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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

涼風

8月に入って夏も真っ盛り。
身体に負担を強いる猛暑が続いている。
私には、エアコンがきいている仕事場はまずない。
それどころか、外気より暑いところで作業することも珍しくない。
汗と脂にまみれる日々はしばらく続くが、私の場合、まみれるのが自分の脂だけではないところがミソだ。

ただ、半年もすれば冬。
暑かった夏がウソのような極寒の季節になっている。
〝次の季節を迎える〟ということは、〝それだけ死に近づく〟ということ。
だけど、人は次の季節を恋しがる・・・
まぁ、自分が死ぬことを意識して生きている人は少ないか・・・
何はともあれ、春夏秋冬、季節の移り変わりって、ホントに不思議なものだ。

この夏、例年同様に食中毒のニュースをチラホラと耳にする。
この暑さだと、やむを得ない部分もあるのかもしれないけど、〝単なる食あたり〟と舐めてかかると大事になることがある。
菌によっては、下痢・嘔吐・発熱にとどまらず、命を脅かすこともあるから。
また、食中毒をだした店(会社)の方も、営業停止処分のあとに客離れを起こしてしまい、店としての命を落とすこともある。
そうなると、もう取り返しがつかない。
働く者にとって日々の衛生管理は面倒なことかもしれないけど、お客の身を守るだけのことではなく自分の身をも守ることとの認識して油断なくやってもらいたいと思う。

衛生管理は、私にとっても大切なこと。
この季節、腐りやすいのは食べ物ばかりではなく、私が扱うモノも同様。
驚く程のハイスピードで腐っていく。
したがって、ただでさえ私の仕事場は不衛生なのに、夏場はそれに輪をかけて劣悪になる。
しかし、こればっかりは誰が悪いわけでもない。
誰もが好き好んでそうなるわけではないから。

ある日の夜、不動産会社から緊急の電話が入った。
「管理するアパートで腐乱死体がでた!」
「至急、何とかしてほしい!」
とのこと。
話をよく聞くと、現場は、まだ警察が遺体搬出作業を行っている真っ最中。
私は、〝警察からの立ち入り許可がでないと現場にはいけない〟旨を話して、電話口の担当者を落ち着かせた。
そして、〝事件性がなければ翌日には立ち入り許可がでる〟旨も伝えて、暫定ながらも翌日の訪問を約束した。

「警察から立ち入り許可がおりたので、すぐに来てほしい」
翌日の昼前、同じ不動産会社から連絡。
心積もりができていた私は、炎天下、現場に向かって車を出した。

「ぐ・・・なんだ!?」
教えられたアパートまではまだ数十メートルあるというのに、私の鼻はよろしくないニオイを感知。
それは、熱風に乗って、受け身の準備もマスクの準備もできていない私の鼻にいきなり入ってきた。

「これはマズいな・・・」
風に乗っているとは言え、そんな遠くまで臭ってきていることに驚愕。
私は、悪臭に誘われる?ように目的地に向かって前進。
そのニオイは、アパートが近づくにつれて濃さを増していった。

「いかにも・・・」
到着した建物は汚れた老朽アパート。
目的の部屋は一階の一室。
玄関の前には腐乱臭がモァ~。
私は、不動産会社から預かってきた鍵を使って玄関を開けた。

「あ゛・・・」
玄関は小さな台所と直結。
例えが適切かどうかはさておき、その床は、大量のサラダ油と赤味噌をブレンドしたものを一面にぶちまけたようにベトベトのドロドロ。
各所で見慣れた光景ではあったものの、私は、その凄まじさに圧倒されて呆然と立ち尽くした。

「はぁ・・・これを掃除すんのか・・・」
いつものことながら、私の思いには愚痴とも弱音ともつかないことが彷彿。
自分の中に、気持ちと身体に力を入れる術を探った。

「これじゃ、ヒドく臭うのも当り前だな」
玄関ドアこそ閉まっていたものの、部屋の窓という窓は全てオープン。
そこから、例のニオイがプン!プン!と外に漂出していた。

「誰か閉めればよかったのに・・・」
常識的に考えて、誰かが後から開たとは思えず。
生前の故人が、涼風を入れようと開けたものがそのままになっているものと思われた。

「近隣に対しては、少しはマシになるだろ」
私は、部屋が腐乱サウナになることを覚悟して全部の窓を閉めた。
そして、身体からジットリと湧いてくる汗と脂を重く感じながら、部屋の見分を行った。

一通りの見分を終えた私は、不動産会社と電話で協議。
不動産会社によると、
「近隣住民が悪臭と虫で難儀している」
「大至急なんとかしてほしい!」
とのこと。
結局、覚悟していた通り、そのまま特掃作業を行うことに。
余計なことを考えると怖じ気づくだけなので、私は無心で必要な装備を整えて汚台所にこもった。

「どうかしてるよな・・・」
そこまでになった遺体がか、目の前に広がる凄惨な光景がか、それを片付ける自分がか・・・
私は、何かが狂っているようにしか思えず、〝どうかしてるよ・・・〟という言葉を呟きながら、腐敗汚物と格闘。
そしてまた、その手元には、心臓の鼓動を乱そうとするかのように、不規則なテンポで汗が滴り落ちた。

「うぁ・・・」
床に散乱するゴミの陰には無数のウジ。
私の手によって隠れ蓑を奪われたウジは、一斉にスタートダッシュ。
猛烈な勢いで(実際のスピードは超スローだけど)避難移動。
追っ手を逃れた一部の輩は、そのまま流し台の脇や冷蔵庫の下などに逃げ去った。

「いい加減にしてほしいよなぁ・・・」
引力に従っただけなら、腐敗液は床面から下にしかいかないはず。
しかし、ウジは腐敗脂を纏った状態で部屋の壁面も闊歩。
そのお陰で、脂汚れは床面だけでなく、壁面にまで広く及んでいた。

「ハァッ・ハァッ・ハァッ・・」
肺に酸素が足りないのか、心に気合いが足りないのか、時間経過とともに頭がボーッ。
私は、特掃作業特有の息苦しさを抱えながら腐敗汚物の除去に没頭した。

どれくらいの時間が過ぎただろうか、作業完了の目処が立った頃、私は小休止するため一旦外に脱出。
猛暑の折、外気温は優に30℃を超えていたはずだが、サウナ状態の汚部屋にいた私には、そんな外の熱風も涼風に感じるのだった。

そうしていると、隣の部屋から年配の女性がでてきた。
そして、自室玄関前に置いてあった手押車を押しながら私に近づいてきた。

「ご苦労様です・・・」
「どうも・・・」
「何のお手伝いもできなくて、申し訳ないですね」
「いえいえ!こちらこそ、お騒がせしてスイマセン」
「大変なお仕事ですね・・・」
「まぁ・・・よく言われます・・・」
「でも、だいぶ臭わなくなりましたね」
「えぇ・・・やれることはやりましたから・・・」
「ありがとうございます」
女性は柔らかい物腰で私を労ってくれた。
そして、自分のことのように礼を言って深々と頭を下げてくれた。

「こんなことになっちゃいましたけど、○○さん(故人)は、とてもいい人だったんですよ・・・」
私が尋ねたわけでもなかったが、女性は、事の経緯を話し始めた。
聞いて害になるとは思えなかったし、状況に似合わない穏やかな表情の女性に興味も湧いてきたので、私は休憩ついでに耳を傾けた。

故人は、年配の男性。当然、一人暮らし。
女性とは隣同士ということもあって、長年の顔見知り。
男手が必要なときに頼み事をしても、故人は嫌な顔ひとつせずいつも快くやってくれた。
そんな具合に、お互いに負担にならない・お節介にならない適度な距離感を保って助け合っていた。

故人と女性に限らず、空室が目立つこのアパートに居住するのは高齢者ばかり。
経済的にも肉体的にも力の弱い人達の集合体。
食品の分け合い・物品の貸し合い・力仕事の手伝い合い・病院タクシーの相乗りなど、一人一人が相互に協力。
建物も人間も見た目には老朽化していたけど、その互助精神は若い者には負けず劣らず、円満な人間関係が構築されているようだった。

第一通報者は、この女性。
暑い時季なので昼夜窓が開けっ放しなのは不審に思わなかったけど、声を掛けても返事がないことを変に思った。
ただ、お互い老身を抱えた身でもあり、特段の用事でもない限りはお節介を焼かないのが暗黙のルール。
気にはなりつつも、それ以上の詮索は控えておいた。
そして、それから数日が経過するうちに故人宅から異臭が発生。
日に日に増していく悪臭に異変を感じた女性は、不動産屋に連絡。
結果、警察の出番となったのであった。

「本当にいい人だったんですよ」
本人が意図したことではないし悪意がないこととはいえ、結果的に残された人達に迷惑をかけ、後始末を押し付けるかたちになった故人。
その死の痕は、人々から嫌悪され顰蹙をかっても仕方がない。
しかし、女性はそれを庇うかのように何度もそう言っては懐かしそうに微笑んだ。

詳しい話こそ聞かなかったものの、この女性も老年を迎えるまで・このアパートで暮らすことになるまでに数えきれない喜怒哀楽を経てきたはず。
そして、その道程は決して平坦でなかった・・・
だからこそ、他人の幸を喜び・他人の不幸を悲しむ心が育まれたのかもしれない。
他人の幸を妬み・他人の不幸を蜜にする私には有し得ない心だ。
ただ、そんな女性の笑みが、荒む心身を癒やす涼風のようにも感じられ、作業再開を前に力が蘇ってくるのであった。

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