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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

金縛り

今のところ、私は体験したことはない・・・金縛り。
しかし、私の周りには、それを体験したことがある人が少なくない。

「金縛りに遭っているときは、目を開けない方がいい」
これも、よく聞く俗説。
このアドバイス?が一般に浸透しているということは、やはり、金縛り中は何かが見える可能性が高いということだろうか・・・
実際、身体が硬直して息もできず声もだせない状態になるだけにとどまらず、もっと奇異な体験をした話も多い。

「急に身体が動かなったと思ったら、目を前にはこの世のものとは思えないものがいた」
「誰かが、寝ている自分に馬乗りになって首を絞めてきた」
「誰かの手が、息もできないくらいに背中を押さえつけてきた」
等々・・・色んな事例がある。
その原因を肉体的な問題とする説もあるらしいが、多くの人は霊的な問題と捉えているのではないだろうか。

そんな世にあって、〝研究〟と呼ぶには程遠いけど、長年に渡って悩んだり考えたりした結果として、今、私は自分なりにその類の正体をつかんでいる。
だからと言って、全く怖くない訳ではない。
ただ、それ以前に比べたら、格段にその恐怖感は弱まっている。
誤解されて蔑視されるのも心外なので、これについては具体的に書かないでおくけど。

出向いた現場は老朽アパート。
昼間の業務を終えてから駆けつけたため、現場に着いた時、外はとっくに夜闇。
辺りはシーンと静まり返り、空室が多いせいでアパートに明かりは乏しく・・・
そのせいもあってか、建物全体がオ○ケ屋敷のようにも見えた。

故人は、初老の男性。
死後2ヶ月。
生活保護の受給者で、近しい身内も賃貸借契約の保証人もおらず。
親しい人付き合いもなく、周囲に異臭が漂いはじめても、〝孤独死・腐乱死体〟の概念を持たない近隣住民は関心を持たず。
発見されたときは充分に溶けきった状態で白骨化しており、警察の作業は〝遺体搬出〟と言うよりも〝拾骨〟と言った方が適切なくらいだった。

問題の部屋は二階。
そこへたどり着くには、錆びてボロボロになった鉄階段を上がるのみ。
私は、体重をかけるたびにキーキーと泣くその階段をゆっくり上った。

二階の共有廊下へでると、足元を照らす電灯は、電球が劣化しているせいでチカチカと点滅。
〝いかにも〟といった雰囲気を演出していた。

目的の部屋は、その廊下の突き当たり。
部屋に鍵はかかっておらず、私は薄汚れたノブに手をかけた。

「うあ゛っ!」
ドアを開けると、散弾銃でも打ったかのようにハエが弾け飛んできた。
私は思わず目を閉じ、いくつかを被弾しながらそれが過ぎるのを待った。

「失礼しま~す・・・」
私は、開けたドアから頭だけを入れた。
しかし、中に明かりはなく真っ暗。
雨戸のせいかカーテンのせいか、窓から入るはずの外明かりも遮断されていた。

「電気、電気・・・」
モァ~ッとした悪臭が鼻を、ブ~ンというハエの羽音が耳を刺激してくるばかりで、肝心の目はほとんど利かず。
視界ゼロでは仕事にならない私は、頭上に電気ブレーカーを探した。

「うあ!止められてる!」
見つけたブレーカーを上げても電気系統はウンともスンとも言わず。
スイッチを入れても電灯はつかず、暗闇に抵抗する術は小さな懐中電灯一つのみとなった。

「ちょっと不気味だな・・・」
腐乱死体があった真っ暗な部屋を不気味に感じないとしたら、〝私の頭はイッてる〟とみなしてもよかった。
しかし、幸い?私は、その不気味さに鳥肌を立てるくらいの正常さは失っていなかった。

「昼間に出直そうかな・・・」
労働効率とコストを考えればそんなことができるはずもなく。
私は弱気になりながらも、身体を一歩進めた。

「随分と汚いなぁ・・・」
私は、懐中電灯の光を床に這わせながら目を凝らした。
すると、老年男性の独居イメージそのままに、床はかなりの散らかりようで、ホコリをかぶったゴミが床を覆い隠していた。

次に、私は懐中電灯を壁から天井に向けた。
天井も壁もヒドく汚れ、ホコリと蜘蛛の巣だらけ。
まるで、ホラー映画用に造ったセットのような状態だった。

不気味さにのまれて、いつまでも台所に止まっていても仕事にならないし、立ち止まっている時間が長ければ長いほど、そこに居る時間が伸びるだけ。
私は、意を決して、部屋に向かって歩を進めた。

「ここか・・・」
キューキューと軋む襖をこじ開けると、奥は6畳の和室。
懐中電灯を向けると、その中央に季節はずれのコタツ。
天板の上には腐った食べ物、下には腐った人間の痕。
頭髪の位置と腐敗液の形状は、故人はコタツに入ったまま逝ったことを物語っていた。

「スイッチはちゃんと切ってあるかな?」
コタツが火事の原因になりことはあるし、実際にそうなったら大変。
老朽の木造アパートなんてあっという間に灰だ。
それまでにも、コタツやホットカーペットのスイッチが入れられたままの現場を何ヶ所も経験していた私は、スイッチが入っている可能性は極めて低いことを想像しながらも万が一のことを危惧した。

「どぉしよぉ・・・」
コタツにかかる汚腐団は、茶色い粘土質。
本来はフカフカのはずの布団が、モッタリした粘土質になっているわけで・・・どこからどう見ても、気持ちを平静に保ってはいられなかった。

「しょーがないなぁ・・・」
私は、懐中電灯を片手に、コタツにかかる汚腐団を、二本の指で嫌々つまみ上げた。
そして、未知の世界に飛び込むつもりで、中をのぞき込んだ。
自分では見れるはずもなかったけど、この時の私はモノ凄く嫌そうな顔をしていたに違いなかった。

コタツの中は、暗闇の中の暗闇。
私は、スイッチが入ってないことだけを確認すると、余計な見分はよして即座に汚腐団から指を離した。

「???・・・」
片手に持つ懐中電灯に、奇妙な感覚。
暗闇の中で視界を狭くしていた私は、肝心なことが頭から抜けていた。
そう、電気が止められているわけだからコタツがついているわけがない。
そのマヌケぶりには、場に合わない苦笑いをするしかなかった。

間取りは1DK。
見分には、そんなに時間がかかる訳もないのだが、私は、部屋にいた時間をヤケに長く感じた。
そうして、ブツブツと独り言を吐きながらも一通りの見分を終えて外に出た私は、玄関を閉めるためドアノブを握った。
そして、それを閉めようとしたその瞬間・・・

「・・・痛いよぉ・・・痛いよぉ・・・」
年配の男性と思われる呻き声。
その声に思わずギョッ!!
まるで、金縛りに遭ったかのように全身が硬直。
自分の耳を疑うヒマもなく一瞬にして心臓が凍りつき、背中に悪寒が走った。

「何!?今の声は何なんだ!?」
辺りを見回しても人っ子一人おらず、外は来たときと同じ暗闇とシーンとした静けさのみ。
空耳にしたい気持ちが強かったものの、ハッキリと耳に残る声がそれを許してくれなかった。

私は、故人に呼び止められたような感覚にとらわれ、そのままドアを閉めるべきか、それとも何かを解決するために再び部屋に入るべきか、悩みに悩んだ。
しかし、その状況で、真っ暗な部屋に戻ることに気が進むわけはない。
私は、再びドアを閉めようと手に力を入れた。
すると・・・

「・・・うぅぅ・・・うぅぅ・・・」
今度は、言葉になってない呻き声。
その声は、気のせいでもなんでもなく、ハッキリと私の耳に入ってきた。
わずかに溶けかかっていた私の心臓は再凍結。
悪寒は、背中だけでなく、全身を駆け巡った。

「とても中には入れん!とっとと退散だ!」
私は、長居するとドツボにハマりそうだったので、さっさと退散することに。
その声が追いかけてきそうな恐怖感に苛まれながら、足早に現場を離れた。

後日、故人の部屋を片付けることになった私は、再び現場を訪れた。
昼間は、辺りも明るく周辺に人の気配もあったので、不気味さや恐怖感はほとんど覚えなかった。
しかし、あらためて見る現場は凄惨で、過酷な作業が想定された。
そしてまた、〝あの声〟を思い出すと、若干の寒気がゾゾッ。
だけど、
「生きてくため!生きてくため!」
「自分のため!自分のため!」
「金のため!金のため!」
と、臆病風に吹かれながらも自分にそう言い聞かせ、とにかく、余計なことは考えないようにして作業に勤しんだ。
・・・これも、ある種の金縛り?

作業が終わると、部屋は見違えるようにきれいに・・・はならなかった。
ただ、ゴミや家財生活用品をはじめ、古びた襖や汚れた畳を全て撤去したため、簡素な小ぎれいさは生まれた。
そして、床板に滲みた腐敗液だけが、故人が存在していたことを静かに訴えていた。

それをしみじみ見下ろして、
「あの声は、もう聞こえてこないだろうな・・・」
と、安堵した私だった。

 

PS:しばらくして後、私は〝あの声〟の正体を突きとめた。
それは〝TのTのGのG〟だった・・・

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