特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分
特殊清掃「戦う男たち」
Telephone shocking
食べ物と飲み物・日用消耗品以外、普段は買い物らしい買い物をしない私。
ウィンドウショッピングの類もかなり苦手。
そんなことをする時間があるなら、家で寝ていたいタイプ。
そんな具合だから、服や靴も、何年も同じものを身に着けている。
「アイツは、いつも同じ格好をしているな」と、私の身近でそう思っている人も多いだろう。
ダサい服装が全く気ならないわけでもないけど、センスのない私には充分に我慢できるレベル。
芸能人やファッションモデルでもあるまいし、そんなこと考えること自体が面倒臭い。
また、人にはそれぞれの趣味嗜好があって当然だけど、自意識過剰が自己満足を着て歩いてるような人を見かけて、滑稽に思うこともある。
美人タレントのファッションや髪型・化粧を真似てるんだろうけど・・・中身がともなってないんで・・・
そんな厳しい現実にもへこたれない姿は、神々しいくらい?
それにしても、服って、なかなか痛まない。
作業服ならいざ知らず、私服が着られないくらいまで傷むには、一生かかるんじゃないかと思うくらい。
だいたいの人は、物理的な障害よりもサイズと流行によって買い換えているのだろう。
しかし、体型も変わらず流行にも疎い私は、服を買い換える必要もなく・・・だから、何年も同じ様な服装でいるのだ。
そんな私も一昨日、ある買い物をした。
〝ある買い物〟だなんてもったいをつける程の買い物でもないんだけど・・・携帯電話を買い替えたのだ。
まずは、街のショップに行ってみて価格にビックリ!
ほとんどが五万円代、ランクを落としても三万円代。
次に機能に仰天。
カメラ・ビデオや映像・音楽は当たり前、店の人が色々と説明してくれたけどほとんど理解できず。
PC化する携帯に、どんどん取り残されていっている。
私が使う機能は、通話とメール、時計と電卓。
情報を取るにしても、渋滞情報と天気予報くらい。
ま、何と言っても、一番はブログ制作か。
そんな程度だから、私に最新機種は必要ない。
どちらにしろ、最初から旧型を買うつもりだったので、結局、数千円の旧モデルを購入。
また、使い方が大きく変わると困るので、引き続き同系にした。
それでも、微妙に違っていて、完全に手・頭に馴染んでいた前機種に比べると使いにくい。
ま、そのうちに慣れていくんだろうけど。
最初の030アナログ通信のリース機から数えて、多分、これで7台目になると思う。
前の機種は、約二年半使用。
色んな現場に持って行き、色んな所に落っことした。
末期の頃は不具合も多く、外観はキズだらけ、バイブは不動、ボタンは軋んでいた。
一番困ったのは、いきなりダウンすること。
私は、ブログ制作に携帯を使っているので、打っている途中でのダウンには結構なショックを受ける。
特に、完成間際にダウンされてしまうと、全てが消去。
そうなると、最初から打ち直さなければならなくなるわけで、面倒臭くてたまらない。
同じ内容で書くと頭が煮詰まってくるので、その場合は内容を変えて書き(打ち)直すことが多かった。
しかし、これからしばらくはそんな災難に遭わなくても済みそうで、気が楽だ。
これは、前の機種を買い換えて間もない頃の話。
ある日、電話会社からの発信を思わせるメールが届いた。
何の気なしにそのメールを開けると、それと同時に何かを受信。
そこには、〝登録完了〟とのメッセージが・・・それは、ワンクリック詐欺の類であることはすぐに分かった。
しかし、後ろめたいことが何もない私に不安はなく、逆に、他人事だと思っていたことが自分の身に起こったことに、社会の一員に加えてもらったような満足感?を覚えたくらいだった。
そして、それを機に、私の携帯には、有料サイトの利用料を請求するメールが届くように。
しかし、身に覚えが全くないのでことごとく無視。
すると、ある日、不審な男が携帯に電話を入れてきた。
男は、高圧的な口調で私にプレッシャーをかけ、法外な代金を請求。
私は、「とうとう電話までしてきたか」と、ちょっと愉快に思った。
そして、
「どちらにおかけですか?」
「何のことかさっぱりわかりませんが」
と、のらりくらりと男の口撃をかわした。
その世界にも営業ノルマがあるのだろうか、それでも、しつこく食い下がる男。
しかし、私は反応らしい反応もせず、冷笑を最後に男が喋るままを返事もせずに放置。
しばらくそのままにしていると、電話は勝手に切れた。
そして、それから、その類のメールや電話が入ることはなかった。
現場のアパートに着いたのは、薄暗くなりかけた夕刻。
亡くなったのは中年の男性、依頼してきたのはアパート大家の年配男性。
故人の死を悼む気持ちはほとんどなさそうで、〝まったく迷惑な!〟と言わんばかりに嫌悪感を露わにしていた。
「まったく!とんだことになっちゃって・・・」
「中は見ました?」
「見るわけないだろ!」
「・・・」
「早く何とかしてよ!」
「はぁ・・・」
男性の嫌悪感は、だんだんと怒りに変化。
語気を荒げてヒートアップしてきた。
「とりあえず、中を見せて下さい」
「俺は入らなくてもいいんだろ?」
「ええ」
「しかし、大変な仕事だねぇ」
「まぁ・・・」
「よろしく頼むよ」
嫌悪感か恐怖感か、男性は、手袋とマスクを準備する私に鍵を渡して小走りに遠退いて行った。
故人が倒れていたのは浴室。
幸い?浴槽に浸かった状態ではなかったけど、汚染は床一面に広がっており、大きく成長したウジが呑気に徘徊。
古い造りのため、作業には一手間も二手間もかかることが想定された。
「どおだった?」
「ん゛ー、かなり厳しいですね」
「と言うと?」
「原状復帰・・・次に貸すためには内装工事までやらないとダメですね」
「そんなにヒドいの?」
「えぇ・・・」
「まいったなぁ・・・もお!」
「・・・」
男性の中は、この災難への怒りと悲しみが混在。
その解決をどこに求めるべきか、考えているようだった。
「とにかく、このまま放置はできないよ」
「ですね・・・」
「何とかしてよ」
「はい・・・」
「かかる費用は、保証人にキッチリ払わせるから!」
「時間も時間ですから、応急処置くらいしかできないかもしれませんけど、できる限りのことはやります」
「俺は家に帰ってるから、終わったら連絡くれる?」
「わかりました」
私は、手早く装備を整えて、作業にとりかかった。
私の登場に異変を感じた浴室のウジ達は、隅に向かって一斉に移動。
しかし、時は既に遅く、呆気なく特掃隊長の餌食に。
暗くなっていく窓に時間の経過と孤独を感じながら、私は、狭い浴室での作業を黙々と進めていった。
〝プルルル・・・プルルル・・・〟
静まり返った暗い部屋から、いきなりの電子音。
シーンとした暗闇に物音がすると、誰でも驚くはず。
しかも、そこは人が死んでいたアパート、時は夜。
私の心臓は、一瞬、凍りついた。
「なんだ、電話か・・・ビックリしたぁ!」
それは、部屋の電話が鳴る音だった。
「誰だろう・・・」
家の者でもない私がでる筋合いもないし、特掃中の私の手はかなり危険な状態になっていたので、そのままやり過ごすことにした。
「お!留守電になったぞ」
少しすると、コール音は留守電のメッセージに切り替わった。
「もしもし、〓〓だけど」(友達かな?)
「△△さん、居るんだろ?」(いないよ)
「いい年して、居留守なんて幼稚なマネはやめなよ!」(だから、いなくなったんだってば)
「このままだと、□□さんにも迷惑をかけることになるよ」(どちらにしろ、そうなるかもよ)
「そっちに押し掛けてもいいのか!?」(今はやめといた方が・・・)
「そんなんじゃ、ロクな死に方しないぞ!」(そんなこと言っていいのかなぁ・・・)
話の内容は、電話の向こうの男性と故人と間に何らかのトラブルがあるようにしか聞こえず。
そして、生前の故人は誠意を持って対応していなかったよう。
電話の男性は、超能力的な捨て台詞を吐いて、叩くように電話を切った。
「〝ロクな死に方はしない〟って・・・この孤独死を知ったら、言った本人もビックリするだろうな」
私は、顔の見えない電話の男性が、故人の死を知って青ざめる様を思い浮かべ、人が持つ口の軽率さを自分に戒めた。
そして、止まっていた汚手を再び動かし始めたのであった。
何につけても、電話は便利。
生活には欠かせないアイテムだ。
携帯電話にいたっては、生活必需品を通り越して中毒のように身体から離せなくなっている。
そして、気がつくと、携帯電話の指示で動く奴隷のようになっている。
その利便性に、判断力や思考力・誰かと面と向かって話すコミュニケーション能力を削がれていることに気づくことなく、携帯依存症は進行しているのだ。
私の場合、プライベートより仕事の用で使うことが圧倒的に多い携帯電話。
手放したくても手放せない・・・しかし、ホントに手放してみると、かつて経験したことのないくらいの、爽快な開放感が得られるかもしれない。
そんなことを考えながら、新しい携帯に四苦八苦しながら文字を打ち込んでいる私である。