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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

接触不良

深まる秋に、冬の足音が聞こえる今日この頃・・・
気の早いところでは、もうXmasの飾りつけがされている。

三度目の秋を迎えている本ブログ。
この時季に冬の悲哀を伝えるのは、恒例になっている?
進歩のない弱音と愚痴を吐き続けている私・・・
外身が歳をとるばかりで、中身が成長していない証拠だろう。

六月からの体調不良は何とか克服したものの、落ちていく気分に比例して、胃腸もパワーダウン。
もともと脂っこいものが苦手な私は、ここのところは特に食べたくなくなっている。
脂ギトギトの肉類はもちろん、フライ・天プラ等の揚物も御免。
無理に食べると胃がムカムカ、ヒドいと吐き気までもよおしてくる。

そんなデリケートな?私は、今までに過食症・拒食症に陥ったことがある。
この相反する症状を、ここ数年の間にも経験。
最大に肥え太った時と最小に痩せ細った時の体重差は、30kgに迫る。
食べたいものを食べたいだけ食べ、飲みたいものを飲みたいだけ飲み・・・
そうかと思ったら、食べること・飲むことそのものがバカバカしく虚しいことのように思えて飲み食いしなくなる・・・
その浮き沈みは、ちょっと度を越しているかもしれない。
ま、ここ二年くらいは落ち着いているので、何とかこのままいきたいところだ。

若い女性から電話が入った。
問題を抱えているのは別の誰かであるかのように口調はハキハキ。
その明るさから、死人がらみの案件でないことは、最初の時点で感じとれた。

「どういったご依頼でしすか?」
「部屋に汚物を溜めてしまって・・・」
「〝汚物〟・・・ですかぁ・・・」
「はぃ・・・その片づけをお願いしたいんです・・・」
「汚物というのは、具体的には何ですか?」
私は、女性と話しながら、同時に汚物の正体を想像。
頭だけが、どんどんと先走っていった。

死人が関係しない汚物で、まず思いつくのが糞尿。
しかし、それは女性の印象と直結せず。
次に思いついたのは、ペット関係。
キチンと世話ができないのに飼ってしまい、部屋をとんでもなく臭く汚くしてしまっていることがあるからだ。
その次に思い浮かんだのは、腐った食べ物。
若い女性でも片づけられない人は珍しくなく、私はその可能性も考えた。
そして、妙な期待感?をもって女性の返事に耳をそば立てた。

「・・・嘔吐物なんです・・・」
「オートブツ?・・・」
「はぃ・・・」
「???・・・〝口から吐いた嘔吐物〟ですか?」
「はぃ・・・」
「ご自分がですか?」
「はぃ・・・」
それを聞いた私は、女性が抱えている問題がすぐにわかった。
そして、遠回りしてばかりだとお互いに余計な気を使うだけなので、率直に尋いてみることにした。

「ひょっとして、摂食障害ってヤツですか?」
「御存知ですか!?そうなんですよぉ!」
「なるほど・・・それで、ですかぁ・・・」
「失礼な言い方かもしれませんけど、こういうの慣れてらっしゃるかなぁって思いまして・・・」
「はぁ・・・」
〝汚物処理のエキスパート(?)〟
女性は、私をそう分析。
褒められているのか、変に思われているのか・・・頼られていることを素直に喜べない自分に、他人事のような滑稽さを覚えた。
また、女性の方もヤケに明るく、他人事のように喜々としていた。

「ただ、ちょっと・・・」
「???」
「家族には内緒で・・・」
「え!?お一人じゃないんですか!?」
「はい・・・実家で・・・両親と一緒なんです・・・」
「ご両親はこのことを知らないんですか!?」
「はい!私には関心ないみたいですから!」
女性は、実家で両親と同居。
親は、女性が自室に嘔吐物に溜めていることを知らないようで、女性もまた、そのことを両親に知られたくないとのことだった。

女性には、私が立ち入ることができない事情があるようだったが、とにもかくにも、現場に立ち入らないと先に進めない。
私は、女性の指定した日時に合わせて、現場に行くことにした。

現場は、少し小さめの一戸建。
同じ仕様の家が軒を連ねており、その密集具合と道幅の狭さから、一昔前に建売分譲された建物であることが伺えた。
私は、そんな風景に団欒に満ちた家族の暮らしを思い浮かべながら、インターフォンに手を伸ばした。

玄関から顔を覗かせた女性は、愛想笑いを浮かべながら手招き。
その愛嬌につられ、人見知りしやすい私の顔にも思わず笑みがこぼれた。
しかし、家族だけではなく、近所の目にも触れないようにしなければならないことを知らされていたので、挨拶もそこそこに玄関に滑り込んだ。

「どうぞ・・・部屋は二階なんですけど・・・」
「失礼しま~す」
玄関を入った時点では、女性にも家にも特異な雰囲気は感じず。
私は、出されたスリッパを履いて、二階への階段を上がった。

「こんな感じで・・・」
「・・・」
ドアを開けると、独特の悪臭。
私は、女性に気づかれないように一瞬だけ顔をしかめた。

部屋の隅には、いくつものビニール袋が山積み。
嘔吐物は、ビニール袋に入れられて〝保存〟されていた。
そして、ビニールに透けて見える中身は、黄土色・オレンジ色・ピンク色・・・奇妙な暖色系に変化し、ビニール袋を風船のように膨張させていた。

「かなりありますねぇ・・・」
「一ヶ月分くらいかな?」
「一ヶ月・・・」
「それまでの分は?」
「以前は、トイレに流してまして・・・」
「何でこれはそうしなかったんですか?」
「・・・」
この一月の間に何があったのか・・・一瞬にして曇った女性の顔に、私が失言を吐いたことは明白。
ただ、無闇に取り繕うと藪蛇になるだけのような気がしたので、それ以上余計なことを尋くのはやめて、話題を変えることによって場をしのぐことにした。

「さてさて、どうやって片づけるか・・・」
「・・・」
「ん゛ー・・・」
「できそうですか?」
「・・・」
不安そうに尋く女性に対し、私は、すぐに返事ができず・・・
一つ一つの袋はそれなりの重さがあり、運んでいる途中で破れでもしたら目も当てられない。
また、両親の留守は事前に把握できても、近所の目ばかりは避けようがない。
結局、トイレに流すほかに適当な処理法を思いつかなかった。

作業には、両親が外出して女性が一人になる日時を設定。
私は、普段の特掃とは異なる緊張感をもってその日を迎えた。

まず、悪臭がこもるのを防ぐため、家の窓という窓を全開。
そして、汚物を垂れこぼした場合に備えて、部屋からトイレにかけての床にビニールシートを敷き詰めた。
それから、汚物の入ったビニール袋を慎重に持ち上げて、破損部分や液漏れがないかをチェック。
問題がないことを確認してからトイレへ運び、カッターで切れ目をいれてボトボトボト・・・
便器に向かって流し込んだ。
そんな単調な作業を、何度も繰り返し、半分の量を処理したところで初日はタイムリミットを迎えた。

〝嘔吐物〟・・・平たく言えば〝ゲロ〟・・・しかも、腐って発酵した・・・
慎重に注いでも、ピチピチ跳ね返ってきたりして極めて不衛生。
見た目も相当で、気持ち悪くないわけはなく。
私の方こそ何度も吐きそうになり、いっそのこと、正体不明の方が楽かもしれなかった。

それから数日後、二日目の作業を実施。
既に要領を得ていた私は、スムーズに作業を進行。
前回と同じくらいの量だったが、前回の半分くらいの時間で処理でき、すべての作業は完了した。

「うぁ~!ホントにきれいになった!ありがとうございました!」
片づいた部屋に女性は喜んでくれ、その笑顔に私の労働も報われた。
ただ、〝もう吐き戻しはやめる〟という言葉はでてこず、そんな女性の心情に深い闇を感じたのだった。

娘が摂食障害をもっていること、嘔吐物を部屋に溜め込んでしまっていたこと、その根本原因が何であるかなんてことは、両親は本当に気づいていないのか・・・
女性が放つSOS信号を、両親は感じていないのか・・・
〝人間関係が希薄になっている〟と言われるようになってから久しいが、それは他人との関係だけではなく家族同士の関係にまで及んでいるのだろう。
血のつながった家族と言えども、以心伝心を過信して言葉を交わすことを疎かにしていると、気づかないうちに気持ちは離れていく。

子供が何を考えているか知ろうとしない親。
優しさと甘さ・厳しさと冷たさ・寛容と放任の違いがわからない親。
子育ての責任を他人(学校)に押しつける親。
子供にビビり、子供にナメられる親。
そして、親に対して心を閉ざす子供。

女性が本当に吐きたいのは、その胸の内・・・
本当に受けるべきは、自らの苦味ではなく親の苦言・・・
本当に問題なのは、女性の摂食不良ではなく、家族の接触不良のような気がしてならない私だった。

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