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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

春の訪れ

普段、私は首都圏を縄張り?として仕事をしている。
依頼によっては関東近郊をはじめ地方にも出向くことはあるけど、やはり東京界隈の陽のあたらないところを這い回っていることが多い。

転勤・就職・進学・・・この三月は、春を前に、それぞれの人がそれぞれの新天地に移り住んでいく時期。
この東京にも、多くの人が越してくる。
中でも、進学のために地方から上京してくる若者は、かなり多いのではないだろうか。
彼等・彼女等が、大きな希望と小さな不安を抱えて新生活をスタートさせる様を思い浮かべると、羨ましくもあり微笑ましくもある。
しかしまた、私特有の憂いもある。

親の方は、大きな心配と小さな夢をもって子供を送り出しているのだろう。
そんな親は、社会ピラミッドの厳しさを痛いほど知っている。
しかし、親の現実と子供の夢は合致せず、子供は才能もリスクも無視して突っ走る。
その行く末を悲観してばかりでもつまらないけど、呑気に楽観してもいられない現実もある。

卒業後に、シビアな現実に乗ることができるか呑み込まれるか・・・
何はともあれ、大いに学び、大いに働き、大いに遊べばいい。
自由がきく学生のうちに試行錯誤し、その中で、自分を鍛え成長させ、〝悲観に耐えられる楽観的な自分〟をつくり上げればいいのだ。

ここ何年も変わり映えしない生活をしている私でも、春は、わずかながら新鮮な気持ちが蘇ってくる。
かつては、小・中・高・大と、新鮮な気持ちでそれぞれの新天地に進んでいった私。
しかし、最後に行き着いた新天地はとんだ心転地で・・・それに気づくのが遅過ぎて、そのまま現在に至っている。

若者に偉そうなことが言えるのは、私自身がいい失敗事例だから。
残念なことだけど、実体験として語れちゃうんだよね。

「え゛ーっ!これから出動!?」
その日の仕事を終え、ガス欠の身体とアル欠の脳を抱えて帰途についていた私は、そうぼやいた。

就寝中の出動もかなりキツいけど、〝あとは帰って風呂に入って一杯やって寝るだけ〟という至福の希望をブチ壊される帰途中の出動要請にも、格別のツラさがある。
「明日にしてくれないかなぁ・・・」
そう思っても仕方がない。
「仕事がなくて食えない苦しみを味わうより、忙しくて大変な方がマシ!」
と自分に言いきかせて、自らの身体をUターンさせた。

私が現場に到着したのは、夜も遅い時間。
現場は、世帯数の少ない賃貸マンション。
依頼してきたのは不動産管理会社で、現場には担当の中年女性がいた。

「こんな時間に申し訳ありません」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「他の住民に〝すぐに何とかしろ!〟と言われてしまいまして・・・」
「住民の方の気持ちもわかりますよ」
「何とかなりますか?」
「まぁ・・・来たからには、何とかします」

部屋はロフト付で今風のきれいな造り。
床に紙ゴミと酒の空缶が散乱していたものの、家財・生活用品の類は比較的少なく、男の独り暮らしの割には片付いている方。
ただ、いつもの腐乱臭と凄惨な汚れが、そこを社会から隔離された空間にしていた。

「あ゛ー・・・ここに吊ったか・・・」
床に広がる腐敗液と壁に付着した汚れから、故人が首を吊って自殺したことがわかった。
もちろん、遺体は警察が運んで行ったあとだったが、残された汚物は故人の自死とその後の腐乱をリアルに想像させた。

「自殺ですか?」
「わかります?」
「ええ・・・若い方のようですけど」
「大学一年のときからここに住んでて、よく知った子だったんです・・・」
「そうですか・・・」
「借金苦と就職難・・・全てに行き詰まって何もかもがイヤになったんでしょう・・・」
「・・・」
生前の故人と長く関わってきた女性は、故人が抱えていた事情を把握していた。
そしてまた、故人の悲惨な末路を予想していたかのようでもあった。

故人は、地方の出身で、大学入学と同時にそのマンションに入居。
通っていたのは都内の中堅大学。
当時は、社交的で愛嬌のあるキャラクター。
親からの仕送りもあり、家賃も毎月きちんと納入。
卒業して就職してからも、そのまま同じマンションに居住。

社会人生活は、自分の思い描いていたものとあまりにかけ離れていたのだろうか、勤務先は1年で退職。
しかし、時は、新卒者でも就職が困難な不景気な時代。
そう簡単には次の就職先は見つからず。
それでも、アルバイトを転々としながら、次の就職先を探した。

本人の意志を無視して、時間は過ぎる。
そして、時間が経てば経つほど、就職の困難さは増大。
いつまでもアルバイト生活をしているわけにもいかず、田舎に帰る話が浮上。
しかし、田舎に固い就職口があるわけでもなく、何よりも世間体が悪い。
大学進学の際は意気揚々と上京したのに、数年後には負け犬になって帰ってくる・・・親も本人も、そのプライドを捨てられず、実家に帰る案は立ち消えになった。

いつまで経っても将来が開けていかないことにイラ立ちが積もったのか、そのうちに故人はマンションの問題住人となった。
昼間でも雨戸を閉めきったままで、大きな音で音楽を聴いたり、時には奇声を発したり、壁を叩いたりと、近隣住人とのトラブルを頻発。
大家や不動産会社も、対策に手を焼くように。
身元保証人である田舎の親に相談しても、遠隔地のため根本的な解決には至らず。

たまのアルバイトだけではプラス生活ができるわけもなく、生活も困窮。
学生時代には遅れることがなかった家賃も遅れるようになり、最後は滞納。
そのうちに、無計画な借金を重ねるようになった。
その類の金は、みるみるうちに膨らんでいくのが世の常。
首が回らなくなった故人は、それを吊ることを選んだのであった・・・

「何とかなりそうですか?」
「はい・・・とりあえず、汚染箇所の清掃が必要なので、これから取り掛かりますね」
「お願いします」
「それから、汚染されたものを梱包します」
「はい・・・」
「あとは、一次消臭を行って・・・今夜はそんなところでいいと思いますよ」
「わかりました・・・よろしくお願いします」
「了解です」
私は、慣れた手順で支度を整えて作業に取り掛かった。

寒々しい静けさ・・・夜の特掃作業には特有の雰囲気がともなうもので、現場によっては電気が止められているところもあり、真っ暗闇の中を懐中電灯の明かりだけを頼りに作業しなければならないことがある。
その明暗は背中に悪寒を走らせ、その心細さは呼吸を乱してくる。
それでも、作業のペースは死守しなければならない。
そんなことにいちいち惑わされていては、私はこの仕事をやっていけない・・・言わば、〝己が生きるため〟にやらなければならないのだ。
ただ、幸い、この部屋は電気が使えたので少しは楽だった。

「こんなになっちゃって・・・」
腐敗粘土を掻き集めながら、私は、故人の数年に想いを巡らせた。

若い夢と将来への希望に満ちてスタートした東京生活。
順風満帆とは言えずとも、それなりに楽しく過ごした学生生活。
しかし、楽しいばかりの生き方は、学校には通用しても社会には通用しない。
希望が失望に変わり、夢が現実に呑み込まれた。
そのうちに、社会ピラミッドの底辺に転落。
苦しみながらも生きなければならないことの真理を知る前に、自らの手で人生の幕を引いた・・・

この春も、新しい生活をスタートさせる人が多いことだろう。
過去を糧にして将来への夢と希望に満ちている人ばかりではなく、中には、自分の過去を悔やみ将来を憂いながら失望と苦難の中で再出発を図る人もいるはず。

季節は必ず変わる。
冬の次は春がくる。
人生だって同じこと。
今がどんなに辛い冬だって、春はきっとやってくる。

暖かい風をうけ、花の香に生気を蘇らせる・・・
そんな春を待ち望む。

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