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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

春の置土産

「疲れた・・・」「眠い・・・」

新緑も輝くように映え、このところ急に暖かく・・・時には暑いくらいになってきた。
不眠症の私には、このポカポカ陽気が仇となる。
昼間、車に乗っていると、疲労に重なって凄まじい睡魔が襲ってくるのだ。

ガムを噛んだり身体をつねったり、流行遅れの歌を歌ったりして抵抗を試みる。
しかし、敵も強者。
撤退は一時なもので、またすぐに襲ってくる。

幸い、事故こそ起こしたことはないものの、瞬間気絶によってヒヤッ!としたことは何度もある。
ただ、車の運転が欠かせない仕事だから、その辺は重々気をつけないといけないと思う。

そんな春、GWを楽しく過ごした人は多いだろう。
私も、このGWは行楽渋滞を横目に、海や山に出掛けた。
海は海でも〝〓の海〟、山は山でも〝〓〓の山〟だったりするけど。
並のレジャーでは決して味わうことのできない、心的な一大アドベンチャーを経験した。

ところで、世の人は、連休明けの仕事をどんな気分で迎えたのだろう。
鬱状態の自分に鞭を打った人もいれば、勇んで出社した仕事人間もいたかもしれない。
また、私と同じくずっと休まず仕事をして、メリハリのなく過ぎた人もいただろう。

とにもかくにも、一人一人が頑張って社会が成り立っているわけだから、私も頑張らないとね。

何年か前・・・あれも、ちょうど今頃の季節だったと思う。

「死体が発見されまして・・・」
不動産管理会社の担当者から、いきなりの電話が入った。
ま、この仕事は、常に〝いきなり〟なのだが・・・
私は、遺族と話す場合にはださないビジネスライクな口調で、話を進めた。

「遺体はもうありませんよね?」
「ええ、警察が運びました」
「で、現場はそれ以降は手がつけられてない状態ですか?」
「はい・・・」
「現場は見られてます?」
「いえ・・・」
「そうですかぁ・・・」
「見てこないとダメですか?」
「いや、大丈夫です」
「よかった・・・」
担当者は現場を見ておらず、また、〝見たくない!〟気持ちが強そう。
私は、その時点で詳しい情報収集を諦めた。

「現場は、マンションですか?アパートですか?それとも一戸建ですか?」
「雑居ビルの空店舗です」
「は?空店舗?」
「そうなんです・・・」
「そこで孤独死ですか?」
「えぇ・・・」
「珍しいケースですね」
「まぁ、そうですかね・・・」
通常、孤独死・腐乱は住居用の建物で起こることが多いし、私は、それに慣れていた。
だから、現場が空店舗であることに少し驚いた。

「亡くなったのはどなたなんですか?」
「それが・・・身元不明の男性でして・・・」
「身元不明!?」
「どうも、ホームレスらしいんです」
「ホームレス?」
「そう・・・どうも、勝手に住み着いてたらしくて・・・」
亡くなったのが身元不明のホームレスであることを聞いて、私は、これまた少し驚いた。
同時に、一つの心配事が頭に浮かんだ。

「こんな時にこんな話をして申し訳ないのですが、費用はどなたがご負担されますか?」
「は?」
「その辺のところをハッキリしておかないと、後々にトラブルが起こる可能性があるものですから・・・」
「そうか・・・そりゃそうですね」
「通常は、遺族や保証人が負担されることが多いですけど・・・やはり、この場合は、大家さんが泣くことになるんでしょうか」
「・・・多分、ここもオーナーが負担されることになると思いますよ」
私は、〝やっぱ、そういうことか・・・〟と溜め息。
災難が降りかかったオーナーを気の毒に思った。

「自殺ですか?」
「さぁ・・・その辺りのことは何も聞いてないので、わかりません」
「余計なことを聞いてスイマセン」
「いえいえ・・・やはり、自殺だと作業や料金が変わりますか?」
「いや、特にそんなことはありませんけど・・・」
「自殺するくらいなら、ホームレスなんかになってないんじゃないかなぁ・・・」
担当者の言葉には、故人を見下すようなニュアンスが感じられた。
しかしながら、同時に妙な説得力も感じて、善人になれない自分に苦笑いした。

「ところで、亡くなってからどのくらい経ってたんですか?」
「一年・・・らしいです」
「は!?、一年!?」
「はい・・・」
「ひと月の間違いじゃないですか?」
「いえ・・・警察の判断はそのようです」
「そうですかぁ・・・それにしても、随分と長く放置されてたもんですねぇ」
「えぇ・・・ただ、うちは、契約の取り次ぎだけで日常の管理業務を請け負っていたわけではありませんから、うちの責任じゃないんですよねぇ・・・」
私は、一年という期間に驚嘆。
好奇心をくすぐられながら気分は転落。
それは、私が動揺を覚えるには充分の期間だった。

結局のところ、現場を見ていない担当者に詳しい状況を尋ねてもラチがあかないので、私は、現場に行くことに。
また、場合によっては、現地調査のあと直ちに作業を依頼される可能性もあり、私は、その準備も整えて行った。

現場の建物は低層の古い雑居ビル。
街も閑散としていて、シャッターの閉まった現場も周囲の不景気な景観に浮くことなく溶け込んでいた。

私は、現場の近くに住むオーナーに電話。
少しすると、年配の女性が歩いてきた。

「こんちには」
「ご苦労様です」
「今回は災難でしたね」
「えぇ・・・本当に・・・」
「亡くなったのは身元のわからない方と聞きましたが・・・」
「そうなんです・・・勝手に入り込んでたみたいで・・・近くに住んでいるのに、全く気がつきませんでした」
「ところで、一年も経ってたそうですけど・・・」
「そうなの・・・まったく・・・」
「・・・」
「もう一年以上も前になりますけど、ここに入っていたお店がつぶれちゃいましてね・・・家賃も滞納した挙げ句に荷物も片付けないで、〝夜逃げ〟ですよ」
「それはまた災難でしたね・・・」
「そう・・・今回のことも併せて、まさに〝踏んだり蹴ったり〟ですよ!」
オーナーの女性は、誰にも向ければいいのかわからない不満を興奮気味に吐露。
前の店主や故人への不満を露わに顔をしかめた。

「でも、どうやって発見されたんですか?」
「空いて一年以上にもなるから、そろそろ何とかしようかと思って中に入ったんですよ・・・」
「大家さんが?」
「いや、息子が」
「あらら・・・」
「そしたら、こんなことになっててね・・・もう、驚いたのなんのって」
「息子さんは、もっと驚いたでしょうね」
「ホントそう!今だにうなされてますよ」
「お気の毒に・・・」
「それにしても、よくこんな所で暮らしてたもんですよ」
「・・・」
「シャッターの鍵が壊れてて自由に出入りできてたみたいですけど、ここには電気もガスも水道もないんですよ」
「いや~、ホームレスの人にとっては、雨風しのげるだけで充分だったんじゃないですかねぇ」
「そういうものですかね・・・」
「話ばかりしててもなんですから、とりあえず現場を見てきますね」
「シャッターはそのまま開きますから、よろしくお願いします」
私は、〝死後一年〟を充分に頭に叩きこみながら、いつもの道具を装着。
そして、近くに人がいないことを確認してから、入り口のシャッターを小さく開けた。

「なるほど・・・」
足を踏み入れた部屋の中には、不要になった什器備品類が乱雑に放置。
前の店模様が、ほとんどそのまま残っていた。

「ここかぁ・・・」
かつてのバックルームらしき場所にはソファーセット。
その周囲には食べ物ゴミや生活用品が散乱。
故人がそこで生活していたことは明らかだった。

「このソファー、完全にイッちゃってるな」
長ソファーは、ドス黒く変質。
故人は、そこに横になってたようで、片方の肘掛には頭部の痕跡。
腐敗液が平面的に、頭髪が立体的に頭の形を表していた。

「ほぼ予想通り・・・」
故人は、ソファーに横になったまま一年。
液状化していく身体をウジが食い、食いきれないものはソファーが吸い、吸いきれないものは床に流れ・・・
発見されたときは、とっくに白骨化。
そして、そこには凄惨な光景と悪臭だけが残った・・・

「カーッ!・・・下が土だったら、こんなことになってなかったのに!」
床はピータイル。
腐敗液は浸透することなく、ただただ流れるばかり・・・
元人間は、まるでその意思が動かしたかのように不気味な模様を形成していた。

「こりゃ、根拠のいる作業になるぞ」
広範囲に広がる腐敗液は、プラスチックのごとく凝固。
それを除去する作業が一朝一夕にできるものではないことは、すぐに覚悟した。

「チクショー!やっぱ、なかなか落ちないなぁ・・・」
私は、削っても削っても減らない腐敗プラスチックに悪戦苦闘。
床に留まろうとするその執念は、まるで故人の遺志が働いているようにも感じられて、度々へこたれそうに。
〝また後日、出直そうかな・・・〟なんて具合に、気持ちが凹みまくった。

ただ、どんなに嘆いてみても、私がやらなければならないことは決まっている。
私は、手を止めないように努めながら、頭に色んな想いを巡らせた。

「それなりの事情があったんだろうな」
故人の情報は〝男性〟〝ホームレス〟というものだけ。
人柄はもちろん、その年齢も経歴も全く不明。
ただ、床にへばりつく腐敗を削っていると、晩年の暮らしぶりがぼんやりと浮かんできた。
そして、私の嫌悪感は妙な同情心に変わっていき、そのうちに自分との戦いに移っていった。

自分がこの仕事をやっている意味・・・
ここで腐敗プラスチックと格闘する意味・・・
考えても仕方のないようなことばかりが、頭に沸々。
そんなことを考えていると、故人がそこで死んで腐乱したことにも、何らかの意味があるように思えてきた。
そして、食うための仕事でありながら、結果的にそれが自分を人間的に鍛錬し研磨するものであることに気づかされたのだった。

「これは、俺を鍛えるために故人が残していってくれたものかもしれない・・・そう思うことにしよう」
私は、弱虫思考を一転。
一向に進まない作業に対するストレスとプレッシャーを、己を研鑽するためのエネルギーに変えた。

「疲れた・・・」「眠い・・・」
が口癖のようになっている私。
しかし、仕事を通じて関わる見ず知らずの故人が、私の背筋を伸ばし目を醒まさせてくれる。
落ち込んでも凹んでも、泣いても嘆いても、先に逝った人達が次から次へと私に何かを残してくれ、何かを教えてくれているのである。

元人間を吸った重量が原因か、元人間が着けた汚れが原因か、それとも元人間の人生が原因か。
当初、そのソファーは、なかなかの重さがあった。
しかし、故人の置土産を想うと、運び出すソファーが、心なしか軽くなったような気がした。

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