった。
孤独死が近隣住民に発覚することなく処理されたことは奇跡的。
その後始末が内密に進められることも、珍しいと言えば珍しいケース。
その状態のまま施工しなければならないことに、私は独特の緊張感を抱えていた。
「では、早速始めますね」
「よろしくお願いします」
「できるかぎり気をつけてやりますけど、結果的にバレたら、それは許して下さい」
「えぇ・・・それはもう・・・」
「なるべく短時間で片付けますので、どこかで待っていて下さい」
「はい・・・では、車で待ってます」
「では、一段落ついたら連絡します」
「はい・・・」
私は、部屋の鍵を預かり、人目を気にしながらエレベーターに乗り込んだ。
そして、部屋に着くなり、すぐ作業に着手。
荷物の搬出は、人目につかないよう、できるかぎり階段を使用。
ニオイの漏洩を最小限にとどめるため、窓も開けずに玄関ドアも小刻みに開閉。
それには、なかなかの労力と心労を要した。
ただ、幸いなことに、他の住人と遭遇することなく、荷物の搬出は粛々と進んでいった。
部屋は相変わらず臭かったけど、私は、愛用の専用マスクは使わないでおいた。
マスクを着用した姿は異様そのもので、どう見ても普通の引越しには見えないからだ。
しかし、悪事を働いているようなピリピリとした動きが日常を逸した雰囲気を放っていた感もあった。
また、どんなに普通の引越しに見せかけようとしても、私の脳と身体に染み付いている死体業的性質が無意識のうちに顔を覗かせ、それが怪しい雰囲気を倍増させていたかもしれなかった。
一番の難関は、赤黒のシミが広がったベッドマットの搬出。
一通りの物の搬出を終えた部屋には、最後にこれが残った。
中身が見えないように完全梱包したもののその態様はかなり不自然なうえ、例の異臭をプンプン放出。
これが人目についたら・・・いや、ニオイだけでも、一発でアウト!だった。
しかし、ベッドマットを隠して運べるわけもなく・・・あとは運を天に任せるしかなかった・・・
「人の運命なんて、わかんないもんだな・・・」
何とか無事に荷物を搬出し終えた私は、外に出て重い脱力感を覚えながら曇天を仰いだ。
「荷物の搬出が終わりましたので、部屋に来ていただけますか?」
小休止の後、自家用車で待つ夫妻に連絡。
異臭だけを残して空っぽになった部屋を確認してもらった。
「随分と早く終わりましたね」
「ええ・・・何年もこんなことばかりやってて慣れてますからね」
「・・・大変なお仕事ですね・・・」
「まぁ、これも生きてくためです」
「・・・」
「これから、掃除と消臭作業に入りますので」
「あのぉ・・・色々考えまして・・・」
「?・・・」
「やっぱり、本当のことを話そうと思うんです」
「え?」
「罪悪感を抱えたまま怯えて暮らすことを考えると、それも耐えられそうになくて・・・」
「・・・」
「どうでしょうか・・・」
「勇気のいる判断・・・正しい判断だと思います
「そうですか・・・そうですよね」
事実を明らかにする覚悟ができたせいか、両親の顔には、前回見受けられたような弱々しさはなく、逆に逆境に立ち向かおうとする覇気が感じられた。
良心の呵責に苛まれながら苦悩したのだろうが、私は、とにかく夫妻の決断を嬉しく思った。
それは、自分が隠蔽工作の片棒を担ぐことから解放された利己的な喜びではなく、悲嘆のドン底にあっても人としての良心を守ろうとする夫妻の人格が与えてくれた本性の喜びであった。
腐乱死体現場でも、見た目がピカピカにきれいでニオイもなければ、大家・不動産屋の心象も違うはず。
私の特掃魂は、おのずと熱を帯びていくのだった。
作業を終えて数日後。
お茶を飲みながら休憩していると、依頼者の男性から電話が入った。
「先日は、お世話になりました」
「こちらこそ・・・その後、ニオイはどうですか?」
「御蔭様で、消えました」
「そうですか!」
異臭が解消できたことを聞いて、まずは安堵。
そしてまた、成功事例を一つ蓄積できたことも個人的な収穫で嬉しくもあった。
「それで・・・大家さんと不動産屋さんに、事実を話しまして・・・」
「どうでした?」
「やはり、かなり驚かれました」
「部屋は?」
「見てもらいました」
「で?」
「〝特に問題は見られない〟とのことでした」
「あとは、精神的な問題ですか・・・」
「えぇ・・・」
「その辺のところは、毅然と一線引いた方がいいかもしれませんね」
「そうですね・・・とりあえずは、壁紙の貼り替えと通常の消毒クリーニングでOKだそうです」
「そうですか、それはよかった」
本件は、夫妻にとって極めて不幸な出来事だった。
死んだ人にはわからない苦悩があった。
しかし、そんな中にも生きている人間にしか味わえない人生の真髄があった。
私は、清々しい切なさを感じながら依頼者との電話を終えた。
「それにしても・・・〝自殺〟・〝腐乱〟まで話したのかなぁ・・・」
一仕事を完了させた安心感に浸りながらも、飲んでいたお茶にちょっとした苦みを感じる私だった。