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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

カワの味

だいぶ暖かくなってきたせいか、川でマリンスポーツを楽しむ人を見かけるようになってきた。
その光景は、いつも仕事中、車での移動で橋を渡るときに見かける。
別にマリンスポーツをやりたい訳ではないのだが、その〝余裕〟をいつも羨ましく思いながら眺めている。
〝余裕〟とは・・・つまり、経済的余裕と時間的余裕。

〝マリンジェット〟とか言う水上バイクは、買うと結構な金額しそう。
購入費用だけではなく付属備品費や維持管理費もかかるのだろう。
それに、近場で気軽に遊べるものでもないから車も必要だし、その移動経費もバカにならないのではないだろうか。
また、仕事帰りの夜に遊ぶわけにもいかないだろうから、休暇もきちんと必要。
となると、〝お金と時間にそれなりの余裕がある人でないとできない遊び〟ということになる。

ただ、気になることが一点。
東京界隈の川は、一昔前から汚く濁りきっている。
飲用はもちろん、そのまま生活用水に使えるような代物ではない。
汚物に縁の深い私がそんなことを気にするのも滑稽かもしれないけど、〝汚水に身体を浸すことに抵抗はないのだろうか〟と思う。
また、それが目や口に入って、病気になったりしないのだろうか心配になる。
・・・金や時間の問題はさておき、そんな軟弱な人間は、アウトドアスポーツをやる資格はない?

〝川→かわ→皮〟と話は変わる。

私に縁のある皮は、やはり人の皮。
人の皮は薄くて弱い。
日焼けした後に剥ける皮を見ればわかると思う。
遺体の皮も、それと同様。

その昔、死体業初心者だった頃、不用意に遺体に触れて皮を剥がしてしまったことが何度かある。
表向き、変色や膨張といった腐敗現象が見られないからと言って、皮膚が生前の状態を保っているとはかぎらない。
不可抗力なケースがほとんどながら、中には、自分の判断ミスで皮を剥がしてしまったことがあったのだ。

剥がれてしまう部分で多かったのは、胴体や腕。
死後処置や着せ替えをするとき、弱くなった皮膚はどうしてもズレてしまいやすい。
注意はしてても、〝気づいたら剥けていた〟なんてこともあった。

そんな中で、最も注意が必要なのは顔。
顔は、火葬の直前まで露出させておく部分だから、何かあると一番目立つ。
だから、灰になる迄の間は、できるかぎりきれいに保つことを遺族は望む(本人も望んでいる?)。
しかし、不幸にも、その遺族が故人の顔にキズをつけてしまうことがある。
悲しみの中、故人を労る気持ちで顔に触れたら、皮膚がズルッ!・・・
そうなると、遺体よりも遺族の方が顔面蒼白。
遺族にとって、何とも後味の悪い葬式となってしまうのである。

皮ネタでもう一つ。
(遺体ネタの後にこのネタは不謹慎?)

食べ盛りのメタ坊に居座られている私は、大の肉好き。
懐の具合が悪くなるので焼肉屋に行くことは滅多にないけど、懐に優しい焼鳥ならたまに食べることがある。
それでも、大食いの私はまとまった本数を食べないと気が済まないので、結構な出費になってしまう。
ただ、いくら安くても、スーパー等にある激安の焼鳥は買わない。
タレに浸かった状態で凍らされ、駄菓子のような値段で売られているヤツだ。
何度か食べたことがあるけど、あまり美味しくないし、その値段で儲けがでていることに良からぬ疑念を覚えるのだ。
しかし、〝値段が食の安全を担保している〟なんて安易に信じていること自体が浅はかなことかもしれないけどね。

種類は色々あれど、焼鳥って一通り美味い。
しかし、あまり食べないように心掛けているものが一つある。
〝皮〟だ。
アレも美味いことには違いがないのだが、所詮は脂の塊。
ワガママになりやすいメタ坊を甘やかさないように、心掛けている。
〝舌の味方は身体の敵〟と言うわけだ。

ある冬の日。
その日に予定していた仕事を終え、帰社しようとしているところに、急な仕事が入ってきた。
「一刻も早く来てほしい!」との要請に、私は車の進路を変えて現場に急行した。

現場は公営団地の上階。
建物の前では、中年の女性が私の到着を待ちわびていた。

「お待たせしました」
「すいません・・・急にお呼びだてして」
「いえいえ・・・寒い中、随分待たれたんじゃないですか?」
「近くの喫茶店にいましたから、大丈夫です」
「では、早速ですが、部屋の中を・・・」
「お願いします」
私は、古びたコンクリート階段を、女性の後に続いて上へ。
ゆっくりと歩を進めながら、現場の状況を聞いた。

「ところで、亡くなってたのはどこですか?」
「お風呂みたいです」
「〝お風呂〟ですかぁ・・・」
「えぇ・・・」
「浴槽の中ですかね?それとも・・・」
「中みたいです」
「〝中〟ですかぁ・・・」
「はい・・・」
「〝みたい〟ということは、中をご覧になられてないんですね?」
「えぇ・・・」
それまでにも、汚腐呂に散々痛い目に遭わされてきていた私の頭には、イヤ~な映像が急浮上。
現場を見ないうちからアレコレ思案しても仕方ないのに、マイナス志向の私は、悪い方ばかりに考えが向いて胃が縮み上がりそうになった。

「大変申し訳ないのですが・・・」
「はい?」
「私は中に入れない・・・入りたくないんですけど・・・」
「あぁ、それは構いませんよ」
「いいですか?」
「ただ、貴重品類は大丈夫ですか?・・・もちろん、余計なモノには手を触れないお約束はできますけど」
「いえいえ!その辺は全く心配してません・・・警察の方が目につく財布や現金などは渡してくれましたから」
「そうですか・・・そういうことでしたら大丈夫です」
私は、専用マスクと手袋を装着し、女性から鍵を預かって玄関ドアを開錠。
〝行ってきます〟と女性に会釈をして、一人で中に入った。

「風呂場はこっちか・・・」
部屋の空気は冷えきり、当然、人気もなし。
そんな中にも、ほんの何日か前まで人がいた気配を感じながら浴室を探した。

「ここだな!」
浴室の前に到着すると、おもむろに扉をオープン。
室内のあちこちに残留する故人の皮を横目に、恐る恐る浴槽の中を覗き込んだ。

「なんだ!?」
そこに、溜まっているはずの水らしきモノは見えず。
〝カーキ色〟と言えばいいのだろうか、くすんだ深緑色の膜が水面のあるべきところを覆っていた。
それは、脂でもなさそうで・・・
何と説明すればいいのだろう・・・
あえて言うと、深めに焼いた焼プリンの表面をその色にした感じ。
汚腐呂通の私でも、その下がどうなっているのか想像もつかなかった。

「部屋もご覧になってないわけですから、当然、浴室をご覧になってるわけありませんよね?」
「も、もちろんです!」
「できたら、掃除前の状態を見ておいていただきたいんですけど・・・」
「それは・・・ちょっと・・・」
「お金のかかることですから」
「いやいや、全部お任せしますので、よろしくお願いします」
「そうですか・・・では、作業が終わったら電話しますので、喫茶店かどこかで待っていて下さい」
「はい・・・」
結局、女性に現場を確認してもらうことなく、そのまま作業を開始することに。
私は、装備を整えて、再び現場に向かった。

先に取りかかったのは、皮の除去。
乾いているものはペリペリと、そうでないものはヌルヌルとした質感。
それらの一切合切をテキパキと剥離させた。

私は、水面を覆う緑色の被膜が何なのか、興味津々。
掃除道具でつついてみると、結構固い。
強く押して破ってみると、その裂け目からはコーヒー色の液体が漏出。
その透明度から、故人の長湯がどのくらいのものだったのかが想像できた。

よく観察してみると、汚腐呂としてはライト級であることが判明。
私は、そう手を焼くこともなく順調に作業を進めた。
しかし、結局、その被膜の正体は最後までわからないままだった。

作業を終え、女性に電話しようと外にでると、既に女性の姿はそこにあった。
「今、終わったところです」
「ありがとうございます」
「ひょっとして、ずっと外で待たれてたんですか?」
「他人にこんなことやらせておいて、私一人ぬくぬくとしている訳にはいきませんよ」
「そんな・・・恐縮です」
「で、どうです?」
「ニオイは少し残ってますけど、きれいになりましたよ」
「そうですか・・・よかったぁ」
「ご覧になります?」
「・・・まだ、ちょっと・・・」
掃除が終わっても、女性は現場を見るのを躊躇った。
私が念のために撮ってきたデジカメ写真も、〝見たくない〟と固辞。
しかし、それ以上、強要できるものでもなく、私はそのまま引き下がった。

「むき出しで失礼かもしれませんが、夕飯の足しにでもして下さい」
「いやぁ・・・お気持ちだけで・・・」
「そうおっしゃらずに・・・とっておいて下さい」
「それにしても、こんなには・・・」
「いいんです、どうぞ!どうぞ!」
「そ、そうですか・・・では、遠慮なく・・・」
「私の気持ちですから」
「恐れ入ります」
別れ際、女性は財布から一万円札を取り出し、私に差し出した。
社交辞令として一旦は固辞しつつ、最終的にはありがたく頂戴した。
欲しがらない口と欲しがる腹・・・そのイヤらしいギャップが自分でも可笑しく、ちょっと恥ずかしかった。

「さてと・・・仕事は無事に終わったし、臨時収入もあったし、奮発して美味い焼鳥でも買って帰るかな」
寒風吹きさらす夜闇の中、女性の笑顔と臨時収入に顔をほころばせながら現場を後にしたのだった。

・・・
ん?〝焼鳥〟と言えば・・・
そうだ!まだアノ話が残ってたね。
それは、また次回。

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