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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

守銭奴

「守銭奴」→意味:ケチでお金への執着心が強い者。

では、実際の守銭奴は、どんな奴なのだろうか。
それは多分、私みたいな輩だろう。
普段は、何事においても自信過少な私でも、これには自信を持って名乗りを上げられる。
何故なら、私は、お金を愛し・敬い・恐れているから。
お金の持つ真価を理解しているのではなく、お金の持つ力に毒されているから。

着る機会もないのにブランドスーツを欲しがったり、必要もないのに高そうな腕時計に目が行ったり、仕事には使えないのに高級車に憧れたり・・・
いい歳をして、玩具を欲しがる子供に毛が生えた程度の低次元。

「いい事を言ったって、きれい事を吐いたって、所詮は金がなければ何もできないじゃないか!」
こんなセリフを何度となく吐きながら生きてきた私。
そんな考えが完全に消えたわけではないけど、それでも多くのことを自問自答しながら現在に至っている。
そうして行き着いた結論は、「金が大事」なのではなく「金も大事」ということ。
そして、もっと探求すると〝金より大事〟なものがたくさん見えてくる。
・・・目には見えないものが多いけどね。

「ちょっとした知り合いに孤独死した人がいまして・・・一度、部屋を見ていただけますか?」
中年の女性から、そんな依頼が入った。
話の内容に似合わない明るい声とハキハキした受け応えに、私は小さな戸惑いを覚えながら話を進めた。

待ち合わせの日時は、それからしばらく後に設定された。
それは、遠方から出向いて来る女性の都合だった。

現場は、老朽気味の分譲マンション。
立地は悪くないものの間取りはそう広くなく、資産価値としては厳しそうな物件だった。

現れた女性は、電話での会話から抱いていた印象よりも年配に見えた。
しかし、相変わらず話す声は明るく快活。
わざとらしく沈み込む必要はないけど、少しは落ち着いてほしいと思うくらいだった。

「亡くなったのは、お身内の方ですか?」
「身内と言えば身内ですけど、そうでないと言えばそうではありませんね・・・」
「はぁ・・・」
「・・・随分前に離婚した元夫なんです」
「そうなんですか・・・お子さんは?」
「娘が一人・・・とっくに成人してますけどね」
「そうですか・・・」
「元夫に特別な感情は残ってませんから、お気遣いは無用ですよ」
女性に気を遣って曇らせた表情がわざとらしく映ったのか、女性は明るい声で自分が悲嘆を抱えていないことを伝えてきた。

「とりあえず、部屋に行きましょうか」
「私は、中に入らないでもいいですか?」
「構いませんけど・・・貴重品とかは大丈夫ですか?」
「ええ、主だったものは警察が探してくれましたし、もともと大したものはなかったはずですから」
「そうですか・・・わかりました」
私は、マスクと手袋を手に、女性とともに現場の階へ上がった。

現場の玄関には古びた表札がかかっており、女性はそれを注視。
同じ名字を名乗っていた若かりし頃の自分を思いだして、何かしらの感慨を覚えたのかもしれなかった。

「じゃ、開けますね」
女性は、慣れない手つきで玄関ドアを開錠。
ドアを引いた途端、いつもの悪臭パンチが炸裂。
同時に数匹のハエが飛び出てきた。

「う゛っ!!」
女性は、言葉にならない驚嘆の声を発して後退り。
手を離したドアはバタン!と元に戻った。

「あとは私がやりますね」
私は、手に持っていた専用マスクを鼻口に装着。
手袋を着けた手をドアノブにかけて引いた。

「うはっ!こりゃ強烈ッ!」
足を踏み入れた私を出迎えてくれたのは、無数のハエ。
私は、彼等との空中戦をかい潜って部屋を進んだ。

「これか・・・」
故人が亡くなっていたのは、奥の和室。
ベッドマットには人型がくっきりと、その脇にはミドル級の腐乱痕が残り、その上をウジが我が物顔に闊這していた。

「中年男性の独り暮しだから、これくらい汚れてても仕方がないか」
汚染された和室以外の部屋も、整理整頓・清掃が行き届いているとは言えず。
そこは、人が亡くなってなかったとしても、片付けるのには一苦労を要しそうだった。

私は、玄関前で待つ女性のもとに戻って、中の様子を伝えた。

「中は、だいぶ不衛生な状態になってます」
「そのようですね・・・」
「私の身体についたニオイでお分かりになるでしょ?」
「え゛ぇ・・・」
「奥の和室で亡くなってまして、汚れたベッドとその周辺を片付けないと、中に入るのはキツいと思いますよ」
「でしょうね・・・」
ニオイにやられたのか中の凄惨さが理解できたのか、女性からは、当初の快活さは消え失せていた。

故人は裕福な家庭に生まれ育った、いわゆる〝お坊ちゃん〟。
過剰な庇護のもとで大人になったせいか、労働意欲に乏しく金銭感覚も鈍感。
結婚した当初はそれなりにやっていたものの、身を保ち崩し始めるのに多くの時間はかからず。
それでも、潤沢な親の財産を基に、それなりの生活を維持。
しかし、次第に食い潰されていく身代をみて、女性は将来への危機感を抱き始めた。

幾度となく夫を諌めてはみたものの、故人の生活スタイルは変わらず。
人のいい性格は憎めなかったけど、そのままでは子供を育てられないと判断した女性は、夫と別れることを決断したのであった。

女性と故人が別れたのは20年前。
離婚してからの交流は皆無。
女手一つで娘を育てなくてはならなくなった女性は、元夫に関心を持つ余裕もなく生活に追われるばかり。
逼迫した暮らしを余儀なくされながらも、何とか生活を堅持。
子供の方も父親に会いたがりもせず、故人の方からも子供に会いたがるようなことはなく、双方の近況は、親戚を通じてたまに交わされる程度。
時が経ってみれば、アカの他人同然の関係になっていた。

そして、女性は、元夫が孤独死して腐乱死体で発見されたとの知らせを受けても、自分でも不思議なくらいに驚きも悲しみもなかった。

「冷たい女なのかもしれませんね・・・私は・・・」
「・・・」
「金の切れ目が縁の切れ目だったわけですから・・・」
「いや・・・そんなのは、○○(女性)さんだけじゃないですよ」
「そうですかねぇ・・・」
「私だって、結構な守銭奴ですよ・・・仕事はこんなですけど」
「そんなことないでしょ・・・」
女性は、私の仕事と守銭奴が結びつかないらしく、笑ってごまかしてくれた。

「こうして後始末をやってるのも、遺産のためですし・・・」
「・・・」
「ま、〝遺産〟ったって、わずかな貯金とこのボロマンションくらいですけど」
「相続人は娘さんだけですか?」
「らしいです・・・本人は興味もないみたいですけどね」
「そうですかぁ・・・」
「ただね・・・一応、父親ですから・・・娘に何かを残してほしいような気がするんです」
「・・・」
「不自由して育った娘の過去を埋め合わせるためにね・・・」
女性との会話からは、女性が意図していることが故人が残した金銭の引き受けではなく、娘の人生に空いた穴を埋めようとする母の想いであることが読み取れた。

「このマンションは、ただでさえいくらにもならないでしょ?」
「多分、そうでしょうねぇ・・・」
「しかも、中でこんなことが起こったわけですから、ますます価値は下がるでしょうし・・・」
「ですね」
「まぁ、二束三文でも売れればいいですよ・・・もとはタダなんですから」
「しかし、片付けの費用と売却手数料は頭に入れておかれた方がいいですよ」
「あ!そうかぁ」
「まとまった金額がかかりそうですからね」
「なるべく安くお願いしますね」
「はい、損しない範囲で・・・守銭奴ですから」
一見、〝遺産目当て〟のようにも見えなくもない女性だったが、私は、女性の真の目的は金銭的な財産ではないことを確信した。
そして、たとえそれが故人の意志ではなくても、父親が存在していたことの証として、父親からの目に見えるものを娘に渡してやりたいと願う母親の愛情が伝わってきて、私は自分の気持ちまでが温かくなるのを覚えたのだった。

「やっぱ、金より大切なものはあるな」
そう思わせてくれる仕事と、そう思える自分が何だか嬉しくて、似合わない笑顔を浮かべる守銭奴であった。

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