Home特殊清掃「戦う男たち」2008年分ぽっぽっぽ(完結編)

特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

ぽっぽっぽ(完結編)

「先日は、どうもありがとうございました」
しばらく経ったある日、再び、男性から電話が入った。

「こちらこそ」
「一段落ついたんで、そろそろ、一階も片付けようと思うんですが・・・」
「そうですか」
「また、一度、現地に来ていただけますか?」
「では、作業の準備を進めておきますね」
「いや、そうじゃなくて・・・」
「は?」
「とりあえず、来てもらいたいんです」
「???」
男性は声のトーンを一段落とし、何かを思いつめたように話を続けた。

「実は・・・」
「何か?」
「姉は、あんなゴミ屋敷にしたにも関わらず、〝全部いるモノ!〟〝捨てるモノなんかない!〟って言い張るんですよぉ・・・」
「あ゛ー、よくあるパターンですねぇ」
「かと言って、あのまま放置しとくわけにもいかないでしょ?」
「そうですねぇ・・・」
「どうしたもんでしょぉ・・・」
苦情を寄せる近隣住民や家主女性の先々を考えると、その家をそのまま放置しておくわけにはいかず。
そうは言っても、所有権者である女性の反対を圧してまで片付ける力はなく。
男性は、困り果てた様子だった。

「それはそうと、元気に回復されたんですか?」
「お陰様で・・・」
「それはよかったですねぇ」
「ただ、さすがにアノ年でしょ?・・・頭はシッカリしてても身体がダメなんですよ」
「はぁ・・・」
「退院したってアノ家での独り暮らしは無理です」
「んー・・・」
「かと言って、私が引き取って面倒をみることもできませんし・・・」
「・・・」
「まぁ、どちらにしろ、身体がシッカリしてたって、あのまま(ゴミ屋敷)じゃ暮らせやしませんけどね」
家主の女性(男性の姉)は、入院療養の甲斐あって順調に回復。
しかし、その後の身の振り方や生活には難題が山積していた。

「だから、退院したら、そのまま老人施設に入れるしかないんですよ」
「それしかないのかもしれませんね」
「と言うことは、あの家にはもう戻らないということですから、必需品だけ残してあとは全部処分したっていいはずなんです」
「なるほど・・・」
「〝いるモノ〟と〝いらないモノ〟をいちいち選別してたら、片付くものも片付かないと思うんですよね」
「おっしゃる通り・・・〝使えるモノ〟と〝使わないモノ〟は違いますからね」
「あと、あんなボロ家にあのゴミでしょ?近所の人は、鳩害だけでなく火の気も心配してるんですよ」
「確かに・・・火事なんかだしたら苦情だけじゃ済まされませんからね」
「でしょ!?だから、そのまま放っておくわけにはいかないんです」
男性の身は、少々の障害があっても家をきれいに片付けなければならない境遇に置かれていた。

「しかし、姉がそれを了承しなくてね・・・困ったもんです」
「強硬に拒まれてます?」
「きちんとは話せばわかってくれるかもしれませんけど、今のところ拒否してます」
「そうですかぁ・・・」
「何かいい手ありませんか?」
「すぐには思いつきませんねぇ」
「こういったケースの御経験は随分積んでおられるでしょうから、姉をうまく説得してもらうわけにはいきませんか?」
「は?私がですか?」
「はい・・・」
「説得できる自信はありませんけど・・・〝失敗しても責任は問わない〟ということでしたら、やれるだけやってみますけど」
「それで構いませんから、よろしくお願いします」
男性は、女性を説得するための援護射撃を私に要請。
私はそれを断る理由もないので、逃げ道を確保した上で引き受けた。

「ところで、ベランダの鳩はどうなりました?」
「あれ以降、あのまま放ってますよ」
「随分と環境が変わってしまいましたけど、無事でしょうかねぇ」
「どうでしょうねぇ」
「卵がどうなったか、気になりまして・・・」
「そろそろ孵る頃?・・・それとも、もう孵ったかな?」
「そうかもしれませんね」
私は、女性を説得しなければならなくなったことへのプレッシャーを感じつつ、それよりもベランダの鳩のことが気になっていた。
それから、私は、再び現場に出向くことになり、女性が病院から外出許可をもらえる日に合わせて予定を立てた。

「無事にいるかな?」
その日、先に現場に到着した私は、まず二階のベランダに目をやった。
ただ、外からは何も見えず。
鳩親子が無事でいるかどうかは、確認できなかった。

「どんな人だろうなぁ」
私は、男性達が現れるのを待ちながら、家主女性の風貌・キャラクターを想像。
いい加減な先入観で、かなり濃いキャラの女性像を作り上げた。
また、当初は、亡くなったものと思い込んでいたことを思い出して苦笑した。

しばらくすると、一台の乗用車が徐行接近。
運転席には男性の姿があった。
後部座席にも人の姿。
その人が家主女性であることはすぐに分かった。

「どうも、お待たせしました」
男性は車を降りて私に会釈し、それから後席の女性を支えながら降車させた。
そして、二人は、玄関前に立つ私の方へゆっくりと歩いてきた。
そして、女性は長居ができないため挨拶は簡単に済ませ、男性が急ぐように本題を切り出した。

「見なよ、姉さん」
「・・・」
「こんなにゴミだらけにしちゃって?」
「・・・」
「これを片付けないでどおすんの!」
「使えるモノがたくさんあるの!」
「いつ使うってんだよ!」
「・・・」
「墓に衣は着せられないんだぞ!」
「そんなこと言うんなら、私が死んでから片付ければいいじゃない!」
「ぐ・・・」
「でしょ!?」
「周りに迷惑をかけてるのがわからないのか!?」
「迷惑なんかかかってません!」
「実際、近所の人達は〝迷惑だ〟と言ってるんだぞ!」
「そんな話、聞いたことないわよ!」
二人の会話は次第にヒートアップ。
女性は、身体は弱めていても口は負けず劣らず。
男性と互角の勝負。
人の生死を絡めた二人のやりとりには他人が入り込む余地はなく、私は、黙って聞いているしかなかった。

「アタシが死んだら、この家も土地もアンタにあげるんだから、やるんだったらそれからにしなさいよ!」
この一発で、男性はTKO。
命を切り札にした女性の勝利で、試合は終了。
そして、男性は私に〝選手交代〟のサインを送ってきた。

第二試合の相手は私。
他人への礼儀を考えてのことだろうか、男性に対するような押しの強さは出さず、私には冷静かつ礼儀正しく応対。
そんな理性的な態度に、私は少しは安心した。

「二階のベランダに鳩とその卵があるんですけど・・・」
「は?何ですか?」
「ベランダに、鳩の巣があるんです」
「鳩!?」
「そうです・・・」
「私は知りませんよ・・・鳩なんて」
「ご存知なかったですか?」
「えぇ・・・鳩なんか飼ってませんよ」
「そうじゃなくて、野生の鳩が二階に住み着いているんです」
「今も?」
「そのはずですが、お気づきにならなかったですか?」
「えぇ・・・もう何年も二階には上がってませんからね・・・」
女性は、悪意があるわけでも、トボけている風でもなく。
二階に鳩が巣作っていたことなんか、本当に気づいていないようだった。

「で、どうします?」
「殺しちゃ、可哀想でしょ」
「まぁ・・・それはできませんね」
「そのままにしといたら?」
「近所迷惑になりますからねぇ・・・」
「どうしましょう・・・」
「ん゛ー・・・」
「どうしたらいいですか?」
「とりあえず、どうなってるか確かめにベランダを見てきますよ」
私は、少し緊張しながら二階へ。
そして、ガラスに顔を近づけて窓越しにベランダを眺めた。

「アラ?・・・」
あの日と同じ巣はあったものの、鳩もおらず卵もなく空っぽ。
よく見ると、草や樹の小枝で組まれた巣も崩壊寸前。
また、新しい糞はなく、鳩が出入りしているような形跡もなかった。

「どうでした?」
「いなくなってました・・・」
「???」
「この前は確かにいたんですが、どこに行ったのか・・・」
「いない方がいいわけでしょ?」
「えぇ、そりゃまぁ・・・お騒がせしました」
私は、一人でテンションを上げていた気恥ずかしさと鳩親子が忽然と姿を消した寂しさが入り混じって、妙に消沈してしまった。

「ところで、家の中の荷物なんですけど・・・」
「・・・」
「弟さんが言われるように、少しは片付けた方がいいと思うんですよ」
「・・・」
「このままでは、戻って来ても生活することができませんし」
「そうか・・・そうですよねぇ・・・」
女性は、消えるような声で返事をして黙り込んだ。
そして、その難しい表情が、女性の心情を如実に表していた。

現実として、退院した女性がこの家で再び独り暮らしをすることは極めて困難。
それが自分でも分かっている・・・しかし、その現実を受け入れたくない気持ちもある。
そこは、自分の力で建てた、思い出も愛着も誇りもある家。
自分の老い先が長くないことを知りつつも、元気になって自宅に戻る希望も持ち続けていたい・・・そこに他人には理解できない葛藤があることが感じ取れた。
その上で、元の生活に戻る希望に賭けたのか、女性は、ゴミを片付けることに同意した。

女性を先に車に乗せてから、男性はまた私のところに来た。
「お陰様で、やっと片付けることができます」
「お役に立てて、よかったです」
「本人は、この家に帰ってくる気になってるみたいです」
「切ない気もしますけど、それが希望になれば何よりですね」
「それはそうなんですけど、現実的には・・・」
「やはり、厳しいですか・・・」
「えぇ・・・」
「今度は、〝施設には行かない!〟〝家に帰る!〟って揉めますかね」
「まったく、頭が痛いです」
「お察しします」
「でも、まぁ、あれでも私の姉です・・・子供の頃はよく可愛がってくれた姉ですから・・・」 「・・・」
「喧嘩できるのも生きてるうちですから、できる限りのことはやってやりますよ」
男性は、溜め息の中に何かを達観したような笑みを浮かべた。

話がついて、その場は解散。
玄関に鍵をかけ、名残惜しそうに家を眺める女性に、時の移ろいと人生の儚さを見るようだった。
また、生命を失って朽ちた鳩の巣が、この家の近い将来を暗示しているようで、何とも言えない寂しさと切なさを覚える私だった。

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