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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

火炎(前編)

世の中には、恐いこと・怖いものがたくさんある。
地震・雷・火事・親父
死・事故・ケガ・病気・
・・・ある種、〝人間〟もその類に入るかも。
それらには、人的なものもあれば自然的なものもある。
自然的なものの代表格は、やはり地震か。

日本は地震大国。
特に、私がいる関東は地震が多い。
〝地面は動かない〟という前提で暮らしているのに、それが揺れるのだからたまったものではない。
ただ、小地震が頻発する中に暮らしているので、無意識のうちに〝地震慣れ〟している。
グラッときても、
「また地震かぁ・・・ま、たいしたことないだろ」
なんて、ナメてかかっている。

子供の頃は、学校の防災訓練で習った通りテーブルの下に隠れたりしたものだが、結局、今まで大地震に見舞われたことがないため、今では避難の初動さえしなくなっている。
挙げ句の果てには、少し大きく揺れたり揺れがなかなか治まらなかったりすると、
「ジタバタしたって無駄!」
「自然が相手じゃどうしようもない」
「ここで死んでも、それが俺の運命だ」
なんて、妙に開き直ったりなんかして。
でも、そんな人間に限って、いよいよの時はなりふり構わず、みっともないくらいに狼狽えるんだよね。

何はともあれ、地震に遭遇すると、自然に対して人間は小さく無力であることを痛感させられる。

人為的なケースが多いのだろうが、火事も怖い。
幸い、私自身は火事をだした経験はないけど、火事の恐ろしさを感じたことは何度かある。
数はそんなに多くはないけど、特殊清掃撤去作業の一つとして、火災跡の片付けや消臭消毒を依頼されることがあるのだ。

その昔、初めて行った火災跡には衝撃を受けた。
煤臭さ・煙臭さが充満する室内は真っ黒。
家財生活用品は火事前の形をとどめず、元が何だったかもわからない状態。
何もかもが、ボロボロのゴミにしか見えず。
直接燃えてないところまで煤で真っ黒、熱で変形・変質。
天井も壁も床も煤だらけ、家財生活用品も燃えカス状態。
電気・ガス・水道などのライフラインも完全に遮断。
「ここまでイッちゃうのか!」と、ヒドく驚かされたものだった。

ある日の朝、火災現場の跡片付けを相談する電話が入った。
電話の向こうの女性は三十を過ぎたくらいの年齢に感じられたが、災難に遭ったせいか、声に張りがない。
どうも、関係各所にあたった末に、うちにたどり着いたようだった。
しかし、対する私は、現場を見ていないので大まかな返答しかできず。
細かいアドバイスをするには、現地調査が必要であることを伝えた。
結局、女性は火事で脚に火傷を負っていたため、現地調査の日取りは、そのキズが癒えてからあらためて決めることになった。

それから数日後、その女性から再び電話が入った。
まるで別人のように、前回の電話よりも声は明るく「脚の火傷も普通に歩けるくらいまで回復した」とのこと。
私達は、日時を合わせて現地で待ち合わせることにした。

現場は、狭い路地が迷路のように入り組んだエリアに建つ賃貸マンション。
一階入口には小さなエントランスがあり、私は、そこで女性が現れるのを待った。
それから程なくして、想像していたよりも更に若い感じの女性がやって来た。

「ご苦労様です」
「こんにちは・・・大変でしたね」
「ええ・・・」
「電話で伺ったこととダブるかもしれませんけど、簡単に中の状態を教えて下さい」
「はい・・・」
女性は、思い出したくなさそうに表情を曇らせたが、それでは私の方は仕事にならず。
私は、作業に必要と思われることを気を使いながら尋ねた。

女性は、一人暮らし。
その夜、いつものように一人で晩酌。
ホロ酔いの中、適当にふかしていた煙草をきちんと始末せずに寝入ってしまった。
その火が何かに引火、そのまま周囲に延焼。
女性が気づいたとき、火の手は足元にまで及んでおり、完全に手遅れの状態。
瞬時に消火を諦め、煙が充満する視界ゼロの中を四つ足で脱出。
モウモウと上がる黒煙・狂気乱舞する炎・静かな夜を切り裂く消防車のサイレン・・・
「逃げ出せた後も、しばらくは生きた心地がしなかった」
と、女性は興奮気味に語った。

女性は、ヘビースモーカーというわけではなく、昼間は〝ほとんど・・・〟と言っていいほどタバコを吸わず。
その嗜好度は、やめようと思えばいつでもやめられる程度。
ところが、夜、酒を飲むと無性に吸いたくなり、晩酌をしながらの一服は長年の習慣になっていた。
ただ、キチンと灰皿を使っていたし、それまで危ない目にも遭ったことがなかったため、火事に対する危機感はほとんど持っておらず。
その油断が、この惨事を引き起こしたのだった。

火事をだすと、被害はその家だけでは済まされない。
仮に、直接的な延焼は免れたとしても、近隣の住宅は煙・煤・汚水・悪臭などの害を被る。
それが集合住宅なら尚更のこと。
特に、現場の上下階には甚大な被害をもたらす。
それは、家財・生活用品や建物だけではなく、他人の生活をも破壊することもある。
また、場合によっては、命まで奪うことになりかねない。
それが分かってのことだろう、エントランスを通る他の住人は我々を眼中に入れることなく素通りしていのだが、女性は行き交う人々に対してオドオド。
他人に迷惑をかけてしまった罪悪感と顰蹙をかっているいたたまれなさに焦心しているようで、人が通るたびにビクビクと顔を俯かせた。
〝それも本人の自己責任〟と言えばそれまでのことだったけど、私は、そんな女性を気の毒に思った。

「ところで、ケガはもう大丈夫なんですか?」
「ええ・・・でも、最初はヒドかったんですよ」
「そうですか・・・」
「でも、足だけで済んでよかったです・・・しかも、比較的軽かったんで」
「そうですね」
女性は、目立つところに負傷しなかった幸運に微笑。
片足の脹ら脛を愛おしそうに何度もさすった。

「軽傷で済んだのは何よりなんですけど、逃げるのが精一杯で、大事なものは何一つ持ち出せなかったんですよ」
「でも、自分の命を持ち出せただけ御の字じゃないですか!」
「そう・・・ホントそうですよ!」
「ホント!ホント!」
女性は、災難の中にあって命を落とさなかった喜びを強調。
笑顔の上に笑顔を重ねた。

「ただ・・・」
「は?」
「飼っていた猫がいまして・・・」
「え゛っ!?」
「あの時、必死に呼んだんですけど、出てこなくて・・・」
「と言うことは・・・まだ、中に?」
「た、多分・・・」
「・・・」
女性の明るい表情は一転、今にも泣き出しそうに。
同時に、私の頭にイヤな予感が、背中には冷たい悪寒が走った。

「申し訳ないのですが・・・」
「はぃ・・・」
「その猫を探し出していただきたいんですけど・・・」
「はぁ・・・」
「無理ですか?」
「無理かどうかはやってみないとわかりませんけど・・・」
私の悪い予感は的中。
悪寒は、現実のものへとかたちを変えつつあった。

「なにせ、中は真っ黒で、残骸の山ですからねぇ・・・」
「ダメですか?」
「探し出せる約束はできませんけど、やれるだけのことはやってみましょうか」
「ありがとうございます」
探し出せる自信もなかったし探し出したくもないような心境だったが、私に断る術はなく・・・
何はともあれ、とりあえず現場に入ることにした。

玄関付近には、火災跡の独特のニオイが停滞。
周辺の壁には、煙が吹き上がった流れに沿って黒い煤汚れが広がり、そこが火災現場であることは誰の目にも明らか。
私は、重く軋むドアを引いて、中に足を踏み入れた。

「あ゛ー・・・やっぱ、こんな感じか・・・」
予想通り、2DKの室内は真っ黒・真っ暗。
寝室らしき一室は全焼、上下・前後・左右ほとんど炭と灰と煤。
もう一室と台所は、煤と熱で完全に崩壊。
猫の件があったので、私は、注意深く懐中電灯を動かした。

「こりゃ、全然ダメだな」
部屋の中は瓦礫の野と化し、使えそうなものは一切見当たらず。
財産を一瞬にしてガラクタにする火事の怖さをあらためて思い知らされた。

「ネコちゃ~ん」
微妙に震える声で呼び掛けたが、当然のように反応はなし。
部屋で生き残っている可能性が極めて低いことはわかっていたけど、〝ひょっとして、女性の気づかないところで脱出を果たしているかも〟と淡い期待を抱きながら、ゆっくり部屋を進んだ。

「あ゛!」
懐中電灯の光は、燃えカスの中に動物の身体らしきものを発見。
黒く汚れたそれは、明らかに動物に見えた。

猫の死骸を片付けるのは慣れてはいたけど、何度やっても、嫌悪感に近い緊張感は湧いてくる。
その時も、作業服の下にブツブツと鳥肌が立っていくのが自分でもわかった。
ただ、いちいち自分の好みに口を挟ませていては仕事にならない。
私は、自分の頭と身体を機械化して目的物に接近。
手の先を見ないようにしながら腕を伸ばした。

「うへぇ・・・」
どこの部位がわからないけど、触った感触は柔らか。
腐乱していればグズグズ、そうでなければ死後硬直でカチカチのはず。
しかし、それは、そのどちらでもなく弾力のある柔らかさがあった。

「どおすっかなぁ・・・」
依頼された作業は単純なもの。
私は、考えることなんか何もないのに、その場に硬直。
腰が引けているのが自分でもわかるくらいに、精神のバランスが崩れかかっていた。

「お゛りゃッ!」
私は、頭を真っ白にして手をパーに。
そして、目を閉じて一気にグー。
それを引き上げながら、心にチョキをだした。

「はへ? 」
予想を超えた軽さにビックリ。
私は、薄目を開けながら、それに懐中電灯を向けた。

「???」
すると・・・それは、ぬいぐるみ。
汚れて見窄らしくなった、ただのぬいぐるみだった。

「カーッ!紛らわしいなぁ・・・もおっ!」
ビビっていた分の反動が、やり場のない苛立ちになって噴出。
同時に、緊張の糸は切れて身体の力が抜けてしまった。

それからしばらく探索を続けたものの、時間経過とともに気力が消失。
私は、適当なところで探索を打ち切り、エントランスに戻った。

「だいたいの状況はわかりました」
「はい・・・」
「一日いただければ片付きますよ」
「そうですか・・・よかったぁ」
「あと、猫ですけど・・・」
「はい・・・」
「一通り見てみましたけど、ちょっと目につきませんでしたね」
「・・・」
「何かの陰に入り込んでるのかもしれませんし・・・残骸を片付けながらでないと見つけるのは難しいと思いますよ」
「・・・」
私は、〝できる限りのことをやった〟という自負心のないまま、次の作業を提案。
消沈する女性の顔に猫の最期が重なり、何ともブルーな気分になった。

「どこに頼んでも断られまして・・・」
「まぁ、火災現場は普通の片付けのようにはいきませんからね」
「はぃ・・・」
「実際、作業を嫌がるところは多いですよ」
「ここは、猫の件があるから尚更で・・・」
「・・・でしょうね」
「もう他に頼めるところがないんです・・・」
相手が弱った女性であることが影響したかどうかは自分でもわからなかったが、その一言は、私の特掃魂に火をつけるには充分の火力があった。

つづく

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