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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

火炎(後編)

火事の原因をみると、〝タバコの火〟は上位にランキングされているよう。
あとは、ガスコンロや電気器具。
そしてまた、非常に残念ながら、〝不審火〟も多いらしい。
・・・付け火・放火の類だ。
放火は、刑法上の罪も重く設定されているらしい。
火災現場とそれを取り巻く人間模様を眺めていると、それも理解できるような気がする。

作業の日。
空は、女性の心情を表すかのように薄曇り、所々に陽がさしていた。

「今日は、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「作業には、立ち会わなくてもいいですか?」
「構いませんけど・・・」
「全部お任せしますので、終わったら御連絡下さいますか?」
「はい、責任を持ってキチンとやりますから、心配しないで下さい」
「よろしくお願いします」
「ちなみに、どちらで待たれてますか?」
「この近くに新しく部屋を借りたので、そこで待ってます」
「そうですか、わかりました」
女性が作業に立ち会いたくない理由は、だいたい察しがついた。
他の住民に対する罪悪感や火事の恐怖感にこれ以上焦心するのが辛かったのだろうと思った。

現場の火災跡の片付けには、それなりのコツみたいなものがある。
普通のゴミ処分とは、違うのだ。
しかも、黒い煤によって、身体も著しく汚れる。
しかし、人が亡くなった現場とそうでない現場とでは、必要なパワーとかかる負荷は違う。
やはり、人の命が失われた現場は、心身に重いものを感じる。
そしてまた、この現場は猫の件があったので、一味違った気の重さがあった。

この部屋が燃えたことは、同じマンションの住人はもちろん、近隣の住民にも知れていた。
その中で好奇心旺盛な人は、作業中でも部屋を覗きに来る人がいた。
どの世界・どの地域にも、好奇心旺盛な野次馬はいる。
ただ、その行動は、人の不幸蜜を吸いにきた害虫のように思えて何とも不快な感じ・・・
私は、〝作業の邪魔をしないで下さい!〟といったぶっきらぼうな態度を露骨にだし、近寄る人達を追い払った。

燃えた残骸の片付けは、大きな支障もなく進めることができたが、肝心のネコはなかなかでてこず。
それがどこにいるかわからない中での作業だったので、気を緩めることもほとんどできず。
しかも、紛らわしいぬいぐるみがあちこちから出現。
若い女性が多くのぬいぐるみを持っていても何ら不思議なことではないながら、この時もまた、何度も冷や汗をかかされた。

「あ!これか?」
残骸がだいぶ減った頃、台所にそれらしきものを発見。
私は、懐中電灯を持ってきてそれに近づいた。

「これはぬいぐるみじゃなさそうだな」
台所の流し台と冷蔵庫との狭い隙間に、毛の生えた塊。
私は、目を凝らしてそれをよく見た。

「間違いないな!」
そもそも、そんな所にぬいぐるみがあるわけもなく。
私は、それがネコの死骸であることを断定した。

「可哀想に・・・怖かっただろうな・・・」
炎と煙に追われたネコは、そこに入り込むしかなかったのだろう。
逃げ場を失って動けなくなった様には、恐ろしく絶望を感じた。

「これもダメだな」
〝もとから黒色〟かと思うくらいに、冷蔵庫も煤で真っ黒。
直接は燃えてはいなかったけど、プラスチックの部分は熱で変形していた。

私は、ネコを引き出すため、冷蔵庫を雑に移動。
それから、余計なことを考えないように努めながら、動かないネコをバスタオルにくるみ、更にそれをビニール袋に入れた。

「いましたよ!いました!」
私は、作業を中断して女性の携帯に連絡。
そのテンションは、無意識のうちに上がっていた。

「ホントですか!?」
「ええ」
「どこにいました?」
「台所・・・流し台と冷蔵庫の隙間に」
「え・・・」
女性は、電話の向こうで絶句。
ネコの最期を想像して声を詰まらせたことが、私にも伝わってきた。

「このネコ、どうされます?」
「どうって・・・どんな状態ですか?」
「露骨な表現になりますけど・・・」
「はい・・・」
「死んだままの状態で硬直してます」
「・・・」
「あと・・・燃えてはいませんけど、煤で汚れてますね」
「そうですか・・・」
「とりあえず、バスタオルにくるんでおきました」
「そうですか、ありがとうございます」
一人暮らしの女性にとって飼い猫は家族も同然。
それが死んでしまったことに大きな悲哀と喪失感を負い、そしてまた火事に恐ろしい遭わせてしまったことに、重い罪悪感を抱いているようだった。

「作業終了のときにお渡ししますね」
「はぃ・・・」
「それとも、早い方がいいですか?」
「いえ・・・ただ、いつでもいいので、それをうちに持って来ていただくわけにはいきませんか?」
「構いませんけど・・・」
「自分で持って運ぶのがちょっと・・・」
「・・・わかるような気がします」
「・・・」
「そろそろ休憩を入れるつもりなので、ついでに、これから持って行きますよ」
「お手数をおかけして、申し訳ありません」
「どういたしまして」
私は、休憩ついでにネコを届けることに。
ネコを見つけた達成感に疲労感と空腹感を加えて、現場を離れた。

「腹減ったなぁ」
昼時になっても休まず作業を続けていた私の腹はペッタンコ。
私は、近くの商店街を、目立つくらいに汚れた服装で猫の死骸をビニール袋にブラ下げ、女性宅に向かって歩いた。

「オッ!食べ放題!」
商店街に連なる食べ物屋を横目で見ながら歩を進めていると、〝〓〓食べ放題!〟のフレーズが私の目に飛び込んできた。
興味を覚えた私は、立ち止まって書いてある内容をジックリ観察。
揃えられているメニューはどれもこれも美味しそうなものばかりで、私の飢えた腹を強烈に刺激。
しかし、片手に、食事をしない〝連れ〟を伴い、ヒドく汚れた格好をしていた私が店に入れるわけもなく、頭だけで試食して店の前を後にしたのだった。

「どうもお待たせしました」
「いえいえ」
「これなんですけど・・・」
「・・・」
「どうぞ・・・」
「随分と大きい感じがしますけど・・・」
「伸びた体勢で硬直してますから・・・」
「・・・」
女性は、私が差し出したビニール袋をしばし注視。
そして、無表情のまま指先でつまむように受け取った。
その仕草は、ネコへの愛情と死骸への嫌悪感が入り混じって、自分でも整理がつかない複雑な心境を如実に表していた。

不幸中の幸い、命を落としたのはネコだけで、女性は軽傷だけで済んだ。
周りにもケガ人はでなかった。
家財・生活用品は失ってしまったものの、部屋の原状復帰費用のほとんどは保険でまかなえるとのこと。
時が経てば、また平穏な生活が戻る。
話しているうちに、女性は平常の落ち着きを取り戻してきた。

「またネコを飼うんですか?」
「いや、しばらくはもう」
「・・・」
「でも、いつかまた飼うかもしれません」
「どちらにしろ、タバコはやめた方がいいかもしれませんね」
「はぃ・・・」
「その方が、財布にも身体にも優しいですよ」
「は、はい・・・」
「人や環境にもね」
「・・・」
女性を和ませようとして発した私の軽い忠告を、女性は深刻にキャッチ。
女性は、明るい反応をするどころか難しい顔をして頷き、気持ちを和ませるどころか暗い雰囲気を誘発するハメになってしまった。

「よ、余計なことを言ってスイマセン」
「いぇ・・・」
「これから、休憩を挟んで作業を再開します」
「お願いします」
「じきに終わると思いますので、終わったら連絡します」
「わかりました」
私は、フォローする言葉もなくスゴスゴと女性宅から退去。
コンビニ弁当で鋭気を養った後、現場に戻って作業を再開した。

空っぽになった部屋は、月星のない夜のように真っ黒。
それは、ネコの非業の死と女性の受難を象徴しているかのようだった。
しかし、それを見る女性には穏やかな安堵感が滲み出ていた。
そして、私は、それを作業合格のサインとして受け取ったのだった。

タバコを吸わない私は、身近にライターやマッチの類はない。
その分、火をだすリスクは少ない。
また、冬場の暖房も電気系ばかりで、火モノは使わない。
火があるとしたら、せいぜいガスコンロくらい。
やはり、火はできるかぎり抑えて生活したいもの。

しかし、持っていたい火もある。
心の火・魂の炎だ。

人は、何かに燃えることがある。
仕事・学業・スポーツ・趣味・何かとの戦いetc・・・
夢や目標に向かい、希望を持って燃えることは心地よい。
そんなときは、生きている充実感・生き甲斐が大きく感じられる。
ただ、〝燃え尽き症候群〟なんて言葉があるように、表面的なものは何かの拍子に火が消えてしまうことがある。いとも簡単に。
そうなったら、また次に燃えるネタがあればいいけど、必ずしもそんな好機があるわけではない。
事実、何らかの理由や事情で心の火が消えて寒々しくなるときがある。
人生を再燃させることを諦めたくなるときがある。
しかし、心は冷えても魂は生きた熱をもっている。
地表が暑かろうが寒かろうが、それに関係なく核に熱いマグマがある地球のように、一人一人の魂は燃え続けているのだ。
自覚できないだけで、魂は強いエネルギーを持っているのだから、生きることを諦めることはない。

かく言う私も、過去のブログからも読み取れるように、表面的には結構な温度差がある。
それは、私が、感情に起伏を持つ生身の人間である証拠。
だから、人に伝わる温度を考えず、火がついたように文字を連打することがあれば、極めて冷静に打つこともある。

そんな格闘の中で、このブログを打つ(書く)のには、それなりの時間を要する。
新しい携帯電話にもだいぶ慣れたけど、やはり、これには時間をとられているのだ。
この時間をひねり出すのもなかなか楽ではなく、作業の隙間やプライベートの時間をフル活用している状態。

更新頻度を適当に変えていけばいいのかもしれないけど、定期的にしているのは私なりの理由がある。
褒めた言い方をすれば〝几帳面な性格〟、貶した言い方をすれば〝自己管理能力が低い〟から、野放しにすると私の人間性を反映して、極めて不安定なブログになってしまうのだ。

あと、謝罪がひとつ。
隊長との個人的なメール交換を希望して、非公開コメント欄に自分のメールアドレスを書いてくる人がいる。
ただ、正直なところ、一つ一つに返信している時間がない。
返信する気になれば時間はつくれるのかもしれないけど、その時間は他に使いたい。
人気者を気取って高飛車な態度にでているつもりはないのだが、事実上、個人的なメール交換は今の私には困難。
したがって、問い合わせフォームから入ってくる具体的な質問や相談以外は、一切返信を行っていない。
その結果として、何人かの人達のメル友要望を無視したかたちになってしまっていることを、ここで深くお詫びしたい。

とにもかくにも、私の打つこの文字を誰かが必要としてくれ、この文章が誰かの糧になっているとするなら・・・
それを想うと、おのずと親指に力が入る。
ちょっとした使命感みたいなものが湧いてくるのだ。

ただの独り善がりかもしれないし、中身が少々クドくなってきた感も否めないけど、私は、今日もまた渾身の一文字を打っているのである。

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