特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分
特殊清掃「戦う男たち」
見上げれば青空
景気が後退気味の昨今。
どっちを向いても、聞こえてくるのは不景気な話ばかり。
そんな話ばかりを聞いていると、自分の首まで回らなくなりそうで怖くなる。
実際、死体業は景気に左右されないイメージを持たれがちだが、決してそんなことはない。
直接的にも間接的にも、その影響は受ける。
えげつなく聞こえるかもしれないけど、死体業もれっきとした〝商売〟であり、儲けをださないと成り立たないものなのである。
そんな今日この頃。
ガソリン値上りの影響らしかったけど、少し前まではどこを走っても道が空いていた。
平日にも関わらず、首都高も土日のように走りやすかった。
それは、日によって出掛ける場所がまちまちで一般道・高速道を問わず毎日のように車で走り回っている私にとってはありがたい現象だった。
しかし、最近になってまた道が渋滞。
どこに行っても、「必ず」と言っていいほど渋滞にハマるようになってきた。
お陰で、コスト増に追い討ちをかけるように仕事の効率は低下。
依頼者との約束時刻にも、大きく幅を持たさなければならなくなっている。
強い日差しがジリジリと照りつける車中は、エアコンをつけていてもそれなりに暑い。
渋滞のストレスも重なって、ついついイライラしてしまう。
そんな時、ふと見上げる空は、青く広く広がっている。
その爽快さ・雄大さに心を委ねると、小さなことにイライラすることがバカバカしく思えてくる。
そう言えば、10代の頃は夏空が大好きだった。
自分の悩みの小ささを教えてくれる大きな空・・・
自分に可能性を感じさせてくれる入道雲・・・
それらを見上げていると、希望にも似たエネルギーが充填されるようだった。
しかし、それが、歳を負ってくると目線が自然と下降し、気づけば、自分の足元ばかり見てはクヨクヨする日々に陥っている。
若かりし頃のエネルギッシュな感性は、もう取り戻せないのだろうか。
足元を見つめて地に足を固めることは大切。
同時に、顔を上げて行く先を見通すことも大切。
そのバランスが崩れると、進むべき道が湾曲してくる。
これは、自分に言い聞かせなければいけないこと。
マンションの管理会社から特掃の依頼が入った。
「管理しているマンションの一室で人が亡くなった」
「依頼者は別にいるので、一度、現地で打ち合わせをしてほしい」
とのこと。
現場を確認していない管理会社から伝えられる情報は乏しく、とりあえず現地調査に出向くことに。
私は、管理会社に現地への訪問日時を伝え、依頼者との待ち合わせを仲介してもらった。
現場は、立地のいい分譲マンション。
最近のマンションのほとんどがそうであるように、洒落たエントランスはオートロックになっており、中に入れない私は依頼者らしき人影を探してキョロキョロ。
すると、マンションに向かって歩いてくる初老の男性が一人。
遠目にも私の素性がわかったらしく、その男性は軽く会釈をしながら私に近づいてきた。
「ご苦労様です・・・お忙しいところ、申し訳ないですね」
「いえいえ・・・現地調査も仕事のうちですから、気になさらないで下さい」
男性は、私とは初対面のはずなのに、以前からの知り合いのように気さくに話しかけてきた。
その服装は管理会社の担当者には見えず、かと言っての表情はいたって明るく故人の身内にも見えず。
その穏やかな笑顔に親しみを覚えながらも、男性の身分が〝依頼者〟であることしかわからないまま話は進んだ。
「このマンションの○階○号室なんですけどね・・・」
「はい・・・」
「死んでからだいぶ時間が経ってたみたいでね・・・」
「みたいですね・・・だいたいとことは聞いてきましたので・・・」
「そうですか・・・」
第一発見者は男性。
凄惨な現場にショックを受けたものの、すぐに正気を取り戻して冷静に対処・・・
その時の詳しい状況を、身振り手振りを交えて私に教えてくれた。
「失礼ですが、部屋のオーナーさんですか?」
「いえいえ・・・」
「管理会社の方ではないですよね?」
「違います、違います・・・死んだのは私の息子で・・・私は父親なんです」
「え゛!?お父さん!?」
「はい・・・」
男性からは予想してなかった返事。
冷静かつ淡々とした態度・物腰に〝男性は身内ではない〟と勝手に決めつけていた私は驚いた。
「亡くなったのは息子さんなんですか!?」
「えぇ・・・」
「そうでしたか・・・」
「そうなんです・・・」
「・・・まだ、若かったでしょうに・・・」
「三十○才です・・・」
「・・・若いですね・・・」
「えぇ・・・でも、まさか、こんなことするなんて・・・」
「!?」
男性は、私が死因を知ったうえで現場に来たものと思っていたよう。
ただ、実際は、誰からも死因を聞かされずに参上した私。
勝手に自然死を想像していた私は、一瞬、驚きの表情を浮かべてしまった。
そして、次に言うべき言葉を見つけられなかった。
現場の部屋は最上階。
玄関を開けると、いきなりの腐乱臭。
男性はマスクもせずに中に入り、私もその後をついて入室。
本音を言うとマスクを着けたかったけど、自分だけマスクをするのに気が引けたので、首にブラ下げただけで顔には装着しなかった。
また、警察の作業痕が残る室内は土足のまま上がりたかったけど、当然のように靴を脱ぐ男性に対してそういう訳にもいかず、諦めて靴を脱いだ。
〝築数年〟ということもあり、部屋の中はきれいそのもの。
広い室内は今風の造りで、ニオイ以外に特段の問題は見受けられず。
また、家財生活用品の類は少なく、整理整頓も行き届いていた。
そして、ベランダ越しに見える空と景色は広々としていた。
「広くてきれいな部屋ですね」
「まぁ・・・」
「窓からの見晴らしもいいですし・・・」
「本人も気に入って住んでたはずなんですが・・・」
「・・・」
油断すると雰囲気が煮詰まりそうになるので、私は男性にうるさいくらいの世間話をふった。
一方の男性も同じ気持ちだったのか、それに対して多弁に応えてくれた。
「このマンションは、息子さんの所有ですか?」
「えぇ・・・まぁ・・・」
「こんなに立派なマンションを・・・お若いのに、大したもんですねぇ」
「いやいや・・・実際は、私が買ってやったようなものなんです・・・」
「そうだったんですか・・・」
「子供可愛さに、ついつい甘やかしちゃってねぇ・・・」
男性は、後悔した様子もなく苦笑い。
とても優しい父親の顔になっていた。
「浴室を見ていいですか?」
「・・・構いませんけど、かなりヒドいことになってますよ・・・」
「大丈夫です・・・年中やってることですから」
「申し訳ないですね・・・」
私は、首にブラ下げていたマスクを顔に着けて、浴室につながる洗面所の扉を開けた。
すると、洗面台の下には場違いな七輪が二つ。
故人が自死を図ったことが、それで確定的になった。
浴槽に水は溜まっていなかったけど、その代わりに見慣れた黒茶色の粘液が滞溜。
そして、浴槽の側面から洗い場にかけて、警察が遺体を引きずり出した際についた模様が不気味に伸びていた。
「どうです?・・・ヒドいでしょ?」
浴室から出てきた私に、男性の方から声を掛けてきた。
申し訳なさそうに言うその心中は複雑に違いなく、私は「ヒドい」とも「軽い」とも言えず、黙って視線を落とした。
「必要でしたら、これからすぐ掃除に取りかかりますけど・・・」
「近所からも苦情がきてますし、そうしてもらえると助かります」
打ち合わせの結果、浴室の清掃は直ちに取りかかることに。
特掃は、男性にとって特掃は未知のものでも私にとっては慣れたもの。
心配そうな男性をよそに、必要な道具・手法・所要時間・労力をピピッと頭に浮かべ、そのまま作業の準備に入った。
手の空いた男性も、過酷な作業に従事する私に気をつかってくれたのか、私が作業をやっている間も外には出ず部屋にとどまっていた。
「ニオイは残ってますけど、見た目にはきれいになりました」
「本当に・・・ありがとうございます」
私を労う気持ちもあったのだろう、男性は浴室を見て驚いてくれた。
そして、深々と頭を下げてくれた。
疲労を蓄えた私は、ベランダに出て小休止。
そして、新鮮な空気を吸い、自分にまとわりついた悪臭を外の風に委ねた。
少しすると、男性も飲み物を持ってベランダに出てきた。
それから、私と同じ景色を見ながら故人について色々と話してくれた・・・
決行の数日前、故人から男性(父親)に連絡が入った。
「夕飯でも一緒に食べよう」との誘いだった。
親のことをうっとおしがることは多々あれど、故人の方から声を掛けてくることは珍しいこと。
男性は変に思わなくもなかったけど、嬉しい気持ちの方が大きくて、深くは考えなかった。
そして、食事をしたときも変わった様子はなかったため、その後も故人(息子)気持ちに引っかかるようなこともなかった。
しかし、それが、男性が見た生きた息子の最後の姿となった。
「ホント、親不孝者ですよ・・・」
私は、震える声を詰まらせる男性の顔は見なかった・・・
当事者になりかけた過去を持つ私には、その顔を見ることはできなかった。
そして、贖罪の念や同情を越えた何かが私の目を潤ませたのだった。
現場を離れるとき、男性には元の笑顔が戻っていた。
そして、その心情を知ってか知らずか、見上げる空はどこまでも青くどこまでも広く・・・
悲哀も疲労も癒やしてくれるかのように輝いていた。