Home特殊清掃「戦う男たち」2008年分温故知新・恩古恥心

特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

温故知新・恩古恥心

〝一月は行く、二月は逃げる、三月は去る〟と言われるように、年が明けたと思っていたら、もう二月も終盤。
相変わらず寒さは厳しいけど、陽は随分と延びてきた。
晴れた日には、かすかに春の匂いも感じられ、それだけでもホッとするものがある。

少し前、仕事である街に出掛けた。
その日も、気持ちのいい晴天で空気も澄んでいた。
走らせる車からの景色はクッキリときれいで、気持ちを仕事モードに切り替えるには邪魔なくらいだった。

「あれ?この辺りは確か・・・」
目的地が近づいてくるにつれ、ある過去の記憶が蘇ってきた。

「やっぱりそうだ!」
そこは、その昔、特掃をやった現場のすぐ近くだった。

「懐かしいなぁ・・・時間もあることだし、ちょっと行ってみるか」
依頼者との約束の時間までだいぶあったので、私はそこに行ってみることにした。

こなした現場は数知れず、出逢った遺体も数知れず・・・
その一つ一つを憶えていられるはずもないけど、時間が経っても記憶に留まっている仕事がある。
やはり、何かインパクトのある出来事があった現場は、頭に残りやすい。
ただ、残念ながら〝インパクトのある出来事〟って、歓迎できないことがほとんどなんだけど・・・

あれは、何年も前の暑い季節こと。
その現場も、インパクトのある出来事が起こってしまい、私の記憶に留まっている。

そこそこに経験を積んでいた私は、現場調査の依頼に冷静に対応。
特段の不安もなく現場に向かった。

依頼者は、故人の弟と大家である年配の女性。
現場は、狭い路地に建つ老朽アパート。
風呂もない狭い2DK。
その二階の一室で、老年の男性が孤独死・腐乱していた。

例の異臭は、玄関の外にまでプンプン漏出。
外の蒸し暑さも加わって、そのニオイは強烈なものとなっていた。

玄関の鍵は壊れており、マイナスドライバーを使って開錠。
ドアを開けると、更に強烈な腐乱臭が襲ってきた。

故人は奥の和室、布団の上で死亡。
熱悪臭が充満した部屋には無数のハエが飛び回り、漆黒に染まった布団には大量のウジが群がっていた。

枕は丸く凹み、頭髪が皮ごと残留。
人の形に広がった腐敗液は、布団の下の畳まで汚染しついることは明白だった。

依頼者から、「至急なんとかしてくれ!」と頼まれていた私は、現場調査と平行して作業に着手。
とりあえず汚腐団を厳重に梱包し、周辺の汚染物も袋に詰めた。

その翌日。
汚染物をはじめ、家財・生活用品を搬出。
部屋の中にあるものはただでさえ古く汚れたものばかりで、更に、その全てには腐乱臭が付着しており、捨てるのを躊躇するようなものはほとんどなかった。

作業を進める中で、何匹かのハエは死に、多数のハエは逃飛。
そして、何匹かのウジは死に、多数のウジは逃避。
しかし、私は、
「食べるものがなくなれば、ヤツらも生きていけないだろう」
と、ウジの逃避を軽く考え、彼等を追うことなく荷物の搬出を優先させた。

部屋からは、襖や畳等の建具も全撤去。
何枚かの畳は腐敗粘土に塗れ腐敗液に侵されており、畳屋でも引き取れないような代物になっていた。

そうして、多少の悪臭は残ったものの、部屋はきれいに空っぽになった。
依頼者の二人にも部屋を確認してもらい、問題が片付いたことを報告。
どちらにしろ原状回復には内装工事が必要だったので、特殊清掃撤去作業はそれで終了。
一仕事を無事に完了させた私は、臭い身体と疲労感を抱えて帰途についたのだった。

それから何日か後。
「現場の部屋に大量のハエが発生している!」と、大家の女性から緊急入電。
私は、状況がのみこめないまま現場に急行した。

アパートの下に到着した私は、まず部屋の窓を見上げた。
しかし、窓は暗くてハエらしき影は見受けられず。
頭を傾げながら階段を上がり、玄関ドアを開けると、そこには驚きの光景が・・・
窓には、黒いフィルムでも貼ったようにビッシリとハエがたかっていたのだ。

恐るべし!ウジの生命力。
一体、彼等はどこに身を潜めていたのか!?
私が部屋に入っていくと、ハエ達は狂気乱舞。
ブンブンと飛び回り、私に体当たり。
慌てた私は、用意していた殺虫剤を両手に応戦。
手当たり次第に噴射して、ハエを落としていった。

部屋に落ちたハエの死骸を掃き集めると、床板の上に黒い光沢を放つ山ができた。
ただ、ハエ退治に一段落つけたとは言え、新たなハエが発生する可能性は充分にあった。
したがって、私はその翌日も現場を訪問する予定を立てた。
結局、ハエの発生は一日では治まらず、数は減少しつつも3~4日続き、ハエ退治にも数日を要した。

それにしても驚いた!
きれいに片付けたはずの部屋に、大量のハエが湧いたわけだから。
そんな不可解な出来事には、唯一、心当たりがあった。
そう、作業中に逃げたウジ共だ。
彼等は、壁や柱の・隙間や床板の下に逃げ込んで潜伏。
食うや食わずの中でも辛抱。
そして、数日のうちにハエへ成長。
蹴散らせたと油断していたのは私ばかりで、予想もつかない反撃を無防備のままモロに食らったのであった。

〝一つの失敗は一つのノウハウになる〟
それは、苦い経験ではあったが、いい経験にもなった。
・・・そんなことを懐かしく思い出しながら、アパートを目指して車を進めた。

私は、やたらと昔を懐かしむ癖がある。
そんなことは誰にもあることだろうけど、私の場合はちょっと厄介。
それが、〝今〟を否定することに直結するから。

「一度きりしかない人生で、よりによって何で死体業なんかに入ってしまったんだろう・・・」
私は、昔を懐かしむ度に、そんなことを考える。
しかし、その結論は、深い溜め息となって空中に消えるだけ。
今更、自分に理由を探しても幸せな気分にはなれない。

残念ながら、私は自分の職業を卑下している。
責任感はあってもプライドはない。
〝それを解決するのは金だ!〟とばかりに汗を流すのだが、一向に羽振りはよくならず。
〝だったら酒だ!〟と血迷ってみても、酔った空想は翌朝までもたない。
それどころか、欝になって跳ね返ってくる。

想い出を大切にすることは悪いことではないけど、それを引きずってそれに拘われることは好ましいことではない。
想い出をバネにして、将来を飛躍させることが大切・・・
・・・理屈でわかっていても、なかなかそうできない。
また、自分を取り囲む現実を喜んで受け入れるのは難しいけど、とりあえずは素直に受け入れて、その中で頑張ることも大事・・・
・・・理屈でわかっていても、なかなかそうできない。
しかし、今の自分を卑下することは、汗と涙を流しながら何とか生きてきた過去の自分に失礼なことかもしれないと思うようになってきた。

過去があるから今がある。
過去の自分がいたから今の自分がいる。
過去の汗と涙で今の実がある。
・・・過去の自分に恥ずかしくない、今の自分でありたいもの。

「確か、この辺だったはず・・・あ!ここだ!」
あのアパートが建っていた場所には、新しいアパートが建てられていた。
壁に掲げられた名称も「○○壮」から「○○コーポ」に変わっており、時の移り変わりを強く感じた。

「建て替えられたアパートのように、自分の心を建て替えられれば明日が開けてくるかもしれないな・・・土地(命)はあるんだから」
そう思いながら、次の目的地と明日へのアクセルを踏む私だった。

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