Home特殊清掃「戦う男たち」2008年分塵も積もればヤマトナデシコ

特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

塵も積もればヤマトナデシコ

「引越しをするので、部屋を片付けたいんですけど・・・」
ある晴れた昼下がり、若い女性の声で、そんな相談が舞い込んできた。

「お住まいはマンションですか?アパートですか?」
「アパートです」
「間取りはどれくらいあります?」
「1Rです」
「何階建の何階ですか?」
「二階建の一階です」
「荷物の量はいかがですか?」
「ん゛ー、少なくはないですね」
「車はつけられますか?」
「はい、前が駐車場になってますので」
私は、決まったパターンの質問を事務的に投げ掛け、対する女性も即答。
基本情報を入手したところで、質問の内容を突っ込んだものに変えた。

「うちは普通の引越業者とは違いますよ」
「はい、わかってます」
「場合によっては、割高になることもありますけど・・・」
「・・・」
「一般の引越業者じゃダメなんですか?」
「ええ・・・ちょっと・・・」
私の質問に対して言葉を濁す女性に〝わけあり〟を感じた私は、それ以上のことを尋くのはやめた。
そして、女性の奥歯に引っ掛かってるものを気にしつつも、現場調査に行くことを決めた。

「ひょっとして、人が死んでた現場じゃないだろうな」
女性の醸し出す雰囲気があまりに怪しいので、私はいつもの悪い癖がでて、一般の人には考えもつかない疑心がでてきていた。

「しかし、たとえそうでも、俺の目と鼻はごまかせないぞ!」
妄想(職業病?)とともに変な気合が入る私だった。

陽も落ちかけた、その日の夕方。
女性はアパートの前の駐車場で、私の到着を待っていた。

電話の声も若かったけど実際の外見も若くて清楚な感じ。
ただ、表情には溌剌とした若さはなく、どことなくオドオドした様子であった。

「じゃ、早速、部屋を見せて下さい」
「そ、その前に・・・」
「は?」
「実は、ここは私の家じゃないんです・・・」
「はぁ・・・」
「あ、姉が住んでいたんです」
「お姉さん・・・」
「ええ・・・」
「で、そのお姉さんは?」
「身体を壊してしまいまして・・・今は実家で療養中なんです」
「それはお気の毒に・・・」
「それで、もうここには戻って来るない予定がなくなったので、引き払うことになったんです」
「なるほど・・・とりあえず、部屋を見ましょうか」
私は、話の内容が妙な方向に変わってきたことと、作業を一般の引越業者ではなくうちに依頼してきたことに、不審感を抱いた。

「こういうことか・・・」
玄関を開けると、その奥には警戒していた通りの光景・・・立派な?ゴミ屋敷。
ゴミで埋めつくされた部屋には異臭が充満し、床が見えている部分はほとんどなく、部屋・キッチン・浴室・トイレを結ぶ獣道の部分だけ床が露出。
冷蔵庫内の食品も完全に腐っており、住人がいなくなってからしばらくの日数が経過していることが伺えた。
ただ、幸い、人が死んでいたような形跡はなかった。

「ゴミ屋敷としては軽い方だと思いますけど・・・それでも、スゴイですね・・・」
「え、ええ・・・」
「どうやったらこんなことになるんですかねぇ」
「・・・」
「これで、よく暮らせてたなぁ・・・」
「・・・」
女性は、かなり気マズそうにモジモジ。
表情は引きつり、目も泳いでいた。

「これは〝引越し〟と言うより〝ゴミの片付け〟ですねぇ」
「はい・・・」
「いる物といらない物の分別は、どうします?」
「ほとんど捨てます」
「お姉さんに相談しなくても大丈夫ですか?」
「え!?えぇ・・・全部任されてますから・・・」
「親御さんは?
「両親には内緒なんです・・・心配をかけたくなくて・・・」
「そうですか・・・」
結局、〝とっておく物はなにもない〟ということで、女性は部屋の片付けを私に一任。
スペアキーを私に渡して、作業には立ち会わないことを伝えてきた。

作業の日。
当初の予定通り、女性は姿を現さなかった。

「こりゃ、根気のいる作業になりそうだな」
私は、いつものように仕事への覚悟を決めて、家財・生活用品・・・ゴミの梱包から着手。
〝どうせ捨てるものだから〟と、部屋にあるものを片っ端から袋に梱包していった。

「いちいち分別なんかしてられないな」
中には、まだ使えそうな物もたくさんあったけど、いちいちそんな事を迷っていては仕事が進まない。
割り切って、どんどん袋に詰めていった。

「これがお姉さん(住人)の名前かな?」
ゴミには、公共料金の請求明細書などの郵便物がいくつか混入。
私は、その宛名からここに暮らしていた人の名を知った。

「しかし・・・姉妹のはずなのに、○○さん(依頼者)とは名字が違うなぁ・・・」
郵便物に記されていた氏名と依頼者女性の名前とは名字が異なっていた。
ただ、どちらかが結婚して名字が変わっている可能性もあったので、長くは気にならなかった。

「あれ?この女性は・・・」
ゴミの下からは何枚かの写真がでてきた。
見ると、そこには写っているのは依頼者の女性。
しかも、中には現場の部屋が背景になっているものもあった。

「あれれ?なんかおかしいぞ」
極めつけは、とある会社の社員証。
写真の顔は女性本人に違いなく、記された氏名は郵便物の宛名と同じ名前だった。

「そういうことか・・・」
依頼者の女性は、始めから偽名を使用。
そして、部屋に住んでいたのもゴミ屋敷をつくったのも女性本人。
それが、何らかの理由で偽名を名乗り架空の姉を捏造したようだった。

多分、女性は自分の羞恥心に耐えられなかったのだろう。
しかし、部屋の片付けは自分一人の手には負えないレベルまで悪化。
家族や友人・知人に相談できるものではなく、長い間一人で苦悩。
しかし、そのままでは事は解決しない。
それで、〝病の姉〟という架空の人物の仕業にして、片付けることを画策したものと思われた。

「随分と悩んだんだろうな」
「自分なりに、精一杯の勇気を振り絞ってるのかもな」
「しかし、本人だと知らなかったとは言え、デリカシーのない言葉を吐き過ぎちゃったな・・・」
女性の嘘は、私に大した害を及ぼすもののようには思えなかったし、女性に健気さを覚えた私は、最後まで何も気づいていないフリを通すことにした。

とりあえず、一通りの作業を終えて、私は女性の携帯に連絡。
作業前までは何ともなかったのに、一旦女性の名前が偽名とわかってしまうと、それを呼ぶ度に口がムズ痒くなることが自分でもおもしろかった。

「多少の汚れは残ってますけど、部屋はきれいになりましたよ」
「ありがとうございました」
「あとは、都合のいいときに見に来て下さい」
「はい」
「あと、請求書を送りますので御実家の住所を教えて下さい」
「・・・そこの住所(現場)じゃダメですか?」
「ここには、どなたも住んでおられませんからねぇ」
「わかりました・・・宛名は姉の名前で送って下さい」
「はい」
「月末には間違いなくお支払いします」
「念のため、御実家の電話番号も教えておいていただけますか?」
「・・・」
「こちらから電話するようなことはないはずですから」
「両親はこの件を知らないので、その辺はよろしくお願いします」
「承知しました」
女性は、実家の所在地と電話番号を私に教えるには抵抗があるようだった。
しかし、私の方も意地悪でやった訳ではなく、代金回収のリスクを抑えておく必要があったのだ。

「あと・・・お姉さん、早くよくなるといいですね」
「は?はい!・・・ありがとうございます!」

電話を終えた私は、女性の重荷を積んだトラックを発進させた。
そして、最後に聞けた女性の元気な声を思い出しながら、顔を緩めるのであった。

このページのTOPへ

お問い合わせ

WEBエッセイ「特殊清掃・戦う男たち」

特殊清掃 よくあるご質問

特殊清掃 取材・公演依頼

対応エリア

対応エリア
関東全域をメインに対応いたしております。
その他、全国も関連会社より対応いたします。