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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

灰色のカーテン

いや~!本格的に暑くなってきた!
冬の寒さもツラいけど、夏の暑さもなかなかくる。

鬱々と精神を蝕む冬と酷々と肉体を虐める夏と、どっちがいいだろう・・・
やはり、朝のカーテンを開けたとき、明るい空がある夏の方がいい。
冬は、「今日も一日頑張らなきゃな・・・」だけど、
夏は、「今日も一日頑張るぞ!」と思えるから。
冬は、一日の始まりのカーテンを開けることに恐怖感すら覚える。
部屋のカーテンも心のカーテンもずっと閉めっぱなしで、一人静かに引きこもっていたいと思う。
それに比べれば、夏朝の疲労と暑さなんて軽いもの。
汗と脂にまみれても、悪臭と汚物にまとわりつかれても、気持ちが立っていればなんのその。
泣くほどの辛抱はいらない。

そんな私の仕事は、いつどこで発生するかわからない。
毎日、決まった時間に決まった場所で決まった内容の仕事があるわけではない。
行く先々も、騒々しい都会もあれば、のどかな田舎もある。
住宅地もあれば、商業地もある。
時には、遠い地方に行くこともある。
・・・変な言い方だけど、そう言った面では〝飽きない仕事〟かもしれない。

そんな具合なので、過去に行ったことのある街に再び出向くこともある。
向かう風景の中では、かつて自分が処理した現場と遭遇することも少なくない。
しばらくの時が経っていても、建物を見ると、それが昨日のことのように蘇ってくる。
〝いい思い出〟という訳でもなく、〝悪い思い出〟という訳でもなく、ただただ〝夢の跡〟のような感慨をもって。

「この辺りは、確か・・・」
その街を訪れた私は、見覚えのある景色に誘われて車を進めた。
そこは、かつて自分が作業に来たことのある住宅地だった。

「あー・・・ここだ・・・」
その一角に、私がかつて処理したアパートがあった。
ただ、かつての色を失ってモノクロに薄汚れていた・・・

その時から何年か前のこと・・・
アパートの大家から急な電話が入った。
ザワつく気持ちの中に深刻さが垣間見え、言葉で説明されなくても、現場が相当なことになっていることが伝わってきた。

「うちのアパートが大変なことになってしまって・・・」
「どうされました?」
「実は、住んでた人が亡くなりまして・・・」
「そうですかぁ・・・」
「この後、どうしていいものかと・・・」
依頼者は、何かを訴えたいのだが、何からどう話してよいものやら考えあぐねている様子。
私は、依頼者が説明しやすいように、質問を細かく切り分けて投げかけた。

建物はアパート。
部屋数は4世帯。
現場は二階。
間取はロフト付1R。
故人は若い男性。
賃貸借契約の保証人は、父親。
死因は自殺。
死後一週間。

「とにかく、急いで来てほしい!」
との依頼で、私は、抱えていた予定を変更。
現場を見る前のソワソワ感(〝ワクワク感〟じゃないからね)を従えて、車を走らせた。

「ここか・・・」
到着したところは、一戸建やアパートが建ち並ぶ静かな住宅地。
目的のアパートは小さい建物だったが、奇抜な外壁の色がそれを目立たせていた。
私は、階段を駆け上がり玄関の前まで行ってみた。

「あ゛ら゛ら゛ら゛・・・」
玄関ドアの下からは、何かの液体が流出。
赤茶と透明、下地コンクリートに二色の模様が意思を持ったように這っていた。
その正体が醤油やケチャップの類でないことは明らか・・・それは猛烈な悪臭を放って人を寄せつけまいとしていた。
そして、その様からは、中が結構な状態になっていることが想像され、私は、吸った悪臭を溜め息にして吐き出した。

私は、てっきり、依頼者は現場いるものとばかり思っていたが、周辺にそれらしき人影は見当たらず。
部屋には鍵がかかっているし、待っていても誰も来ず。
業を煮やした私は依頼者に電話し、現場に来てくれるよう促した。
しかし、依頼者はそれにを拒絶。
それだけでなく、逆に、私に場所の移動を要請。
私を現場に呼び出しておきながら更なる移動を指示してきて、内心で〝イラッ!〟とくるものを感じたが、こんな仕事でも〝依頼者はお客様〟なので、素直に従うことにした。

指示された場所は、アパートから離れたコンビニの駐車場。
そこで、依頼者である大家と保証人である故人の父親が私の到着を待っていた。
通常、人と会うときは愛想笑いの一つでも浮かべるのだろうが、用件が用件なんで、私は自分の表情を固くしていた。
それに対する二人もまた、表情に深刻さを滲ませていた。

私には、依頼者が現場アパートに近づきたくない理由が察せられた。
誰だって、人が死んだ現場・・・しかも自殺・腐乱現場なんて気味が悪くて近づきたくないもの。
それが普通の神経かもしれない。
しかし、実情は私の推察とは違っていた・・・

知らせを受けた依頼者は仰天!
とるものもとりあえず、アパートに急行。
玄関から流れ出る不気味な液体と悪臭は、それまでの人生経験で蓄積した多種多様のカテゴリーを超越。
湧いてくる疑いを肯定する光景と否定したい理性とがぶつかり合い、頭はパニックに。
玄関を開けることなく、そのまま警察に通報したのだった。

故人は、リストカットのうえロフトから首吊り。
発見のきっかけになったのは、下階の部屋の異変。
異臭がし始めて少し後、天井の片隅から赤黒い液体が染み垂れてきた。
これには、部屋の住人も仰天!
液体の正体が分からないまま不動産会社に連絡。
そこから、大家に連絡が回ったのだった。

遺体は、警察が搬出したものの、中はかなり凄惨なことに。
その後始末は、とても大家の手に負えるものではないことは明白だった。
それだけでなく、大家には更なる追い討ちがかかってきた。

下階の住人は大家と遺族に損害賠償・慰謝料を要求を突きつけ、液垂れが発生したその日のうちにアパートを退去。
それに連鎖してか、他の住人も同様のクレームをつけ、後ろ足で砂をかけるようにして退去。
そうして、アパートはアッという間に無人化。
更に、気味悪がる近隣住民が、〝心的被害〟の名のもとに怒りの弾丸を連打。
大家も遺族も、近隣住民の集中砲火を浴びて火ダルマに。
その場は何とか耐え忍んだものの、蜂の巣にされた精神はボロボロ・クタクタ。
それ以降はアパートに近づけなくなってしまったのだった。

「またいつ戻ってこれるかわかりませんので、どこか時間のつぶしやすいところで待ってて下さい」
一通りの話を聞き、大家と遺族がアパートに行きたくない理由を気の毒に思った私は、その事情に頷いた。
そして、鍵を預かって再び現場アパートに向かった。

「ウヘェ~・・・こりゃヒドいなぁ・・・」
玄関は、足の踏み場もないくらいにベタベタ。
部屋の床も、大量の血液と腐敗液が覆い尽くしていた。

見分を終えてアパートを出た私を、待ち構える人影・・・気がつくと、近所の住人が私の方へ鋭い視線を送っていた。
そのうち、どこからともなく次々と住民が現れて私のもとへ集合。
私は、ちょっとした人気者みたいになってしまった。
ただ、どの人も不機嫌そうな表情に憮然とした態度。
自分を〝人気者〟と勘違いさせてくれる要素はどこにもなかった。
そして、依頼者が浴びた集中砲火が、私にもきそうな焦臭さがプンプンと漂っていた。

一人一人をとってみると決して悪い人ではないのだろうが、それが集団になると礼儀より本心の方が表にでてしまう・・・
集団心理・集団行動は、常にそういう性質を持っている。
それが〝善〟にでればいいのだが、〝悪〟にでた場合は怖い。
住民達の態度は、善意の悪行によるものなのか悪意の善行よるものなのかわからなかったけど、どうにもシックリこないものを感じさせた。

「おたく、ここの始末をする業者?」
「そうですけど・・・」
「大家と家族は?」
「来られないと思います」
「来ない!?なんで!?」
「・・・」
「困るよ!ここへ来るように伝えてよ」
「・・・」
「言っとかなきゃいけないことが山ほどあるんだから!」
「それはちょっと・・・」
「じゃあ、おたくが責任を持って始末してくれるわけね!」
「・・・できる限りはやりますけど・・・」

住民達は、何の権利があってか、私にも強気な態度。
まるで、脅すかのように威圧的に迫ってきた。
その気持ちがわからないでもなかったが、私は、それを柔らかく受け止める術は持っていなかった。

周辺環境を観察すると、腐乱臭は隣近所にまで届いているようには思えず。
しかし、現場で起きたことを知ってしまっては、臭ってきているように思えて仕方なくなるのが人の心情。
私は、作業によって部屋の消臭はできても、近隣住民が精神的に感じる悪臭まで消せるとは思えなかった。
それでも、やれるだけのことをやるのが使命であり責任。
「とりあえず、今日はできる限りのことをやっていきますから」
と、私は、住民の代表格らしき男性を諫めるように話をつけ、作業の準備にとりかかった。

「何度見てもヒドいなぁ・・・」
作業に着手する前から、ドッと疲労感。
以降がどんな作業になるか察しのついた私は、覚悟を決めた。

「こりゃ強烈・・・」
本来ならウッドブラウンの床がブラッドブラウンに。
私は、汚染家財を梱包しながら、故人の身体の一部だったものを床から剥ぎ取り・削り取り・拭き取った・・・

作業を終えて間もないある日、依頼者(大家)から再び連絡が入ってきた。
近隣住民から依頼者へ、新たなクレームが入ったしかった。
詳しく話を聞いてみると、
「窓から部屋が丸見えで、気持ち悪い!」
「景観が悪いから、カーテンくらいつけろ!」
と、言われたとのこと。

その部屋は、特掃・消臭・消毒作業にとどまらす最終的には家財・生活も全て撤去。
悪臭を吸いハエの糞にまみれていたカーテンも処分したため、部屋の中は丸見えに。
ただ、そこは、二階でもあるし見た目には普通の空部屋なので、私には特段の問題があるようには思えず。
しかし、近隣住民には、部屋の中が一部でも見えることが耐え難い苦痛を感じているようだった。

「見なきゃいいだけのことじゃないのかなぁ・・・」
そうは思っても、やはり嫌悪される原因をつくったアパートの方が分が悪い。
私は、グズグズと不満を漏らしながら重い腰を上げた。

処分したカーテンを戻すことができるはずもなく、私は新しいカーテンを買って行くことに。
もともとは、鮮やかなワインレッドのカーテンがかかっていたのだが、私は色柄は二の次にして値段の安いものを選択。
結局、手に入れたのはグレーの無地の安物。
私は、それを残臭と空虚感が充満する部屋に取り付けたのだった。

大家・遺族・近隣住民etc・・・
故人が意図してもしなくても、その自死によって多くの人の人生を変えられた。
中身は異なれど、多くの人の人生が悪い方に変えられてしまった。
それでも、残された人々は重荷を背負いながら生きなければならない。

「あのカーテン・・・次に開くのはいつになるのかな・・・」
人の体温を失って色なく佇ずむアパートに、カーテンを開ける日が来るのかどうか・・・
ただ、人々の心を陰冷に閉ざす灰色のカーテンに、再び明るい光が差し込む日は必ずやってくる・・・
人には、人生には、必ずそのチャンスがあると信じたい私である。

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