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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

オセロゲーム

学校では教わることはなかったが・・・
世の中には、表と裏がある。
〝世の中〟と言うより、〝人間〟と言った方が適切かもしれない。
それらは、心の中できれいに分けられる場合と、そうでない場合がある。
複雑に混在して、それが自分でも〝表〟なのか〝裏〟なのか分からなくなるときもある。

表より裏、建前より本音を正直にだすことが誠実とされる社会。
正直者は、皆から表向きの賛美を受ける。
しかし、それまで。
それ以上は、煙たがられることが少なくない。

現実には、両方をうまく使い分けていかないと世の中の荒波には乗れない・・・
・・・「正直=誠実」という概念そのものが〝表の建前〟になっているということだろうか。
そんな中にあって、誰もが「波に飲まれまい」と必死にもがいている。
しかし、それでも上手く泳げない人がいるのも現実。
そんな人は、自己責任の渦に飲み込まれていくしかないのか・・・

それにしても、表裏・本音と建前を使い分けるテクニックは、いつ・どこで・誰の教示で身につけたのだろうか・・・ハッキリとした記憶がない
でも、いつの間にか身についている。
野生動物の子供が、誰に教わったわけではないのに、産まれた瞬間から敵から身を守る術を身につけているのと同じようなことなのだろうか。
だとすると、それらのことも、殺伐とした世の中から自分の身を守るために必要とされる天来のものなのかもしれない。
しかし、使ってて気持ちのいいことばかりでもなく、疲れることも多い・・・

そんな事を考えると、このテクニックを研磨するべきか鈍化させるべきか、頭を抱えてしまう。

「清掃をお願いしたいのですが・・・」
ある日の朝、中年の男性から電話が入った。

「ちょっと事故がありまして・・・」
〝事故〟という言葉から、私の頭にはすぐある事浮かんだ。
そう、〝自殺〟だ。

ただの自然死でも〝事故〟という言葉を用いる人はいるけど、数で言うと、圧倒的に自殺である場合の方が多い。
そして、その男性が醸し出す暗い雰囲気から、私は〝自殺〟であることを察知した。

「場所はご自宅ですか?」
「えぇ・・・」
「家の中のどちらでしょう」
「風呂場です・・・」
「どんな汚れですか?」
「血なんですけど・・・」
本人が亡くなったのかどうかまでは、業務上で必要な情報ではなかったので、私は、それについては尋かないでおいた。
また、汚れのレベルを言葉で表現するのも限界があるし、経験則でだいたいの状況を描くこともできたので、それも深くは掘り下げずにおいた。

「とりあえず、一度、現場を見せていただけますか?」
「はい」
「問題がなければ、そのまま作業に入りますので」
「いつ頃になります?」
「お急ぎであれば、これからすぐに伺うこともできますけど」
「んー・・・今夜はいかがです?」
「夜ですか?」
「ええ・・・」
男性は、理由を話すこともなく、夜の時間を希望。
日中は他用があるものと、私は、それを気にも留めなかった。

「車で来られますよね?」
「はい」
「どんな車ですか?」
「普通サイズの商業車ですけど・・・」
「いや、そうじゃなくて・・・」
「???」
「目立ちますか?」
「大丈夫です・・・外見は普通の仕事車にしか見えませんから」
訪問時刻を決めるまでは、何も気にならなかった私。
しかし、私が乗り付ける車にまで言及されると、男性が何を気にしているのかピンとくるものがあった。

「失礼なことを尋きますけど・・・服装はどんな感じでしょう・・・」
「普通の作業服です・・・」
「そうですか・・・」
「目立たない格好の方がいいですか?」
「はい・・・できたら・・・」
男性が、近隣・世間の目を気にしているのは明らか。
私の訪問時刻や使用車両だけでなく服装まで気にしている様子から、相当に神経質になっていることが感じられた。

「作業服はやめといた方がいいかなぁ・・・」
ファッションセンスもなく流行にも疎い私は、普段、着るものに悩むことはほとんどない。
しかし、その時は、それをやたらと悩んだ。

「そのままの作業服じゃ不快に思われるだろうし・・・」
「遺体搬送用のスーツじゃ違和感があり過ぎるし・・・」
「私服にしたって、汚れたら困るし・・・」
私は、あれこれと思案。
そして、考えた結果、作業服に私服を混ぜて着て行くことにした。

その日の夕方、汚腐呂に対応できる装備を整えて出発。
目的のエリアは、大きな家が並ぶ閑静な住宅地。
私は、早めに到着したのだが、依頼者宅には接近せず夜が暮れるまでしばらく待機した。

「随分と立派な家だなぁ」
依頼者名の表札が掲げられた家は、ちょっとした豪邸。
ガレージには、そこそこの高級車がとめられていた。

「お待ちしてました」
鳴らしたインターフォンには、女性が応答。
名乗る前から、私であることがわかっていたようだった。

「玄関にどうぞ」
私は、頑丈そうな門扉を抜けて玄関前へ。
ホームセキュリティーのステッカーが気になったので、ドアが中から開くのを待った。

「こんばんは・・・」
玄関には、中年の男女が神妙な面持ちで出迎えてくれた。
二人とも緊張した様子で、何からどう話してよいものやら考えあぐねているようだった。

「実は、母が風呂場で亡くなりまして・・・」
男性が、重そうに口を開いた。
ただ、大方の察しをつけていた私は、全く驚かなかった。
どちらにしろ、驚いたとて、それを表情・態度にだすわけにもいかなかったのだが。

「早速、浴室を見せていただけますか?」
余計なネタで話を長引かせると、気マズい雰囲気を増長させるだけ。
私は、時を待たずに話を進めた。

「ここなんですけど・・・」
依頼者は、私を浴室の前に誘導。
浴室扉の磨ガラス(磨プラスチック)には、赤黒い色がぼんやりと見えた。

「あとは、私一人で大丈夫ですから」
二人は、嫌悪感を露わにしどろもどろ。
扉を開けることに強い抵抗感があるようで、私は、そんな二人を浴室から遠ざけた。

「うわぁ!強烈だな・・・」
扉を開けると、目の前には一面の血の海。
同時に、血生臭いニオイが鼻を直撃。
私は、首にブラ下げていた専用マスクを急いで装着した。

「手首・・・いや、首をザックリやっちゃったかな・・・」
床は一面・・・それだけでなく、壁から天井にいたるまで血飛沫が付着。
更に、浴槽の中にもドロドロの血塊が滞留。
極めつけは、洗面器。
かけられていたタオルをめくってみると、ドス黒い粘液体が大量にたまっていた。

「作業が終わるのは、ちょっと遅くなるかもしれません」
作業が難航しそうなことは、誰の目にも明らか。
私は、長丁場になることを前もって依頼者に告げた。

〝血の海〟の掃除は、何度となくやってきていたので、作業の段取りにヌカリはなかった。
しかし、圧倒的な血の量が私の業に重くのしかかってきた。
それでも、私のやるべきことは一つだけ・・・

もともと、血は赤い。
その赤さに個人差があるのかどうかわからないけど、時間経過とともに黒く変色していく。
また、もともと、血はサラサラの液状。
その粘度に個人差があるのは知っているけど、どの血も時間経過とともに凝固していく。
乾いて固まっているならまだしも、ゼラチン状に震える血に奇妙な寒気を覚えた。

作業の過酷さだけでなく、決行に至った故人の心理状態を思うと、気分は暗くなるばかり・・・
悲嘆・失望・逃避・復讐・怒り・利己愛・利他愛・自己顕示・訴えetc・・・
何が、故人を自殺へと突き動かしたのか・・・
考えなくてもいいこと・考えない方がいいことばかりが頭に浮かんできた。

「大変お待たせしました・・・何とか終わりました」
「そうですか・・・ありがとうございます」
「見た目にはきれいになりましたので」
「また、使えますか?」
「一応・・・大丈夫のはずですけど・・・」
「あとは、気持ちの問題ですね・・・」
「ですね・・・」
この風呂場で起こったことを私がとっくに勘づいていることは、依頼者も気づいている様子。
逆に、それを気づかない方がおかしいくらいに、この現場は凄惨だった。

「では、これで失礼します」
「遅くまでご苦労様でした」
「どういたしまして」
「これ、些少なんですけど・・・」
女性は、男性と目を合わせながら小さな封筒を私の方へ。
私には、差し出されたそれが心付けであることがすぐに分かった。

「・・・お心遣い、恐縮です」
一旦は固辞しようかと思った私。
しかし、それもわざとらしいので、礼を言って素直に受け取った。

「あと・・・この辺のお宅にこのことは・・・」
女性は、奥歯にモノが挟まったように言いにくそう。
男性は、難しい顔をして黙っていた。

依頼者からハッキリと〝自殺〟と聞いたわけでもなく、私が近所にふれ回る必要も意味もなく・・・
受け取った心付けが口止料のように思えて複雑な心境になったけど、私は、黙って深く頷いた。

私が、この依頼者の立場になったら、同じような猜疑心を抱えて、不安になるだろう。
世間体を気にして、同じような振る舞いをする可能性は充分にある。
また、それが悪いことだとは思わない。
ただ、故人の命が世間の冷淡さにかき消されるような気がして、淋しさに似た心細さを覚えた。
そしてまた、表向きは〝病気による突然死〟と説明するであろう依頼者の心情を察すると、やりきれない気の毒さを覚えた。

〝世間体〟という怪物と闘うことができる人は少ない。
表を出しても裏を出しても、負けが込むから。
勇気を持って打って出たとしても、オセロゲームのように単純には進まない。
社会には、〝グレー〟というジョーカーを持っている人間がたくさんいるから。

心の中にあるそのジョーカー。
人生を動かす〝ここぞ!〟という場面では、頼りたくないものである。

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