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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

色眼鏡

歳のせいか、このところめっきりと視力が落ちてきた。
数年前から視力に波を感じるようになり、次第に遠くのものが見えにくくなってきている。

特に不具合を感じるのは、ピントを合わせるスピード。
近くに見ていて急に遠くに視線をやると、ボヤ~ッとして、視界がクッキリするのに時間がかかるのだ。

私は、もともと視力はいい方。
子供の頃から成人するまで2.0を堅持。
測り方によっては1.5になったこともあったけど、それでもそれより下にいくことはなかった。
それが、歳を重ねるごとに不安定になり、ある年の免許更新時には〝要眼鏡〟の条件をつけられそうになった。
幸い、その時は検査のやり直しでパスすることができたが、それ以降もきわどい線を推移している。

視力が低下する一因として、インターネットやゲームの影響もあるのだろう。
長時間に渡ってテレビやPCモニターを見るのは、やはり目に悪そうだ。
ただ、幸い、私はその類のものを見る時間は短い。
テレビはほとんど観ないし、観たとしても一日一時間以下。
PCも必要最低限で、遊びやヒマつぶしで使うようなことはない。
だから、私の場合、それによる目へのダメージは少ないと思う。

〝疲れた目には自然の緑がいい〟と聞いたことがある。
だから、かつては眺めるように努めていたこともあった。
しかし、もともと〝自然の緑〟って、意識しなくても目が惹きつけられるもの。
気に留めていなくても、自然と目がいく。
それだけ、〝自然の生力は強い〟ということだろう。

ただ、私の場合、〝自然の緑〟を見るより、〝不自然な赤茶黒〟を見ることの方が多い。
そして、その凄惨さは何らかのかたちで心身に影響を及ぼしているだろう。
それは、確かにツラいことはツラいけど、目に見えないものを見る力を強めてくれているのかもしれないので、私は悪い方ばかりには捉えていない。

まぁ、今時は、私が生で見ているような画くらいは、見ようと思えばインターネットを通じて簡単に見ることができるだろう。
ただ、映像と生の現場は違う。
現場には、映像の何倍もの圧力・・・死力があるのだ。
単なる恐いもの見たさ・興味本位の構えでは、その死力を避けきれず、生力を受けきれないと思う。
写真であれ・映像であれ・生身であれ、どんなかたちにせよ人の死を見るなら、それを自分に生かしてほしいと思う。

呼ばれて出向いた現場は、2LDKの分譲マンション。
公営賃貸と見紛うような簡素な造り。
依頼者は中年の男性で、亡くなったのはその弟。
マンションのエントランスで、依頼者の男性は深刻な表情。
私達は、簡単に挨拶を交わしてから、すぐに本題に入った。

「〝弟さん〟ということは、まだお若いですよね?」
「ええ、三十〓才です・・・」
「御身体の具合でも悪くされてたんですか?」
「いえ・・・実は・・・自分で・・・」
「!・・・そうですか・・・」
私は、自分の顔色が変わるのを意識して抑制。
更に、次の言葉までに間を空けると依頼者の動揺を誘ってしまうので、淡々かつ間髪入れずに話を続けた。

「・・・で、部屋は御覧になりました?」
「はい・・・」
「どうでした?」
「いや・・・とにかく臭いがヒドいくて・・・玄関から奧には行けませんでした」
「そうですか・・・亡くなってたのは部屋ですか?」
「えぇ・・・部屋みたいです」
「どのくらい経ってたんでしょうか」
「約一カ月・・・らしいです」
「この時季の一カ月じゃ、深刻な状態になるのもやむを得ませんね・・・」
「申し訳ありません・・・」
男性は、平身低頭。
身体を小さくして私に謝罪。
身体が腐ることは仕方のないことにしろ、〝自殺〟とは、身内をそういう惨めな目に遭わせるものなのである。
残された人間がが責められるべき問題ではないのに。

「いえいえ・・・私が謝られるようなことじゃありませんから・・・」
「でも、弟が迷惑をかけていることには違いはありませんから・・・」
「しかし、ここが賃貸じゃないだけでも損害は少ないですよ」
「は?」
「借り物だったら、大家さんに対する責任も発生しますからね」
「そうかぁ・・・そうですよね」
「持家なら、御近所への対応をキチンとすれば、部屋はどうにだってできますから」
「そうですね・・・」
「ともかく、私はこれが仕事ですから、気になさらないで下さい」
「すいません・・・」
私は、男性をフォローするつもりで、男性が知らなくてもいいことまで話した。
しかし、的が外れていたために、男性の表情は浮いてこなかった。

「とりあえず、部屋を見てきますね」
「私は?・・・」
「大丈夫です・・・私一人で行ってきますから」
「すいません・・・」
「いえいえ」
「かなりヒドいことになってますから、気をつけて下さいね」
〝気をつけて下さい〟という男性の気遣いと、何をどう気をつければいいのかわからない腐乱現場は、私の中で結びつかず。
それでも、いつもの凄惨な現場を思い浮かべつつ、気合いを入れ直した。

「失礼しま~す」
慣れたこととは言え、私は、独特の緊張感をもって開錠。
マスクの下にこもらせた声で挨拶をしながら玄関ドアを開けた。

「これかぁ・・・」
腐乱痕はリビングに残留。
ただ、汚染レベルはライト級。
覚悟が覚悟だっただけに、ちょっと気が抜ける感じがした。

「ここで吊ってたのか・・・」
廊下とリビングを隔てるドアは不自然に歪み、それは、それに全体重がかかったことを示唆。
そして、その傍には、故人が決行の際に使ったであろう椅子が転がっていた。

「汚染度はライト級でも、一般の人が見たら充分に凄惨な現場なんだろうなぁ」
そこに立つ私は、良くも悪くも〝たくましい男〟。
驚かず・怖がらず・・・素人目にはなれない自分の目を奇妙に思った。

私は、汚染痕を観察し終えると、次に部屋の見分に移った。
家財・生活用品の量は少なく、男性が一人で暮らしていた割にはきれいにされており、ごく普通の部屋。
ただ一つ、汚染痕以外で特徴的なものがあった。
「メガネ・・・サングラス・・・随分とたくさんあるなぁ」
部屋の棚やテーブル・洗面台・下駄箱の上には、いくつかのメガネやサングラスが放置。
その様は、それらが趣味で集められた飾り物ではなく、故人が実際に使っていたものであることを物語っていた。

「まぁ・・・ファッションでメガネを好む人もいるだろうからなぁ・・・」
それは、私には理解しえない分野。
私は、故人の趣味嗜好に、それ以上立ち入らないことにして仕事を進めた。

「ジックリ見てきましたけど、比較的、軽い方ですよ」
「え!?あれで軽い方なんですか!?」
「えぇ・・・」
「大変なお仕事ですね・・・」
〝状況は軽い方だ〟と聞いて、男性は驚きながらも少しだけ安心したよう。
そして、そのギャップ分、私を見る目を変えてきたように感じた。

「メガネやサングラスが、やたらとたくさんありましたけど・・・」
「あ~ぁ・・・全部ダテ眼鏡です」
「ダテ眼鏡!?全部ですか?」
「ええ・・・弟は、目は悪くはありませんでしたから」
「そうですかぁ・・・」「そうなんです・・・アイツ、子供の頃から変わったところがありましてね・・・周りからも、よく変人扱いされてたんです・・・」
男性は、〝話した方が手っ取り早いな〟といった風に、故人の生い立ちを話し始めた。
そして、その寂しそうな口調に兄弟愛が滲み出てきた。

故人は、幼い頃から対人関係が苦手。
内向的で、普通に挨拶を交わすこともままならず。
周囲から変わり者扱いされることも日常茶飯事で、登校拒否・引きこもりも頻繁に繰り返した。

そんな故人は、好奇の視線を浴びながら孤独な道を歩き、大人になった。
そして、社会に出ると同時に、視力が落ちたわけでもないのに、急にメガネをかけ始めた。
時には、遮光の必要もないところでサングラスを着用することも。
どうも、それが精神を安定させていたらしかった。

しかし、社会の視線は思いのほか鋭く、社会の冷光はメガネやサングラスでは防ぎきれるものではなかった。
結局、周りの人と馴染めず孤立し、会社や仕事にも適応できず。
安定して身を置けるところもなく、日雇仕事と家族の支援で細々と生計を立てていた。
現場のマンションも、〝社会に適応する一助になれば〟と、故人の親が買ったもの。
しかし、その結末に、家族の想いは生かされなかった。

「何となくですけど・・・こうなるような予感みたいなものはあったんですよね・・・」
「・・・」
「人から変な目で見られ続けて、社会にも馴染めず、疲れたんでしょう・・・」
「・・・」
「家族としても、できるかぎりのことはしてやったつもりなんですけど・・・」
「・・・」
「まぁ、本人にしかわからないことがあったんでしょうね・・・可哀想なヤツです・・・」
「・・・」
男性は、何かに敗北したような溜め息をついた。
一方の私は、返す言葉も見つからず、ただ黙って頷いていた。

故人にとってメガネは、自分を守る防具だったのか。
または、自分を変える小道具だったのか。
そして、故人はメガネを通して何を見ていたのだろうか。
何が見えていたのだろうか。
闇しか見えなかったから死んだのか・・・
光が見えたから死んだのか・・・
その真意は本人にしかわからないことだったけど、私は終わりのない自問自答を繰り返すのだった。

私も、死体業を長くやってきて、世間から・人々から奇異の視線を感じたことは多々ある。
好奇心・先入観・嫌悪感etc・・・いわゆる〝色眼鏡〟と言われる目だ。
そして、その眼差しに寂しさを覚えたこともあれば反感を覚えたこともある。

では、私は、他人を色眼鏡で見ることはないのだろうか・・・
・・・ある。
外見・持ち物・学歴・社会的地位・経済力etc・・・
実のところ、私は、自分の心にバッチリと色眼鏡をかけている。
それなのに、他人の色眼鏡ばかりを非難し、自意識過剰の被害妄想癖を棚に上げて、極めて次元の低いところにある独善のぬるま湯に浸かっているのである。

自分に偏見と固定観念を持ち、自分を縛り付けているのは、他人の色眼鏡ではなく自分の内にある色眼鏡。
自分の心にある色眼鏡を素直に外してみたら、他人の色眼鏡も半分?・・・いや、もっと少なく感じるようになるかもしれない。
そして、新しく生まれ変わる自分が見えてくるかもしれない。

そう思うと、暗い自戒の中に明るい希望が見えてくるのであった。

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